第9話 第二夜 五番目の神様

 集合時間の五分ほど前に外に出ると、とりまるはもうすでにいた。


「グッド・ナイト!」


 あたかもその挨拶が自然であるかのように、とりまるはこちらに微笑む。手には昨日と同じように白いビニール袋を提げていた。昨日と違うのは、ビニール袋にドラッグストアのマークがついてること。放課後にふたりで買った花火が透けて見えていること。


「グッド・ナイト。待たせちゃった?」

「ううん。俺も今来たばっかりだし、第一まだ集合時間になってないしね」


 お手本のような答えをしてから、とりまるは続ける。


「じゃあ、葉山はやまさん。行きますか」

「うん!」


 西神社は、昨日訪ねた朝倉神社よりも近かった。それは単に距離的な近さももちろんあったけど、朝倉神社までの道のりが少し急な坂道だったのに対して西神社まではなだらかで平坦な道だったから短く感じたのだと思う。近い分には何も困ることはないんだし、いいことなはずなのに、少しだけ物足りなく感じたのはなんでだろうか。学校を通り過ぎて少し歩くと西神社の鳥居が見えてきた。


「葉山さん、着いたね。はい、お面」


 とりまるは花火のはいったビニール袋から真っ黒なお面を二つ取り出し、一つを私に渡す。昨日一度やったから、要領はわかっているつもりだ。


「ありがとう」


 受け取って、お面をつける。視野の狭さには少し慣れたけど、隣にいる人がお面をつけているという状況にはまだなれない。まあ、自分もつけているんだけど。お面をつけたとりまるがさっきまでと違って見えるから変な気分。


 西神社の鳥居は石でできているようで、朝倉神社のとは違い、赤くなかった。色が派手でない分、夜の闇の中で目立っているわけではない。でも、その大きな鳥居は存在感がすごかった。小さくお辞儀をしてから、とりまるに続いて鳥居をくぐる。拝殿は鳥居を真っすぐに進んだところにあった。


「今日は葉山さんが鳴らす?」


 拝殿の賽銭箱の前にふたりで立つ。とりまるが鐘を指差しながら私に訊いた。


「私が鳴らして大丈夫なの?」

「大丈夫。葉山さんだってお面かぶってるんだから、神様から見たら俺らふたりとも同じに見えるって」

「そういうもんかな」

「そういうもんだよ」


 まあ、神様だしね。ひとりひとりの違いなんて気にしないよね。そんな風に自分を納得させてから、私は小さく深呼吸してから縄を持つ。思い切り鐘を鳴らした。けれども、神様らしき姿は一向に現れない。おかしいな。昨日は数秒で現れたのに。やっぱり私じゃダメだったのかな。


 不安に思ってとりまるの顔をうかがっていると、肘でそっと突っつかれた。慌てて前を見るといつの間にか私たちの前には半透明のウサギがいた。これが西神社の神様……。ウサギ……? にしては、でかい。あっけに取られていると再びとりまるに肘で突っつかれる。そうだ、挨拶をしなきゃ。


「に、西神社の神様。大烏の使いの者です。預かって頂いている家宝を受け取りたく参りました」


 昨日のとりまるの言葉を思い出して、なんとか言い切る。


「あー、大烏のとこの! じゃあ暗号解けたのか。ようこそようこそ! あたしが西神社の神様です」


 ウサギの神様は前足と前足を合わせるようにぽんっと叩いてから、両耳を揺らしてぺこりと頭を下げる。


「これ、花火です」


 とりまるがビニール袋から花火セットを取り出した。


「わあ! やりたかったんだよね! ありがとう!!」


 興奮した様子でウサギの神様がぴょんぴょんと飛び跳ねる。それから、私たちが待っていることに気づいて少しだけ恥ずかしそうにはにかんだ。


「あ、そうそう。これを渡すんだったね。はい、土星の宇宙玉と次の暗号!」


「「ありがとうございます」」


 ウサギの神様は昨晩とは違う色の宇宙玉をとりまるに渡した。黄色いガラス玉のような見た目で、中央がぐるりと一周出っ張っている。とりまるが受け取ると、ウサギの神様は再び食い入るように花火セットを見つめだした。


