第13話 未来はまだ決まってない

 ついてきて、と言われるがままに少年についていくと青梅神社に着いた。ミャア、ミャアという猫の鳴き声があちらこちらから聞こえる。梅の実のかおりがふわりと舞い降りる。


「ようこそ、青梅神社へ。ここは安全だから安心して」


 少年は拝殿から少し離れたところに置かれたベンチを指差し、腰かけるように言う。お言葉に甘えて腰を下ろす。


「まずは自己紹介をしないとだね。僕は青梅神社の神様。みんなからは梅ちゃんって呼ばれてるよ」


 梅ちゃん……。その響きからてっきり女の子の姿をした神様かと思ってたが、違ったらしい。


「僕は猫の神様でね、普段は猫の姿でいるんだけど、こっちの方が話しやすいからこの姿でいるね」


 梅ちゃんはいつの間にか集まってきた猫たちを撫でながら付け加える。猫たちは気持ちよさそうに梅ちゃんに身体をすり寄せた。梅ちゃんはそのうちの一匹を抱え上げ、なにか言葉をかける。頼むよ、とでも言うように、猫の頭に自分の頭を軽くあててから手を離した。猫はミャアと一回だけ鳴き、鳥居の方へ駆けていく。


葉山柑奈はやまかんなちゃんと烏丸樹からすまいつきくん。これからよろしくね。今、あの子に樹くんのおばあちゃんに伝言を頼んだからしばらくはここで話しても大丈夫だよ」


 梅ちゃんは猫から私たちに視線を戻すとそう言う。さっきの子はとりまるの家に向かったらしい。なにを伝えるのだろうか。お母さんがさらわれたと伝えるのだろうか。鼻の奥がツンと痛くなる。


 言葉をきちんと返したいのだけど、なにぶん頭も心も追いつかない。私はこくこくとうなずいた。


「梅ちゃん、ありがとう。……ねえ、さっきのが小夜なの?」


 とりまるの言葉にはっとする。フードで顔はよく見えなかったけれど、お母さんをさらったやつ。あれが小夜なのだろうか。


「いや、あれは小夜じゃないね。あれはだ」


 死神……! そんなやつにお母さんはさわれたのか。


「なんで死神がお母さんをさらったの? なんで私たちの邪魔をしてくるの?」


 こんなの八つ当たりだってわかってる。梅ちゃんはなにも悪いことはしてないし、むしろ私たちを助けようとしてくれた。でも、言い方がきつくなってしまうのを抑えられない。


「僕の知っていることと推測をひとつひとつ説明するね」


 意に介した様子もなく、梅ちゃんは優しく話し始めた。


「さっき、君のお母さんをさらったのは小夜ではないと言ったけど、小夜が絡んでるのは間違いない。君たちが小夜についてどこまで知ってるかわからないのだけど、小夜は情報屋とか、仲介屋って呼ばれてるんだ。まずはその理由について話そうか」


 それなら昨日帰る途中に考えたが、これといった答えは出なかった。情報屋なら、極秘情報を売るみたいなスパイのようなことをしているのか。仲介屋というのも、依頼人となにかを仲介する、やっぱりスパイみたいなことをやっているイメージしか思い浮かばない。


「ねえ、小夜はそもそもどうして人から眠りを代償にとると思う? 人間と取引する神様は他にもいる。でも、眠りをとるのは小夜だけだ。どうしてだと思う?」

「眠るのが好きだから……?」


 正直そんなこと考えたこともなかった。睡眠が程よく人生に影響を与えるものだったから? だったら、意地の悪い話だ。


「違うよ。小夜の目的は眠りそのものじゃないんだ」

「そのものじゃない? なら、何のために……?」

「夢だよ」


 夢……? それは、もちろん将来を思い描く方ではなく。


「そう、小夜は人から得た眠りで自由に夢を見ることができる。自由に夢を見れるということは、持ち主が本来見るはずだった時期より早くその夢を見ることができるってこと」


 そこで、一回少年は言葉を切る。


「夢っていうのは情報の宝庫なんだよね。だから、上手く使いさえすれば、のことだって知ることができる」


 いつの日か、本で読んだ夢の話が思い出される。起きると夢のほとんどを忘れてしまっているが、実際は多くの夢を寝ている間に見ていること。夢は見たこと、感じたこと、願望、気分、その他さまざまな情報が反映されること。


「彼は夢を見て、解析して、必要な情報を取り出す。そして、必要とする者に売る。ときには売り込み、ときには依頼されて。だから、彼はと呼ばれてるんだよ」


 なら、仲介屋は……?


