第11話 新メンバーは突然に

 お母さんが声を荒げないで怒る分、本気で怒っているのが伝わってくる。それから、本気で心配させたことも。


 全くもって、悪いのは自分たちなので。事情も説明せず、許可もとらず、真夜中に外に出たのは私たちなので。それはもう、こってりと怒られました。


「私や烏丸からすまさんがどれだけ心配したかわかってるの? お願い。もうこんなことしないって約束してちょうだい」


 でも、ここで引き下がるわけにはいかない。反省はしてる。謝らなくてはいけないと思ってる。だけど。


「それはできない……」

「なに言って……」


 お母さんの戸惑った声が聞こえてくる。続きを言われる前に私が続ける。


「ごめんなさい。一昨日と昨日と今日、勝手に夜中に外に出てごめんなさい。お母さんとお父さんの約束を破った。悪いことをしたと思ってる。本当にごめんなさい」


 ――もうこんなことしない。

 それはダメだ。だって、まだ神社が二か所残っている。今ここでやめたら、とりまるのお母さんを助けられない。

 お母さんの目をじっと見る。


「でも、これからも夜中に外に出るのを許してください。お願いします」


 どうか、お願いします。私は頭を深く下げた。


 お母さんからしたら意味不明だと思う。謝るなら、なにかを頼むなら、理由を話しなさいとよく言われたものだ。でも、願いを叶えてもらうために神社をめぐっていることはとりまるとの秘密だから、私にはお願いすることしかできない。


「俺も、勝手に外に出てごめんなさい。葉山さんを誘ったのは俺なんです。本当にごめんなさい。でも、お願いします。これからも外に出なきゃいけないんです」


 とりまるが横で頭を下げる気配がした。重い沈黙が流れる。それを破ったのは、とりまるのおばあちゃんだった。


柑奈かんなちゃん、いつき。何か理由があるのね? それを話してはくれないかしら」


 諭すように優しい声だった。顔をあげて、とりまるの方に視線をやる。

 ――どうする?

 そんな問いを込めて。

 ――俺が説明するよ。

 とりまるはそう言うように、視線を私に返すとお母さんととりまるのおばあちゃんに一つ一つ丁寧に話し始める。


 暗号を解いて神社に行き、家宝を集めることで願い事を叶えてもらえることについて。私たちが昨日・今日と神社を訪れたことについて。お母さんが取引をした神様の謎について。それから、とりまるが神様に叶えてもらいたいことについて。


 お母さんととりまるのおばあちゃんは真剣な顔でうなずきながらとりまるの話を聞いていた。お母さん、とりまるのおばあちゃん。どうかこの話を信じて。どうか私たちが神様を訪ね続けるのを許して。


 とりまるが話し終えて、お母さんが口を開く。


「事情はわかったわ。お母さんにも原因があることも、それからふたりの行動が大切なことも」


 なら、と期待を込めて続く言葉を待った。


「だけど、ふたりだけで夜中に外に出ることを認めるわけにはいかない。そんな危険なことは認められない」

「でも……」


 お母さんは抗議しかけた私を遮るように言う。


「だから、これからはお母さんもふたりについていく。それならお母さんはいいわ。……烏丸さん、それでも大丈夫ですか」

「それなら、私も安心ですよ。でも、お願いしちゃっても大丈夫なんですか?」

「もちろんです。こうなった原因は私にもあるみたいですし……。柑奈、樹くん。それでいい?」


 とりまるに確認するまでもなくうなずいていた。うなずいてから、慌ててとりまるを見ると彼も同じように首を縦に振っている。


「じゃあ、決定ね」


 お母さんは優しく微笑む。


「柑奈も樹くんも。作戦会議しなきゃだね」


 今日はもう遅いので、いや、早すぎるので、詳しい話と作戦会議は放課後にしようということになった。玄関までとりまるととりまるのおばあちゃんを見送って、リビングに戻ってきたところだった。