「あの、俺たちお訊きしたいことがあるんですけど……」


 遠慮がちにとりまるが声をかけると、何かと問うように首を傾げる。長い耳がピンと立っていた。


「暗号のヒントならあげないこともないけど?」

「それも欲しいと言えば欲しいんですけど、訊きたいことは別にあって……」


 言ってみな、と続きを促されて私があとを継ぐ。


青梅おうめ神社の神様についてなんですけど、ご存知ないですか」

「青梅神社だって……? どうして青梅神社の神様が気になるの?」


 神様が少し慌てているように見えるのは気のせいだろうか。


「実は……」


 とにもかくにも事情を説明しなきゃ始まらない。私はウサギの神様に一つ一つ説明した。自分が眠れないこと、お母さんが神様と契約したこと、青梅神社の神様について知りたいということ、などなど。


 神様はうんうんとうなずきながら話を私の聞いて、納得したような顔をした。


「なるほどなるほど。君があの有名な小夜姫さよひめか。よし、わかった。青梅神社の神様について、それから君のお母さんが契約をしたという神様について。話せる限りを話すと約束するよ」


 ここで一度言葉を切り、ただしと神様は続ける。


「線香花火で対決して、あたしに勝ったらね」


 ウサギの表情がこんなにも豊かだなんて思わなかった。目の前のウサギがとても楽しそう。


「線香花火対決……?」

「そう。最後まで火種が残っていた者が勝ち。どうかな?」


 楽しくてしょうがないというように神様が言う。


 これは引き受けるしかないな。そう思い私が答えようとしたとき、それより早くとりまるが返事をした。


「やります!」

「おっ! やる気だね、少年。じゃあ早速やろうか。あたし、線香花火大好き!」


 隣のとりまるを窺うと、自信満々という表情だった。私の視線に気づいたのか、まかせて、ととりまるがささやく。神様に急かされ、とりまるは慣れた手つきで蝋燭を用意し始めた。倒れないようにセットしてから、マッチを取り出す。シュッという小気味いい音とともに、マッチの先が明るくなって、蝋燭に火が灯った。水を張ったバケツをそばに置く。はい、はいと三人、いや、ふたりと一匹に線香花火を配ったところで準備が完了した。


 誰がなにを言うでもなく、みんなでそっと蝋燭を囲んだ。ウサギの神様は器用にも口に線香花火をくわえている。蝋燭の炎が風で揺らいだ。まるで踊っているみたいだった。


「じゃあせーの」


 とりまるの合図で一斉に先端を炎に近づける。静かに花火に火が付いた。円を広げるように蝋燭から距離をとる。花火の火は少しずつ大きくなって、次第にパチパチと燃え出した。球を描くように火花が広がる。風から守るようにそっと花火を手で囲った。ふたりの様子を見たいけど、そんな余裕はない。


 ウサギの神様は私のことを小夜姫と呼んでいた。初めて呼ばれた、呼ばれ方。それから、青梅神社の神様と私のお母さんが契約した神様について話すと言っていた。じゃあ、そのふたりの神様は別々なのか? ウサギの神様はきっと私たちが知らないことを知っている。それを知るためにはこの勝負に私かとりまるが勝たなくてはいけない。


 どうか落ちないでください。


 そう願いながら、花火の広がりがピークを向かえ、段々と小さくなっていくのをじっと眺めていた。もう少し。もう少しだけ、どうか最後まで――。


 でも、そんな願いも虚しく私の花火はポトリと地面に落ちた。ああ……。バケツに花火を浸けるとジュっという音がする。


 私は絶望的な気持ちで前を向いた。とりまるは、まだ残っている。ウサギの神様も、まだ残っていた。


 とりまる頑張れ。風よ、吹かないで。火種よ、最後まで落ちないで。


 とりまるの線香花火は落ちることなく、少しずつ小さくなっていく。ウサギの神様の線香花火も同じように。ふたりの花火は最後まで落ちることなく、すっと消えた。


 どっちが早かった……?

 

 瞬きすら忘れてふたりの勝負を見守っていたのに勝敗がわからない。


 ウサギの神様は、花火をバケツに浸けてから口を開く。


「悔しい! 引き分けだね。少年、なかなかやるじゃん」

「神様こそ。勝てなかったのすごい久しぶり」


 とりまるが悔しそうに返した。


「でも負けじゃない。あたしも勝ててないからね。ねえ、少年。勝たなきゃいけないときと負けちゃいけないときは違うってあたしは思うんだよ」


 だから、と神様は続ける。


「約束通り、あたしが知っていることを話すよ」

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