第17話 岬真琴の秘密

真琴まことちゃん……」


 なんで真琴ちゃんが岬神社みさきじんじゃにいるの? そんな問いは小夜の神社の名前を聞いたときから大体予想はついていた。外れてればいいと願っていたのに、うれしくない答え合わせ。


「なんで、なんで来るの!? 柑奈かんなちゃんが来ちゃったら、私は柑奈ちゃんの邪魔をしなきゃいけなくなっちゃうのに! ふたりが集めた宝を奪わなきゃいけなくなっちゃうのに!」


 ほとんど叫ぶようにそう言った真琴ちゃんに、梅ちゃんは優しく言う。


小夜さよにそうしろと言われてるのかな?」


 真琴ちゃんはフルフルと首を振った。


「小夜は関係ない」


 聞き取るのがやっとなくらいの真琴ちゃんの声。小夜でないというのなら、思い当たるのはふたり。


「じゃあ、死神かな?」


 私の言葉に真琴ちゃんは目を見開く。ビンゴだ。


「あたり、なんだね」

「なんで死神なの?」


 とりまるが驚いたように私に尋ねる。


「うーん、理由はいくつかあるんだけど。昨日の夜、神社の帰りに学校通り過ぎたじゃない? そのときに、窓が光ったの覚えてる?」

「うん。葉山さんがめっちゃビビってたやつね」

「それはとりまるもでしょ。というのは、いいんだけど。それでね、私はその話を真琴ちゃんと凜ちゃんから聞いたんだよね」

「そういえばそんなことも言ってたけど、それがどう死神につながるの?」


 あの日、もし私たちがあのまま学校の中に幽霊の正体を突き止めに行っていたら。


「あのとき、もし私たちが学校に入ってたら、どうなってたと思う? きっと、警察か地域の見回りの人に見つかって親に怒られて、神社をめぐってたこともバレて。止められたと思うんだよね、夜に外に出るのを。その先、神社を訪れるっていうのが難しくなってたと思うんだよね」


 まあ、どっちにしろお母さんたちにバレたわけだけど。


「そうすれば私たちは大烏に願いを叶えてもらうってことが出来なくなるわけだけど。そんなことを求めるのは死神くらいじゃないかなーと」

「なるほど……。でも、なんで岬さんが死神の指示を受けるの?」

「それは……」


 それは、言っていいのだろうか。だって、それはたぶん真琴ちゃんの大きな秘密で――。


「私が、雛菊ひなぎくに恩があるからだよ」


 私が迷い迷っているうちにそう切り出したのは、真琴ちゃんだった。雛菊、それは忘れもしない、死神の名前。


「柑奈ちゃんととりまるくん。ふたりはもう知ったのかな? でも、岬神社に来たってことはもう知ってるんだよね」


 真琴ちゃんは自嘲するように小さく笑う。


「柑奈ちゃんのお母さんが小夜と取引をした裏で行われていた、死者をよみがえらせる取引。――それで、生き返ったのが私なんだよ」


 嫌な予想はことごとく当たるらしい。とりまるが私の手を握る力が強くなった。真琴ちゃんはなにかが切れたように話し出す。


「私は今、雛菊と息吹のおかげで生きてる。だから、ふたりの役に立たないと」


 真琴ちゃんの両目に涙が浮かぶ。真琴ちゃんはポケットから一枚のお札のようなものを取り出した。横で梅ちゃんが、まずいとこぼす。あのお札はなんなのか。梅ちゃんの反応を見るに、少なくとも良いものではないのだろう。


「柑奈ちゃんの言う通り。雛菊に言われて、ふたりが神社を巡るのをやめさせようとありもしない噂だって流した。そうすれば、ふたりのことが大人にバレて、止められるはずだと思った。まさか、柑奈ちゃんのお母さんが加わって、それで、雛菊が柑奈ちゃんのお母さんをさらうなんて、思いもしなかったっ!」


 こらえきれなくなった涙があふれ始める。それでも、真琴ちゃんはお札を私たちに向けるのをやめない。


「柑奈ちゃんごめんなさい。私のせいで、ごめんなさい」


 真琴ちゃんは涙をぬぐって続ける。


「だから、私はふたりを止めないといけないんだ! 私のせいで、死ぬはずじゃない柑奈ちゃんのお母さんが巻き込まれるなんてあっちゃいけないんだ! だから、お願い。ふたりとも、大烏のもとへ行かないで。そう言って。そうじゃなきゃっ! 私はこのお札でふたりを足止めしなきゃいけない」


 真琴ちゃんが私たちに向かって駆けだした。


「樹くん! 避けて!」


 梅ちゃんの鋭い声が聞こえた。と、同時に横にいたはずのとりまるがいなくなる。ドンっ、という重い衝撃とともに私に真琴ちゃんが当たった。背中に手が当てられているのを感じる。視線をずらすと、梅ちゃんとともに地面に倒れたとりまるがいた。


「なんで……?」


 真琴ちゃんが戸惑ったように言う。それに合わせるように、背中に別の衝撃が来た。さっきよりもずっと軽い衝撃。足元にトンと猫が着地した。口にさっきのお札をくわえている。


「なんで、なんで眠らないの?」


 真琴ちゃんが私から離れる。眠らない? いや、私は眠れないけど……。話がいまいち見えてこない。


「眠り札は預かったよ」


 猫からお札を受け取った梅ちゃんが告げる。眠り札? もしかして、相手を眠らせるための札だったのだろうか。だから、梅ちゃんは当たったら効果が発揮されてしまうとりまるをかばった……? なにはともあれ、これは好機だ。私は小さく深呼吸をして、一番言いたかったことを言う。


「ねえ、真琴ちゃん。私たちはお母さんたちを助けに行かなきゃいけない。だって、私たちはどっちも助けるって決めたから。私のお母さんととりまるのお母さん。どっちかなんて選ばない」


 これは絶対に譲らない。たとえ相手が神様でも。


 ねえ、真琴ちゃん。私たちはもう決めているんだよ。ふたりとも助けるんだって。未来を変えてみせるんだって。


 バッドエンドは許さない。

 そんなの絶対認めないんだから。

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