第18話 きっと誰も悪くない
「っ! ……そんなのできないよ! 嫌だよ。私のせいで
止まっていた涙が再び真琴ちゃんの目に溜まり始める。
「もし、私のお母さんになにかあっても、それは真琴ちゃんのせいじゃないよ。真琴ちゃんがなにしたって言うの? 真琴ちゃんはなにも悪くないよ」
もし、悪い者がいるとしたら、お母さんをさらった死神だ。真琴ちゃんを追い詰めてる死神だ。でも、死神は仕事をしているだけなのだろう。自分の役割を全うしようとしているだけなのだろう。現に、自分の邪魔さえしなければ自分も手を出さないと言っていた。だから誰が悪いかなんて、私の立場でしか言えない。でも、少なくとも私は、真琴ちゃんが悪いとは思わない。
「でも、私のせいで! 私のせいで、柑奈ちゃんのお母さんは
叫ぶように言った真琴ちゃんの頬を涙が伝う。
「違うよ。真琴ちゃんはなにも悪くないよ。真琴ちゃんは幽霊の噂を流しただけじゃない。私たちがお母さんたちにバレたのは私たちのせいだし。お母さんがついてくることになったのも、別に真琴ちゃんのせいじゃない」
どうか、伝わって。
「でも、でも。そもそも、お父さんとお母さんが私を生き返らせる取引なんていうのを雛菊や
違う。
「岬さん、俺が約束するよ。葉山さんのお母さんは絶対に助ける。俺だって、大事な友だちからなにも奪いたくないのは一緒だから。――でも、母さんも助けさせて欲しい」
私が言うより先にとりまるが口を開いた。とりまるに言わせてしまった。お母さんを助けたいという想いはふたりとも一緒なのに。とりまるのお母さんが死ぬ運命だったからというだけで、とりまるがお母さんを助けるのが間違っているだなんて、私は認めない。
「それに、岬さんが間違いの上で生きているなんて思わない。岬さんのお父さんとお母さんがどうしてそういう取引をすることになったのかはわからないけど。でも、生きているのに間違ってるも正しいもないでしょ?」
「そうだよ。真琴ちゃんが生きているのが間違いだなんて、とりまるがお母さんを助けるのが間違いだなんて、私は絶対に認めない。それに、真琴ちゃんは私を犠牲にしてるって言ってたけど、それは違うよ。だって、真琴ちゃんの取引がなかったら私は今生きてないかもしれないんだし」
お母さんと小夜の取引は死者を生き返らせるなんていう取引を隠すために行われたという。なら、その取引がなかったらそもそも私のお母さんが願いを叶えてもらう機会はなかったわけで。
「だから、真琴ちゃんは自分を責めなくていいと思う。雛菊に感謝するのも別にいいと思うし、でも、だからといって、雛菊の指示に従わなきゃいけないことはないと思う」
伝われ。
「ね? 私たちを信じてよ。絶対ふたりとも助けるから。真琴ちゃんに真琴ちゃんのせいでなにかあったなんて、絶対に思わせないから」
願いが通じたのか否か。その瞳が、戸惑うように揺れる。
「……私、信じてもいいの?」
「信じて欲しい」
真琴ちゃんが涙を拭い、ゆっくりと話始めた。
「少し前に雛菊に言われたの。私がどうやって生きているのか言われたの。だからずっと、柑奈ちゃんに謝りたかった。もう柑奈ちゃんに、私のせいで傷ついて欲しくなかった」
「私は真琴ちゃんに傷つけられたなんて思ったことないし、今も思わないよ」
「柑奈ちゃんごめんね」
謝らなくていいんだよ。真琴ちゃんはなにも悪いことをしてないんだから。
「なんでよ。真琴ちゃんは謝る必要ないでしょうに」
小さく震える真琴ちゃんをぎゅっと抱きしめる。
「今、邪魔しちゃったから」
「そんなのもう忘れたよ」
◇◇◇
「ねえ、
泣きはらした目の真琴ちゃんは私の問いに首を振った。
「ううん、わかんない。ごめんね」
「だから謝らなくていいんだってば」
私の言葉に真琴ちゃんがかすかに笑う。
「うーん、どうしようか。小夜がここにいないのはしょうがないんだけど、このまま僕らが京都に行くのはちょっと心配だよなあ」
「心配ってなにが?」
困ったように言う梅ちゃんにとりまるが聞いた。
「真琴ちゃんが僕らを足止めできなかったって
言われてみればそうだ。真琴ちゃんの立場を全然考えられてなかった。
「この眠り札でちょっと寝ててもらうのが一番いいかな……」
梅ちゃんは真琴ちゃんに問うように視線を向ける。
「私はそれで大丈夫です」
「ごめんね、ありがとう。じゃあ、ちょっとこの札当てるけど、猫をおいていくから。真琴ちゃんが目覚めるまでそばにいさせるから心配しないで」
梅ちゃんが真琴ちゃんにお札をそっと当てた。真琴ちゃんは全身の力が抜けたように倒れこむ。梅ちゃんはそれを器用に支えてから抱え上げる。猫は出番が来たとばかりに、みるみるうちに大きくなった。梅ちゃんが猫の背中に真琴ちゃんを乗せると、猫は岬神社の鳥居をくぐって境内に入っていった。
「梅ちゃん、岬さんは大丈夫なんだね?」
「うん、それは任せて」
とりまるはあごに手を当てながら続ける。
「じゃあ、俺らは大烏のもとへ向かおうよ。ここにいても小夜は見つからないわけだし、時間もそんなにあるわけじゃないし」
「うん。でも、京都までどう移動するの? 電車?」
答えたのはとりまるではなく、梅ちゃんだった。
「僕が連れていくよ。大丈夫、速さは保証するよ」
なんてことないように言ってから、ぽつりと付け足す。
「安全は保障できないけど……」
んんん? 梅ちゃん、それは問題じゃないですかね。
「梅ちゃんが?」
「うん。僕に乗ってくれればいい」
梅ちゃんがそう言うや否や、梅ちゃんの姿が消えた。ほのかな光とともに、梅ちゃんがいた場所には代わりに猫が現れる。その猫はさっきの真琴ちゃんを運んだ猫のようにみるみるうちにでかくなって、あっという間に私たちふたりの背丈を優に越した。体長は十メートルほどあるのかもしれない。
猫は、梅ちゃんはふさふさのしっぽを私たちに向かって振る。びっくりして目をつぶる。次の瞬間には体が宙に浮いていた。僅かな浮遊感のあとに、柔らかな毛の上に着地した。
「毛が抜けて禿げちゃわない程度にしっかり握っといてね。油断すると振り落とされるから気を付けて」
猫の姿をしているのに、人間の声が聞こえてくるのがなんだか可笑しい。
「行くよ」
梅ちゃんはそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。予備動作もなく梅ちゃんが跳ねる。ふわりと体が空を進む。ゆるやかな弧を描くように、梅ちゃんが跳び始めた。
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