第8話 ストレンジ
例えば、僕がこの状況に身を置いて、少し高揚感を感じているとして。
とはいえ、それがどういった種類なのかを説明するのは骨が折れる。それは恐らくだが、僕の中にある少し歪な罪悪感のようなものだろう。できることならシンプルに言いたいものだ。これで僕は違うことができるんだという気持ちがある意味で自由だった。
入学式の後には学部ごとに分かれてのオリエンテーションがあった。これから履修する方法や、卒業に必要な単位数、必修科目などについての説明だった。非常に重要な内容なのだが、僕はこのオリエンテーションやガイダンスについて、あまりにも真剣に取り組むことを放棄していた。
そういえば、昨日は緊張していたからなのか、アルバイトで夜勤を始めたからなのか、あまり寝付けなかった。有り体にいえば寝不足なのだ。
何だか頭が留守になりがちだし、重要な話は右から左に抜けていってしまう。自分で時間割を決めるなんて僕には出来なかったし、僕はここで何をしたら良いのかわからなくなっていた。終わったら家に帰ろう。そう思った僕は、何も言わずにいた。
入学してから数日間でものの見事に僕は一人になっていた。それでも寂しいだとか、辛いだとかそういった思いはあまり抱かず、妙な安心感と多幸感が薄らぼんやりとした僕の外皮を覆っているようで、大学に行き、アルバイトをして過ごしていた。
どうでもいいことだが、僕は持て余していた。頭の中に思考する領域があるとしたら、近頃は2%くらいしか使っていないんじゃないだろうかと不安になる。目の前で教授が何か話しているのだけれど、全く内容は入ってこないし、残念なことに興味があるかと言われると興味を持つことはできなかった。
大学に通っているのは自分自身なのにも関わらず、まるで誰か別の人になってしまったかのような。ドッペルゲンガー。
だから僕は、計画を立てることにしたんだ。
そうだ、僕が僕に足ることをしよう。それがいい。
僕は大学の講義の最中に、紙とペンを持つことにした。
まずはそう、どこか遠くに行くんだ。
どこか遠くに行くためには自転車を手に入れなければならない。自転車をどこで買おうか。そうだ、昔マウンテンバイクを買ってもらったお店に行こう。しかし、どうやっていくのかわからない。僕は免許を持っていないし、車も持っていない。それじゃあ免許も必要だな。免許はどうやったら取れるんだろうか。かなり高い金額だったと思うけど、大丈夫かな。これは先延ばしでいいかな。
そうやって紙に書き出していくことで、僕の頭の思考する領域は、余計なことを考えなくても良い状態になっていた。
講義中に書き出した余計なことは、今度こそ確かに僕に高揚感を与えてくれた。
・どこか遠くに行く
・自転車を買う
・免許を取る(将来的に)
・準備をする
・行先を決める
・サヤに連絡する
・インスタントカメラを買う
・アルバイトのシフトを組む
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