第10話 幽霊よりも怖いもの

「さて、なにから話そうか。どこから訊きたい?」

「じゃあまず確認しておきたいんですけど、私のお母さんが取引した神様と青梅神社の神様は別人なんですか?」


 ウサギの神様はうなずきながら答える。


「そうだね。あたしはそここそがこの問題をややこしくしている最大の問題点で、君の謎に深くかかわっていると思うよ」


 ウサギの神様は意を決したように顔をあげるとぽつりぽつりと話始めた。


「青梅神社の神様は猫の神様なんだけどね、あたしの古くからの友人なんだ。だから、梅ちゃんのことはよく知っている。あ、梅ちゃんっていうのはその神様ね。話を戻すと、今から十二年前の十月。あの年の集会中に騒ぎは起きたんだ」


 十二年前の十月はお母さんが青梅神社で神様と取引をした月だ。そのときに騒ぎが起きた?


「集会が始まって数日経ったころだったと思う。出雲に一匹の猫がやってきた。集会ってのはみんなで輪を何重か作って座ってやるんだけどね、その猫はいきなりその輪の中に飛び込んできて、真っすぐに梅ちゃんのもとへ向かった。命からがらとでもいうように、へとへとに疲れていた。集会の妨害なんてやっちゃいけないし、やられたこともないからね。そりゃあ騒ぎになったよ」


 集会所の妨害。命からがら。……話が不穏な雰囲気を帯びてきた。


「でも、その猫が梅ちゃんに伝えた内容に比べればかわいいものかもしれない。猫は、梅ちゃんに青梅神社がと伝えに来たんだ」


 神社が乗っ取られた……? そんなことあっていいのか。いや、可能なのか。


「すぐに梅ちゃんと助っ人の神様数人が青梅神社に向かったんだけどね、乗っ取り犯はすでに逃げたあとだった。まあ、その後犯人はわかったんだけどね」


 ウサギの神様は私の方をじっと見る。


「君のお母さんが取引した神様。それが、青梅神社を乗っ取った犯人だよ」


 私に命をくれた神様が犯人……? 驚く私を尻目にウサギの神様は話を続ける。


「小夜っていうんだけどね。あの年の集会に彼は来なかったし、なにより、小夜が認めたからね」


 さっき、神様が私を小夜姫と呼んだことを思い出した。


「小夜はどうなったんですか? あと、小夜はどうしてそんなことをしたんですか?」


 とりまるがウサギの神様に尋ねる。


「どうにも。なにもなってないよ。処罰するべきだって意見もあったけどね。小夜は少し特別だから。小夜がいないと困る神様がいっぱいいてね。不問ということになったんだ。だから動機もわからずじまい。まあ、知ってる人もいるのかもしれないけど」

「小夜が特別?」


 私の問いにウサギの神様は少し困った顔をする。本当にウサギとは表情豊かなものだ。


「そう。詳しくは言えないけどね」

「それは有名な話なんですか?」


 私に代わってとりまるが神様に尋ねる。


「結構有名だね。よほどうとい者じゃない限り知ってると思う。なにせ、前代未聞の神社の乗っ取りを小夜がやったって言うんだから当時はいろんな噂があふれてたよ。まあ、本当のことを知っているのは梅ちゃんと仲がよかった神様とか、偉い神様とか、そういう一部だと思うけどね」


 朝倉神社のキツネの神様は小夜のことを知らないと言っていた。よほど人付き合いをしない神様だったのだろうか。ウサギの神様は何かを悩んだようにしばらく黙ってからこう続けた。


「詳しくは言えないって言ったけど、ちょっとだけ話そうと思う。小夜には別名があってね。――とかって呼ばれてるんだ。これ、あたしが言ったってことは秘密だよ? 小夜は秘密主義だから、あんまり自分の話をされると嫌がるんだ」


