第14話 作戦会議
未来を変える。その決心がついたものの、私たちは具体的になにをするかを考えなくてはいけない。
「じゃあ、作戦会議をしようか。まずは目標を整理しよう。手段はその後だ」
梅ちゃんの言葉に従って、達成しなければならない目標を立てる。
「
「とりまるのお母さんを無事目覚めさせること」
梅ちゃんはしゃがみ込んで、落ちていた梅の枝でふたりを助けると地面に書く。
「そうだね。その二つが大きな目標だ」
顔をあげて、私たちと交互に目を合わせる。緑色の瞳は吸い込まれそうなくらいきれいだった。梅ちゃんの柔らかな表情で、不安が去っていくのを感じる。
大丈夫。未来はまだ変えられる。梅ちゃんの言葉を思い出す。
「じゃあ、どうやってこの目標を叶えるかだけど。まず、大烏の力を借りない手はないよね。大烏は強い神様だからね。大烏にできないことなんてほとんどない。だから、まずはこの宇宙玉を君たちに渡しておこう」
前二つと同じような大きさの宇宙玉を、梅ちゃんはとりまるの手のひらにぽんと乗せる。今回の宇宙玉は薄い水色だった。とりまるの手のひらに落ちる影が青みを帯びていて美しい。
「「ありがとう」」
「暗号もある。これは後で解いちゃおう。これが解けて、もう一人の神様に会ったら完了なんでしょ?」
暗号の書かれているらしい紙を見せながら言う梅ちゃんに、首で答える。
「後は、協力者が必要だね。僕はそんなに強い神様じゃないし、君たちは人間だ」
「協力者……? 大烏のこと?」
とりまるの問いに梅ちゃんは違うとでも言うように首を振る。
「小夜だよ」
「小夜……? でも、小夜は私たちの敵なんじゃないの?」
「そうそう。死神に情報を売ったのは小夜なんでしょ?」
口々に言う私たちとは対照的に、梅ちゃんは落ち着いて返す。
「確かに、死神に情報を売ったのは小夜だろうね。でも、それは僕たちの敵だからじゃない。小夜は、その情報が死神相手に売れるから売っただけだ。小夜は誰の敵でも味方でもない」
「誰の敵でも味方でもない……。じゃあ、私たちが小夜から情報を買うということ?」
「それもありだけど、小夜には別の名前があったでしょ?」
小夜の呼び方。情報屋ともう一つ。
「仲介屋……?」
とりまるの自信なさげな答えに梅ちゃんは満足そうにうなずく。
「そう。僕たちは小夜に依頼すれば情報を得ることだってできるし、何かを代償に小夜に仲介してもらうことだってできる」
梅ちゃんはそこで言葉を切るとにやりと笑う。
「そして、僕はすでにその権利を持っている」
梅ちゃんは大事そうに一枚の紙を取り出した。そこには、『仲介または情報券』と書かれている。神社を占領したお詫びとしてもらったのだという。
「「おおー!」」
思わず歓声が上がった。大烏と小夜。ふたりに願いを叶えてもらうことができたなら、私たちの目標は達成じゃないか。
「ただ一つ問題があって」
喜ぶ私たちに梅ちゃんは歯切れ悪くそう切り出す。
「小夜はそう簡単に捕まえられない」
「というと?」
「小夜は誰の味方でもないし敵でもない。だけど強いて言えば依頼人の味方だよね。この券があろうと、僕らが依頼しない限り小夜が僕らに協力する義理はないわけだ。死神に協力した小夜が僕らに進んで協力するとは思えない」
そうだ。小夜は私たちが依頼する前に死神から依頼を受けているのだろう。いや、もしかしたら、小夜から売り込んだのかもしれない。
「小夜はあらゆる手段を使って逃げるだろうね。なんたって、小夜は予知のプロフェッショナルなんだし。それに、小夜が予知に使う眠りに柑奈ちゃんのがある。僕らには三日間という制限時間もある。かなり分が悪い」
私の夢……。生まれてこの方見たことさえないのに、きっとこれからも見られないままなのに。そんなものが私たちの障害になるなんて、嫌な話だ。どうしたものか。ミャアという呑気そうな猫の鳴き声だけが澄んだ空気に響く。
「そういえば、小夜の神社はないの?」
沈黙を破ったのはとりまるだった。確かに、と気づかされる。小夜だって、神様なのだ。小夜を祀っている神社があったっておかしくない。
