第19話 空の便? いや、猫の便

「飛んでる……。飛んでるよ、とりまる!」

「葉山さん! 飛んでるよ!!」


 飛んでると跳んでる。どっちがあっているのだろう。梅ちゃんは跳んで、飛んでいる。静かに着地して、再び跳躍する。ときには一軒家の上に。ときには学校の屋上に。一度に五十メートルほど跳んでいるのだろうか。テンポよく、しなやかに。優雅な動きで梅ちゃんは進んでいく。


「ねえ、とりまる。これ、下の人たちには見えないのかな?」


 一通りはしゃいだあと、私はふと心配になった。もう太陽はすっかり昇っていて、私たちの姿を隠す闇はない。朝のニュースで、「埼玉の上を巨大な猫が跳ぶ!?」とか、「小学生くらいの子供を背中に乗せた巨大な猫現る」とか、梅ちゃんのことが取り上げられたらと思うと気が気でない。


「ふふっ。大丈夫だよ。僕のことは普通の人には視えないから。そして、その毛に隠れた君たちも視えない。だから、安心して少し休むといい。京都に着いたら、大烏に会うし、まだ小夜を見つけるっていうミッションが残ってるんだから」


 私たちの話を聞いていたらしい梅ちゃんが柔らかく笑う。


「こんな景色が見えるなんて、特等席だねえ」


 とりまるが眩しそうに目を細めた。本当にすごい景色だと思う。頂上にいるときには見えるもの全部が小さく見えて、パノラマみたいだ。次第に見慣れない景色になってきて、それはそれで面白かった。


「ねえ、葉山さん。岬さんのことでまだわからないことがあるんだけど」


 流れゆく景色を堪能していると、とりまるに話しかけられた。


「ん?」

「死者をよみがえらせる取引で生き返ったのって本当に岬さんなの?」

「そうだと思うけど? 本人も言ってたし……」


 とりまるはなにを疑問に思っているのだろう。


「でもさ、本当に岬さんがそうならおかしくない? だって、葉山さんは四月生まれなのに、葉山さんが生まれるより先に岬さんは生まれて一度死んだってことになるでしょ?」


 あー、なるほど。初めてとりまるときちんと話した日を思い出す。確か、私が十月生まれでよかったと言われ、私はそれを四月生まれだと否定したんだった。


「私は四月生まれは四月生まれでも、四月一日生まれだからね。真琴ちゃんは一日違いで四月二日だからおかしくないよ」

「え、うそ。今日ってエイプリルフール?」

「なんでこんなときに嘘つくのさ。嘘じゃないし。エイプリルフールは誕生日だし」


 顔を見合わせてふふっと笑う。


「まあ、でも、理由ならまだあるんだけどね」

「どんな?」


 とりまるに興味深々という目で見つめられて緊張する。そもそも当たってたからいいものの、確かな証拠はないのだから。


 どこから話そうか考えて、私は一つずつ話すことにした。


・真琴ちゃんの家が神社であること。

・真琴ちゃんの名字が岬であることから、真琴ちゃんちの神社は岬神社だろうと考えたこと。

・青梅神社乗っ取りを小夜が起こした年の十月に、青梅神社のほかには乗っ取られた神社があるという話を聞かないこと。

・誰も、梅ちゃんでさえもそう言った話を言わないということは、元々ないのか、当事者以外に知られなかったということになると考えたこと。

・死者をよみがえらせる取引が行われた場所がわかっていないこと。

・小夜がその取引に汚名をかぶってまで協力した理由もわかっていないこと。

・もしも、小夜が自分の神社の子供を救うために協力したとしたら、つじつまが合うこと。


「まあ、全部、推測に過ぎないって言われたら終わりなんだけどね」


 説明を終えてもとりまるがなにも言わないから心配になる。


「えーっと、伝わった?」

「……葉山さんすごいや。えっ、天才!」


 そんな素直に褒められると結構恥ずかしい。


「ありがとう……?」

「なんで疑問形なんだよっ!」

「うるさいな。恥ずかしいだけだよ」

「へえ~?」


 ずっとこんな時間が続けばいい。とりまると一緒に過ごす時間が続けばいい。そんなことを思ってしまう自分が嫌になる。早く、お母さんたちを助けないといけないのに。私が楽しんでいる間、真琴ちゃんは悩んで、苦しんでいたのに。


