第7話 そうだ、家に帰ろう。
四月になっていた。入学、卒業の時期は桜の季節というが、満開の桜に出会ったことがあまりない気がする。こんなにも短い花の寿命を僕らは祝うのだから不思議なものだ。至る所に植樹された桜の木たちを見ながら、犬が当たる棒は確実に桜の棒だろうなと思う。
入学式を迎えていた。とりあえずのつもりで参加をしたのだが、もちろん見知った顔などひとつもない。中学や高校と違い、家族と一緒にきている人も多くはないようで、友達同士できている人が多かったように思う。勝手が全然わからなかったから何となく人の列に並んでみた。僕は少しだけ安心していた。
流石にスーツで参加するのが無難だろうと思って、スーツを着用していたが私服っぽい人もいた。しかし、それにしてもみんな同じような髪型と、同じような少し気まずそうな顔を並べている。多分、僕もそうだっただろう。
一際大きな講堂にて入学式は執り行われた。僕はしっかりと話を聞き漏らさないように耳をそばだてていたのだが、いつの間にか式は終わっていた。仕出かしたということに気がついたものの、人の流れに乗ろうと周りを見渡していた。
先ほどまで舟を漕ぎ、次は人の流れに乗る。少しだけ面白いなと思って頬が緩んでしまった。
ふと顔を上げたときに目があった。怪訝そうな顔をした知らない人だった。僕はそれが嬉しかったのか更に頬を緩ませてしまった。どう思われたのかはわからないが、あまり良くない方に思われたのではないかと不安になる。
しかし、大きな反応もなくその人は友人と連れ立って行った。僕は何も言わなかった。
例えば、僕がこの状況に身を置いて、少し高揚感を感じているとして。
とはいえ、それがどういった種類なのかを説明するのは骨が折れる。それは恐らくだが、僕の中にある少し歪な罪悪感のようなものだろう。できることならシンプルに言いたいものだ。これで僕は違うことができるんだという気持ちがある意味で自由だった。
入学式の後には学部ごとに分かれてのオリエンテーションがあった。これから履修する方法や、卒業に必要な単位数、必修科目などについての説明だった。非常に重要な内容なのだが、僕はこのオリエンテーションやガイダンスについてあまりにも真剣に取り組むことを放棄していた。
そういえば、昨日は緊張していたからなのか、アルバイトで夜勤を始めたからなのか、あまり寝付けなかった。有り体にいえば寝不足なのだ。
何だか頭が留守になりがちだし、重要な話は右から左に抜けていってしまう。自分で時間割を決めるなんて僕には出来なかったし、僕はここで何をしたら良いのかわからなくなっていた。終わったら家に帰ろう。そう思った僕は、何も言わずにいた。
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