 仲介屋に情報屋……? どういう由来なのだろう。


「ありがとうございます……。あの、なんで教えてくれたんですか?」


 自分が言ったことを秘密にしてくれと頼むくらいなのに。


「うーん。あたしが梅ちゃんの友だちだからかな。それに、どうせ次の神社で君たちは詳しく知れることになると思うしね。なんたって、君はあの小夜姫だし」

「その小夜姫ってなんなんですか?」


 さっきからずっと気になってる。


「ああ、それは。君も神様の間ではちょっと有名なんだよ。ほら、さっき当時はいろんな噂が流れたって話をしたじゃない? その過程で、君についた呼び方だよ」


 うわあ。すごい嫌。


 そんな私には構わずに、神様が楽しそうに言う。


「ねえ、そんなことより、残ってる花火も一緒にやろうよ! あたし、花火大好き!」


 ◇◇◇


 ウサギの神様に別れを告げて、西神社を出た。お面を外し、ぐっと伸びをする。


「葉山さん、おつかれ」

「おつかれ様~」

「今日は収穫が多かったね」

「ねー。頭がパンクしそうだよ」


 情報が多すぎる。そのくせ、どの情報もバラバラでいまいち一つに繋がらない。まだ情報のピースが足りないんだ。


「結局さ、お母さんが取引した神様って青梅神社じゃないんだよね。なんかずっと青梅神社の神様だと思ってたから変な気分」

「ねえ、なんで小夜は青梅神社の乗っ取りなんてしたのかな? なんで取引する相手を葉山さんのお母さんにしたんだろう?」

「それに、次の神社で詳しく知れるってどういうことなんだろうね?」


 疑問が尽きない。仮に、取引する相手がお母さんじゃないといけなかったとしても、どうして小夜はわざわざ青梅神社を乗っ取るなんてことをしたんだろう。お母さんに接触するなら、神社に来たときか、神社から帰るときとかを待ち伏せすればいい。


「ねえ、葉山さん。あれ……」

「ん? とりまる、どうした?」


 とりまるに肩を叩かれて顔をあげる。とりまるの指差す方には学校があった。


「今、なんか窓のところを誰か透り過ぎなかった?」

「ええ……怖いこと言わないでよ……」

「ごめん……」


 きっと勘違いだから帰ろうか、ととりまるが歩き出そうとしたときだった。


「あっ!」


 思わず声が出た。見ていた窓を一瞬、白い光のようなものが横切ったのだ。窓の中に、校舎の中になにかがいる!?


「えっ! なに、葉山さん!?」


 今度はとりまるが驚く番だ。


「あそこ、今、なんか光った」

「や、やめてくださいよお~」

「ははは……」


 昼間に真琴ちゃんと凜ちゃんから聞いた話が思い出された。――校長先生が学校で幽霊を見たらしい。


「ねえ、とりまる。私、思い出しちゃったんだけどさ……」

「それはあれだよね? 忘れといた方が幸せだったやつだよね? まさかじゃないけど俺に話さないよね?」

「ごめん、そのまさかだわ」

「いやだ! 俺は聞かないぞ!」


 とりまるが耳をふさいで見せる。いやでも、ひとりでこの怖さを抱えるのは辛いよ……。ごめん、とりまる。巻き添えだ。


「昼間に真琴ちゃんと凜ちゃんから聞いちゃったんだけどね。この学校で幽霊が出るんだって。校長先生が見たんだって」

「葉山さーん! ひどいよー!」

「ごめんって!」


 そんなことを話していると、また、窓を光が通り過ぎる。


「あああ! まただよ! また光ったよお!」

「俺も見てるから! 言わなくていいから! 余計怖いじゃん!!」

「とりまる、行く?」

「行くってどこに?」

「決まってるじゃん、学校の中にだよ。幽霊がいるかもしれないでしょ?」

「いやいやいや!? 帰ろう! 早く!」


 そう言うなり、とりまるが私の手を引いて走り出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ」

「待たないよ。だって、葉山さん、本当に学校に突撃しそうだもん。俺、嫌だもん」

「ふたりなら怖くないって! 幽霊の正体がわかるかもしれないのに!」

「怖がりふたりがそろったって、怖いもんは怖いでしょ!」


 とりまるが私の方を振り返って、それにと続ける。


「こんな時間に学校入ったら、絶対怒られるって!」


 ああ……。すっかり忘れてた。確かにそうだ。


「確かに……」

「でしょ?」


 走ったから、もう家に着きそうだ。あと数メートルで家に着くというとき、ふたりの家の前に誰かがいるように見えた。


「とりまる……誰かいる……」

「ま、まだ幽霊だって決まったわけじゃないから」


 とりまると顔を見合わせてから、恐る恐る近づく。不審者かな? 郵便局の人かな? まさか、幽霊じゃないよね……?


 でも、現実はもっと怖くて。私たちを待っていたのは、――私のお母さんととりまるのおばあちゃんだった。


「あら、ふたりともお帰りなさい」


 ああ無常、母の笑顔が恐ろしい。幽霊の方がまだよかった。さっきまでの怖さなんて、ある意味吹っ飛んだ。


「ふたりとは、話さなきゃいけないことがあるみたいだね」


 とりまるのおばあちゃんは優しい言い方に、かえって悪いことをしたなというのが実感させられる。お母さんととりまるのおばあちゃんは事前に打ち合わせでもしていたのだろう。とりまるも、とりまるのおばあちゃんもうちに上がって、リビングに四人そろった。お父さんは寝ているのかもしれない。不幸中の幸いだ。


 なにはともあれ、お説教タイムの始まりであるのは間違いない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る