第15話 第三夜 七番目の神様

 また死神が襲ってきても困るし、常夜神社とこよじんじゃの場所を案内するから一緒に行くよ、と梅ちゃんが言ってくれたので、一緒に青梅神社おうめじんじゃをあとにした。青梅神社は猫たちに任せるから大丈夫だという。


「ここから遠いの?」

「うーん、そんなに遠くはないけど、近くもないかな。でも大丈夫。今、三時ちょいすぎだから、指定された三時半には着くよ」


 私ととりまると、梅ちゃんと猫。四人、ではなく、三人と一匹で夜道を歩く。


「ねえ、梅ちゃん。常夜神社の神様ってどんな神様なの?」

「常夜神社の神様は若菜わかなっていう女性の神様だよ」

「若菜はなんの神様なの?」

「それは……」


 私の問いにはすんなり答えてくれたのに、とりまるの問いには答えを渋る。なにか、言えないことでもあるのだろうか。


 そもそも若菜はどうして、土産はいらぬ、なんて書いたのかな。今までの神様はみんな、なにかしらの要求があった。梅ちゃんは少し特殊だったけど。それでも、私と来いという要求があった。なのに、若菜はなんの要求も出してない。


「じゃあさ、梅ちゃん。どうして、大烏はこんなことしてるの? みんな大烏の協力者なんでしょ。自作自演のようなものじゃない?」


 とりまるが質問を変える。


「それは、なんというか……。バランスをとるため、かな」

「バランス?」

「そう。大烏に限らず、好き勝手に神様が人間の願いを叶えられてしまったら、均衡が崩れてしまうから。だから、大烏は自分にゆかりのある家族の願いを叶えてあげる際に、ほかの神様も恩恵を受けれるようにしてるんだよ」

「なるほど」

「小夜もそうだよ。小夜は好き勝手に行動しているようで、小夜によって情報が得られたり、仲介されたりするから、ほかの神様にも恩恵がある」


 神様の人間関係、いや、神様関係もなかなか難しいんだな。そんなにほかの神様に気を遣わなきゃいけないなんて。でも、それならなおさら気になる。どうして、若菜はなにも要求しなかったのかな。それじゃあ若菜は、なんの恩恵も受けられないじゃない。


「なんで、若菜はなんの要求もしなかったんだろうね。若菜にとっていいことないじゃんね」

「あー、確かにそうだね、葉山さん。梅ちゃん、なんでかわかる?」

「それは……」


 話を振られた梅ちゃんは、さっきと同じように答えを渋ってから、諦めたように息を吐いた。


「ああ、わかるよ。あー、まずさっきの質問だけど……」

「若菜がなんの神様かって話……?」

「そうそう。まずはそこから話そうか」


 さっき、答えがもらえなかった質問。その答えが、若菜が見返りを要求しなかった理由にどうつながるというのだろう。


「若菜はね、の神様だよ。小夜が柑奈ちゃんのお母さんに仲介した神様。――それが、若菜だ」


 梅ちゃんが答えを渋った理由がわかった気がした。若菜がなにも要求しなかった理由も。


 暗号には、を待つと書かれていた。君ではなく、君たち。若菜はわかっていたのだろう。私がとりまるとともに自分を訪ねてくることを。世間の狭さに驚く。まあ、小夜ができるだけ近いところで全てを終わらせようとしたのだと考えたら、不思議ではないのだけど。


「だから、若菜はなにも見返りを求めなかったんじゃない。僕と同じだよ。柑奈ちゃん、君が来ること自体が恩恵なんだ。僕は、柑奈ちゃんたち葉山親子を自分の神社内であんな取引に巻き込んだことを謝りたかった。きっと若菜も、柑奈ちゃんに伝えたいことがあるんだと思うよ」