 まだだ。まだ、私はお母さんに言わなくてはいけないことがある。


「お母さん」


 お母さんが振り返る。


「ん? どうしたの? 柑奈」


 今言わなきゃ、きっと後悔する。小さく深呼吸をした。大丈夫。言おう。


「お母さん。私、お母さんに謝らなきゃいけないことがある」

「ん、言ってごらん」

「私、お母さんにひどいこと言った。ごめんなさい。眠れないのをお母さんのせいだって言った。お母さんのこと無責任だって言った。お母さんに大嫌いって言った」


 泣かないようにしてたのに、いつの間にか視界が歪んで頬が濡れた。


「うん。お母さんもごめんね。無神経だったよね」


 ぎゅっとお母さんに抱きしめられる。なんだか懐かしい気がしてきて、止めようと思えば思うほど涙が止まらなかった。


 ◇◇◇


 三度目になる放課後会議。この前の二回と異なるのは、人数・場所。


 私ととりまる、それからお母さん。場所もとりまるとふたりでこそこそ糸電話で話していたときとは打って変わって、うちのリビングという大胆さ。


「じゃあまずは、今までわかったことをもう一度整理しようか」


 司会を務めるのはお母さんだ。お母さんに言われ、私たちは代わる代わるに説明した。


・とりまるがおばあちゃんの家で代々伝わる伝説を見つけたこと。

・伝説によると、七人の神様を尋ねて家宝を集めると大烏という神様に出会え、その神様に願い事を一つだけ叶えてもらえること。

・今までで五人の神様に出会ったこと。

・お母さんが神様のいないはずの神無月に青梅神社で神様と取引したことを、疑問に思ったこと。

・五番目のウサギの神様に青梅神社の神様について尋ねたこと。そしたら、お母さんが取引した神様は青梅神社の神様、梅ちゃんではなく、小夜と呼ばれる神様であるとわかったこと。

・小夜は当時、青梅神社を乗っ取ったけれど、小夜が処罰されたら困る神様たちによって不問にされたこと。

・小夜は他の神様から仲介屋や情報屋と呼ばれていること。


「こんなもんかな」

「うん。こんなもんだと思う」


 とりまると確認し合って、説明を終える。


「なるほどね。……私が取引をしたのは青梅神社の神様じゃなかったのか」


 お母さんが驚いたようにつぶやく。それから、両手で頬をぱちんと叩いた。


「まあ、まずは今回の暗号だね。ウサギの神様は次の神社で詳しく知れるって言ってたんだよね。お母さんが力になるかはわからないけど、とりあえず解いてみよう」


 とりまるが昨日ウサギの神様から受け取った暗号の紙を取り出す。紙を広げると次のような言葉が書いてあった。


『8×3 9×3 1×2 4×2 3×2*

 1×5 1×3 7×4 3×2* 0×3 3×2* 8×4 5×2

 6×1 8×1 7×1 2×1 0×3 5×1 4×5

 4×5 7×5 5×2 2×5 1×2』


 毎度毎度、よくこんな暗号を考えるものだ。神様、暇なのか? そう恨みたくなるほどによくわからない。


「とりあえず計算してみる?」


 とりまるはそう言い、持ってきたノートにメモしていく。


「24 27 2 8 6*

 5 3 28 6* 0 6* 32 10

 6 8 7 2 0 5 20

 20 35 10 10 2」


 計算させるなら、同じ数字を別々の掛け算で表す必要はあるのだろうか。*が何を意味するのかも気になる。


「これなんだろう」

「これがついてる数字は全部3×2の6ってことしかわかんないなあ」


 私たちが頭を悩ませていると、お母さんのスマホがブーブーと震えた。ごめんちょっとメールだわと断ってから、お母さんがスマホを手に取る。スマホをいじっていたお母さんが、どうしたのか手を止めた。


「えっ……」

「お母さんどうしたの?」


 そんなに悪い内容のメールだったのだろうか。お母さんは少し驚いた顔をしている。でも、そんな顔もあっという間に笑顔に変わった。お母さんは私たちの方に向き直り、うれしそうに言う。


「お母さん、暗号解けちゃったわ」

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