第21話 大烏への願い事

「わかった。とりまるが信じてって言うなら信じるよ」


 信じない理由なんてない。どういうアイディアかなんて全く想像つかない。けど、とりまるがふたりとも助けられるって言うなら、信じてくれって言うなら、私は信じられる。信じたいよ。


「……ふたりがそれでいいなら、僕もいいよ。決めるのは僕じゃない。だけど、いつきくん」


 なにか言いたげな梅ちゃんは、それを言葉にするのをためらった。だけど……? 梅ちゃんには、とりまるの考えがどんなのなのか想像がついているのかもしれない。


「じゃあ、決定だね。梅ちゃん、このまま烏丸神社に向かって欲しい」


 とりまるは梅ちゃんの言葉の続きを封じるかのように言う。


「……わかった。一応、猫たちに小夜の捜索は続けさせるから」

「ありがとう」


 とりまるのありがとうは、なにに対するありがとうなの? 梅ちゃんが私たちを烏丸神社に連れて行ってくれることに対して? それとも、梅ちゃんが続きを言わなかったことに対して? 嫌な胸騒ぎがした。それは、お母さんたちを助けられるかどうかじゃなくて、とりまるがどこかへ行ってしまうかのような、そんな不安がよぎったから。


「ねえ、とりまる。一応、訊くけどさ」


 とりまるは私の言葉に警戒したように一瞬目を細めた。でも、すぐにいつもの柔らかな表情に戻る。


「うん?」


 どうかこの考えが当たってませんように。


「とりまる、自分を犠牲にしようとしてないよね? とりまるがどっか行っちゃったら私、嫌だよ」


 とりまるは表情を変えずに答える。


「大丈夫。どこにも行かないし、俺は自分を犠牲にする気もないよ。だから、安心して」


 さっきの絶対にふたりを助けるという言葉はすんなりと信じられたのに、今の自分を犠牲にする気はないという言葉が信じられないのはどうしてだろう。


「約束するよ。ね?」


 そう言われてしまったら、これ以上踏み込めない。約束って言葉の重みはわかっているつもりだから。


「……樹くん、もうあと五分くらいで着くけど、交渉は任せちゃって大丈夫?」

「うん、任せてくれるとうれしい。梅ちゃん、ありがとう」


 時間は待ってくれないらしい。烏丸神社が、一つ目の願い事を叶えてもらうときが近づいている。


「まず、一つ目の願いで葉山さんのお母さんを助けようと思う」

「え、いや、それは……」


 お母さんが助かる可能性が高くてうれしい気持ちと、とりまるに気を使われてるんじゃないか、とりまるのお母さんは大丈夫なのか、という気持ちが混ざり合ってぐちゃぐちゃだ。上手く言葉にできない。


「心配しなくても、別に葉山さんを優先してるわけじゃないよ。これには訳がある」


 私の心を読んだかのように、とりまるが言う。


「一つ目の願いと二つ目の願いでは、叶うのにタイムラグがあると考えるのが自然でしょ? もし俺の母さんが、葉山さんのお母さんが死神から助け出される前に目を覚ましたら、死神の仕事は失敗したことになって、葉山さんのお母さんの命が危ないと思うんだ。だから先に葉山さんのお母さんを助けるってだけだから」


 筋は通ってるのかもしれない。なのに、そこになにか別の考えがある気がして仕方なかった。まだ気を使ってると言われた方が素直にそうなんですね、と思えた気がする。でも確かに、とりまるの言うことは正しいと思ってしまうから、私は代わりの案を出すことができなかった。


「もう京都に入ったよ」


 梅ちゃんに言われて下をみると、昔ながらの街並みが多く残った街が見えた。背の低い建物が多くて、ビルなんて見えない。コンビニは地味な色をしてた。神社なのか、寺院なのか、遠くからはよくわからないけど、それっぽい建物がたくさん見える。あの中には世界遺産もあるのかもしれない。


「あそこがキラキラしてるでしょ?」

「うん」


 遠くのほうがピカピカと光って見えた。


「あれが金閣だよ。あっちの方は通らないから近くでは見えないけど」

「え! じゃあ、銀閣は?」

「えー、どこだろ。わかんないなあ」


 教科書で見たことがあるだけの建物の名前が会話に出てきたり、遠くに見えるのがなんだか新鮮。


「もう少しで終わりだね」


 とりまるの言葉に、隠そうとしていた自分の気持ちが顔を出しそうになる。


「……そうだね」


 私は上手く答えられているかな。終わるのが寂しいだなんて、思っちゃいけない。


「あ、烏丸神社も見えてきた」

「「どこ?」」


 話題が変わったことにほっとしてしまう。梅ちゃんはどこかの塔の上に降り立ってから、しっぽで指し示すと再び跳躍した。とりまるとふたりでしっぽの向いていた方に目を凝らす。どれが烏丸神社なのだろう。神社が多すぎてわからない。