 梅ちゃんの言葉が終わるタイミングに合わせたように、私たちの半歩前を歩いていた猫がミャアと鳴く。


「ん? もうすぐかな」


 青梅神社でも思ったけれど、梅ちゃんには猫の言葉がわかるのだろうか。梅ちゃんも普段は猫の姿って言っていたから、そうなのかもしれない。私たちにお面の準備をするように言い、猫をまた先に行かせる。私たちは、お面をつけて梅ちゃんたちについていく。


 一分ほど歩いたところで、梅ちゃんが足を止めた。


「さあ、もう着いたよ。ここが常夜神社だ」


 常夜神社は小さな神社だった。言われなければ見落としてしまうような、小さな神社。青梅神社も小さいけれど、境内自体は広く、梅の木々がたくさん植えられているから、あまりその印象を受けない。一方の常夜神社は、鳥居のすぐ向こうに拝殿があって、小さい神社だからか本殿は見当たらない。


 木の鳥居の前でお辞儀をしてから、鳥居をくぐる。梅ちゃんがなにやら猫に話しかける。なにを伝えたのかはわからないけど、猫は私たちについてくることなく、鳥居の向こう側にペタンと座りこんだ。


「ねえ、葉山さん。最後だから、一緒にやろう」


 最後だから、という言葉が寂しく思えるのは親不孝なのかな。早く全部の神様を訪ねて、お母さんたちを救えた方がいいのはわかっているのに。


 ふたりで拝殿の前で一礼してから、一緒に鐘につながる縄を持つ。思い切り鐘を鳴らした。寂しいなんて気持ちを振り払うように思いっきり。小さな神社全体にこれでもかというくらいに鐘の音が響き渡る。これで、最後の神様なんだ。


「常夜神社の神様。大烏の使いの者です」

「預かってもらっている家宝を頂きたくて参りました」


 数秒がひどく長く感じられる。若菜が出てこないんじゃないかと、気が気でない。とりまるも不安だったのだろうか。どちらからともなく握った手は、段々と力が込められていく。不安な気持ちを抑えるように、大丈夫だと言うように、――夜の冒険が終わることが寂しいなんて思ってしまっている自分を隠すように。私もとりまると繋いだ手に力を込めた。


 若菜は静かに現れた。前の神様と同じように、薄っすらと白く輝く姿。静かに現れた彼女は、美しい女性の姿をしていた。


「ようこそお越しいただきました。お待ちしておりました。わたくしが、この常夜神社の神様、若菜でございます」


 若菜は、神様とは思えないくらいの礼儀正しさで私たちに向かってお辞儀する。


「こちらが宇宙玉です」


 若菜がその両手に乗せた宇宙玉は濃い青色だった。月明りに照らされて、僅かに光を含んだ宇宙玉をとりまるが受け取る。これが、最後の宇宙玉――。


「「ありがとうございます」」

「そんな、ありがとうだなんて。こちらこそ、来ていただいてありがとうございます」


 若菜は私の目を真っすぐに見てから、言葉を足す。


「ずっと、あなたに会いたかった。ずっと、あなたに謝りたかった」


 謝りたかった……?


「謝るって、なにをですか?」

「柑奈ちゃん。あなたをしょうもない、神たちの事情に巻き込んでしまったことを。あなたの眠りを奪ってしまったことを。今の今まで説明できなかったことを」

「しょうもない神たちの事情って?」


 私の問いに、若菜はちらりと梅ちゃんの方に視線をやる。


「ん? なにかな、若菜。僕は席を外した方がいいかな?」

「いや、このままで大丈夫です。梅ちゃんがどこまで話されたのかと思いまして」

「どこまでもなにも。僕が知っていることは全部話したつもりだよ」


 梅ちゃんの答えに困ったように若菜が眉を下げる。


「では、あのことは?」

「あのことって?」


 梅ちゃんはなにかを隠しているようすもなく訊き返した。


「小夜と柑奈ちゃんのお母さんの取引の裏で行われていたもう一つの取引のことです」

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