 だから、そんな嫌な考えを振り払おうと、嫌な自分を隠してしまおうと話題を変えた。


「そ、そんなことより、どうやって小夜を探すか考えないといけないんじゃない?」

「あ、そうだね。梅ちゃんのおかげで、大烏と小夜のふたりの力が借りられるとはいえ、小夜を見つけないことには願いは一つしか叶えられないしなあ……」

「一応、青梅神社に残ってもらった猫たちが聞き込みをしてきてくれてはいるんだけどね。それすらお見通しなのか、しっぽすらつかめないよ」


 梅ちゃんがどこかの電波塔に着地しながら言い、すぐにまた跳ねていく。


「梅ちゃん、大丈夫? ずっと休みないけど」


 出発してから、三十分くらい跳びっぱなしだ。


「うん。……あーでも、やっぱりちょっと休みたいかな。もうすぐしたら、知り合いの神社があるからそこで十分ほど休ませてもらってもいいかな?」

「もちろんだよ!」

「そうだよ、無理しないで!」


 とりまると口々に言う。ありがとう、とだけ答えた梅ちゃんはそこから一分ほど跳んだところでふわりと降り立った。周りを見渡しても山しかみえない。そんな場所だった。空気は葉の味がした。ここはどんな神様の神社なのかな。とりまると神社を訪れるようになってから、神社を見かける度にそこの神様のことを考えるようになってしまった。


 梅ちゃんが降りやすいようにとしっぽを調整してくれた。先に降りたとりまるが両手を広げて待ってる。


「とりまるなにしてんの?」

「いや、葉山さんがなかなか降りてこないから、降りるの怖いのかなーと」

「違うわ!」

「遠慮しないでいいんだよ?」

「してないから!」


 しっぽを伝って私も降りると、梅ちゃんがみるみるうちに小さくなった。猫の姿で丸まったり、伸びたりをする梅ちゃんは、正直だいぶ可愛い。撫でたら怒られそうだから、撫でないけど。


「ねえ、梅ちゃん。ここの神社の神様には挨拶しなくていいの?」


 とりまるがゴロゴロと転がる梅ちゃんに、しゃがみ込みながら訊ねる。


「ん? 大丈夫。ここの神様はたぶんまだ寝てるし、寝起きすごい悪いから。むしろ挨拶はしない方がいい」

「そうなの?」


 ひとりだけ立っているのもなんだか寂しいから、私もそばにしゃがみこんで話に加わった。


「うん。同じ猫ってことでなにかと一緒になる機会が多いからよく知ってるの」


 ここの神様も、猫の神様なんだ。


「まあ、困ったときはいつでも頼ってって言われてるし、あとでお礼に高級魚でも送っとけば大丈夫だよ」


 そう言って、梅ちゃんは再びゴロゴロし始めた。やっぱり相当疲れてたんだろうな。梅ちゃんには私たちを助けてもなんのメリットもないのに、ずっと助けてもらってる。梅ちゃんがいなきゃどうなっていたかと思うと、怖くてたまらない。


 梅ちゃん、ありがとう。聞かせるつもりもなくつぶやいたその声が聞こえたのかどうか。梅ちゃんはミャアと一声、タイミングよく鳴いた。


「俺らもちょっと休もうか。ずっと同じ姿勢だったし」


 とりまるの提案で近くにあったベンチに座ろうとしたときだった。


「わっ!?」


 なにかに肩を引っ張られて、後ろに倒れかける。


「葉山さん!?」


 倒れる寸前でパシッと手を掴まれる。が、私を引っ張る手は引くのをやめない。


「おい、お前ら。大烏に会いに行くんだろ? お前らの家宝を渡せ。大人しく渡せば手荒なことはしない」


 後ろから聞こえたのは、ドスの訊いた低い声だった。とりまるからは私の後ろの人物が見えるのだろうか。とりまるの顔が引きつっているのが見える。


「葉山さん……!」


 とりまるの私の手を引く手に力が籠る。


「とりまる、私は大丈夫だから。絶対に宇宙玉を渡しちゃダメだよ! 絶対だからね!?」


 ここで渡してしまったら、全てが無駄になってしまう。そんなことあってはいけない。


「黙れ、小娘」


 痛い。後ろの人物の肩を引く力も強くなる。


「柑奈ちゃん!」


 事態に気づいた梅ちゃんが駆けてきた。来る途中で私たちを乗せていたときのように大きくなった。


「これはこれは、青梅神社の神様までお揃いとは。私も手荒なことはしないなどとぬかしている場合じゃないようだ」


 梅ちゃんに気づいたらしい後ろの人物の声に背筋が冷たくなる。


「さあ、三秒だけ待ってやろう。烏丸くん、君の持っている家宝を渡すんだ」

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