「あと数歩で着くよ。宇宙玉は大丈夫?」


 とりまるが宇宙玉の存在を確かめるように上着をぽんぽんと叩く。


「うん、ばっちり」

「心の準備は?」

「それもばっちりだよ。きっと、上手くいく」

「樹くん、頼もしいね。……ごめん、猫たちはやっぱりまだ小夜を見つけられてないみたい」

「大丈夫。気にしないで」


 そこは場所を知らなければ通り過ぎてしまいそうな、不思議な雰囲気の神社だった。鳥居の前には長い石畳が続いている。梅ちゃんが石畳の上にふわりと降り立った。風が吹いて、石畳の横に植えられた木々が葉を揺らす。十メートルほど先に、真っ赤な鳥居が見える。


 私は不安そうな顔をしていたのだろうか。とりまるは私の顔を見てふふっと笑う。


「そんな顔しないでよ。大丈夫だから」


 ほら、と差し出された手を素直にとった。梅ちゃんからトンと降りる。梅ちゃんはみるみるうちに小さくなって、道でよく見る猫のサイズになった。


「行こう」


 私たちが歩き出すと、風が吹きやんだ。梅ちゃんを先頭に、私たちは鳥居をくぐる。一羽の烏が私たちを追い越した。烏は拝殿の方へのびやかに飛んでいく。烏は拝殿の手すりに止まり、カアっと一声鳴いた。とりまるの私を引く力が強くなる。


 拝殿は豪華な造りだった。細かな装飾が施されている。拝殿の手すりに止まっている烏はさっきの一羽だけじゃなかった。何羽もの烏が一定の間隔をあけて、並んでいる。皆がこちらを向いて待っていた。横でとりまるがゆっくりと息を吐く。


「一緒に来てくれる?」

「もちろん」


 とりまるとふたり、拝殿に続く階段を上がった。梅ちゃんはその下で見守るように待つ。この先になにが起こるのか、私にはまだわからない。


 とりまるはいつものように鐘につながる縄を両手で持った。緊張が走る。縄を思い切り揺らした。鐘が響いた。いつもと違って外がまだ明るいから、変な感じがする。本当に大烏は現れるのか。不安が押し寄せる。


 何秒待っただろう。実際はそんなに長くなかったかもしれない。とりまるの手が震えてる気がして、大丈夫だよと言うようにぎゅっと握る。


 烏たちが一斉にカアっと鳴いた。まるで、ご主人様の登場を告げるように。思わず耳をふさぎたくなるような音の大きさに身をすくめる。風が吹く。騒々しさが一瞬にして静まった。大烏が来たと、見ずともわかった。


「ようこそ」


 穏やかな声だった。低くてよく響く声。私たちの前には、真っ黒な姿の大きな烏がいた。ほのかに白い光を身にまとっている。今が夜だったら、闇夜に紛れてしまいそうだ。それとも白い光だけ目立って、亡霊のように見えるだろうか。


「君たちの名前は?」

「烏丸樹です」

「葉山柑奈です」


 私が名前を言ったとき、僅かに大烏が驚いたような気がした。


「家宝がそろったのかな」

「はい」


 大烏は満足そうにうなずいた。


「よく来たね。伝説を訪ねて来てくれるなんて何百年ぶりだろう。会えてうれしいよ。さあ、さっそく最後の交換をしようか」


 その言葉を聞き、とりまるが上着のポケットから集めた宇宙玉を取り出す。


「樹くん、君は宇宙玉の家だったんだね」


 大烏がとりまるから七つの宇宙玉を羽で受け取りながら言った。器用なものだ。


「これは私も大好きな家宝だよ。いつ見ても本当にきれいだ。……私は地球と冥王星の宇宙玉を持っていてね、これで惑星がそろうんだよ」


 冥王星?


「冥王星はもう惑星じゃないのでは?」

「そう。悲しいことにね。こんなにもきれいな星だというのに。だから、私が預かっているのだよ」


 恐る恐るというふうに言ったとりまるに、大烏は悲しそうに目を伏せた。それから、思いついたように言う。


「そうだ。君たちに冥王星の宇宙玉をあげよう」


 大烏から受け取った冥王星の宇宙玉は透明度の低いものだった。けれども、それがかえって美しく見える。


「ありがとうございます」

「大切にします」


 大烏が私たちの頭を優しく羽でなでた。


「さて、君たちの願い事を聞こうか」


 とりまるを横目でそっとうかがう。とりまるは小さくうなずいてから、口を開く。とりまるの考えとは、いったいなんなのか。とりまるの一言一言に集中した。


「小夜と取引する場を設けてもらいたいです。小夜に会わせてください」


 私は生涯この瞬間を忘れない。一瞬が永遠に感じられた。大烏が穏やかに答える。


「よかろう。その願い、聞き入れた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る