「仲介屋の意味ももうわかったかな?」


 ううん、と首を振る私たちに梅ちゃんは続ける。


「小夜は君のような人間、つまりは眠りの提供者と、その人の願いを叶えられる神様を結びつけるんだ。自分の願いを叶えられる神様なんて、そんな簡単に普通は見つけられないし、見つけたところで取引できない。でも、小夜はそれを可能にする」


 だから、仲介屋と呼ばれているのだと。なら、私をお母さんのもとへ授けるという願いを叶えたのは小夜ではなく、小夜が仲介したどこかの神様。いったい誰なのだろう。


「死神の話に行こうか。さっき、小夜が絡んでることは間違いないって言ったね。これは僕の推測だけど、小夜はあの死神に情報屋として情報を提供したんだろう。死神の言葉から考えるに、死神は烏丸遥からすまはるかさん、樹くんのお母さんの命をとるのが仕事だったんだろうね。それがいつかは僕にはわからないけど。でも、小夜の情報でわかってしまったんじゃないかな。このまま行けば君たちによってそれを邪魔されるって。樹くん、柑奈ちゃん。君たちは大烏になにを願うつもりだったのかな?」


 とりまるのお母さんの命を奪うのが仕事。その言葉が重く心を占領してどいてくれない。上手くいきそうだったのに。私の夢のせいで、とりまるのお母さんが死んじゃうかもしれない。私が手伝ったばかりに……?


「……大烏には、母さんを助けてくださいって。母さんの目を覚まさせてくださいってお願いするつもりでした」


 とりまるが今にも消え入りそうな声で答えた。


「でも、なんで今になって……私が一緒に神社をめぐりだしたのは今日からじゃないし、未来がわかるならもっと早くに阻止できたはずなのに」


 とりまるのお母さんを救うのを阻止されそうになったのは、私のせいじゃないって言ってもらいたかった。私のお母さんがさらわれたのは、私のせいじゃないって言ってもらいたかった。


「未来がわかるって言っても未来は不確定だからね。無数の未来が広がっていて、その中で確実そうになったものを情報として売るって聞いたことがある。だって、確定した未来の情報を売ったんじゃ、その未来を変えられないからね。きっと、君のお母さんが参加した時点で死神の仕事が失敗する未来が強くなったんじゃないかな。それか君たちが気づかないだけで、死神はすでに阻止しようと動いてたのかもしれない」


 お母さんが一緒に神社をめぐることになって、心強くなったと思っていた。お母さんのおかげで暗号が解けた。お母さんが加わったことで良くないことがあるなんて思いもしなかった。


「あー、あとはもしかしたら柑奈ちゃんには直接手を出せなかったのかもしれない」

「私に……? なんで?」


 思いついたように付け足した梅ちゃんに訊かずにはいられない。


「柑奈ちゃんの眠りの所有者が小夜だからだよ。眠りの本来の持ち主が死ぬとその眠りは見れなくなっちゃうらしくてね。だから、小夜がなにか柑奈ちゃんを守る策を仕込んでるのかもしれないし、死神が小夜に遠慮したのかもしれない」


 私たちはどうすればよかったのかな。私たちはどうすればいいのかな。


「俺らはどうすればいいのかな」


 私の心を代弁するかのように、とりまるが誰にともなくつぶやいた。


「言ったでしょ。未来はまだ確定してない。死神が柑奈ちゃんのお母さんをさらったことで、死神の仕事が成功する未来が強くなったかもしれない。でも、まだ変えられる。それに、死神は言っていたじゃない。三日間の猶予をやろうって。未来を変えるのが死神にできて、僕らにできないわけない。現に君たちは未来を変えかけていたのだから」


 梅ちゃんは口調だけは淡々と、でも、力強く言う。


「だってそうでしょ? 樹くんが行動しなければ、樹くんのお母さんは助からなかっただろうし、柑奈ちゃんが加わらなければ、樹くんが大烏にお願いするのが間に合わなかっただろうと僕は思うよ」


 梅ちゃんは猫を撫でている手を止め、さっと立ち上がる。私たちの方を真っすぐに見た。


「だから、――僕たちでもう一度未来を変えよう」

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