「もちろんあるよ。
ミサキ神社――。その名前に胸騒ぎを覚えるのは、勘違いであって欲しい。
「どういう漢字を書くの?」
「え、岬? 山に甲乙の甲だよ。どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
真琴ちゃんの名字が岬だなんて、きっと今は関係ない。あったら困る。
「じゃあ、まずは最後の暗号を解いちゃって、それから、岬神社にも行けばいいんじゃない? 留守にしてたとしても、なにかわかるかもしれないし」
私たちが昨日の昼間に青梅神社を訪れたように。
とりまるの提案通りに、とりあえずは次の暗号を解くことになった。暗号を解いている間は余計なことを考えずに済む。調度いい。
恐る恐る暗号が書かれた紙を開く。最後の神様だ。これが解けないことには、お母さんたちはふたりとも助けられない。
暗号は次のようなものだった。
『ざざしあずひあ
なさらずあずゅどくむちつんみて
むゆごひうりね』
「また、ひらがなだね」
「うん。でも、今回はヒントになりそうなものがなにも書かれてない」
ということは、ヒントがなくても解けるくらい簡単なのか。実はどこかがすでにヒントになっているのか。
「梅ちゃんはわかる?」
ウサギの神様が暗号のヒントを教えてあげないこともない、と言っていたのを思い出す。
「まあ、全部の暗号をこれに関わっている神様全員が知ってるからね。もちろん、僕も知ってるんだけど……。でも、ここで僕が答えを言っちゃうのはルール違反のようなものだからなあ。それで、大烏にお願いする権利がなくなったらいけないし」
梅ちゃんは困ったように頭をかく。
「それは確かに」
「ヒントならどう?」
とりまるの言葉に梅ちゃんは少し考えると、じゃあ、と切り出した。
「ヒントは
ヒントは一。ウサギの神様を訪ねることになった暗号の、ヒントは三というのを思い出す。あのときは、三つおきに読めば、三文が出てくるという意味だった。でも今回は一だから、同じことはできない。
「こんなことだったら、暗号の本を読んどけばよかったな」
「まあ、過ぎたことを言ってもしょうがないよ」
「一、一ねえ……」
あのときは、どうやって解いたんだっけ? 確か、五十音順に前後に三つずつずらそうとして、できなくて。だから、小さい字に注目したんだったっけ。小さい文字なら今回のにも入ってる。小さい「ゆ」。その前は「ず」だから、ずゅ。これもやっぱり読めない。うーん……。今回もまた、ずらしてみるか。あのときとは違う暗号なんだから、それで解けるかもしれない。
「やってみたいことがあるから、ちょっと暗号貸して」
とりまるに断って、暗号を左手に、木の枝を右手にしゃがみこむ。
『ざざしあずひあ
なさらずあずゅどくむちつんみて
むゆごひうりね』
暗号を一文字ずつずらしてみる。まずは、後ろ。
『じじすいぜふい
にしりぜいぜょな゛けめつてあむと
めよざふえるの』
んんん? とりまるの不思議そうな視線を感じた。「な」の濁点は存在しない。これは失敗みたい。ダメかもしれないけど、前もやってみるか。
『ごごさんじはん
とこよじんじゃできみたちをまつ
みやげはいらぬ』
午後三時半 常夜神社で待っている 土産はいらぬ
「おおー! 葉山さん、ナイス!!」
「でしょ!」
ぱんっとハイタッチをした私たちを見て、隣で梅ちゃんがほっとしたように息をつく。
「時間ないのに、解けなかったらどうしようかとひやひやしたよ」
「梅ちゃんのヒントのおかげだよ!」
第一関門突破だ。三時半ならまだ間に合う。久しぶりに元気が出てきた。両手でポニーテールをぎゅっと引っ張る。
「さあ、お母さんたちを助けに行こう」
たった三人で組んだ円陣はお互いの頭がぶつかっちゃうような小さいものだった。けれど不思議と、この三人でなら成功する気がしてきた。
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