第2話 エースはエース

 大学で再会した相手校のエースは、今でもエースだった。バイト先の。

 再会した時、彼は先輩という立場だった.

 おおよそ一ヶ月くらい。

 僕は高校を卒業する少し前から、鬱々とした時間を持て余しがちだったこともあり、居酒屋のキッチンでアルバイトを始めることにした。ただ、それよりも先に彼はホールで働いていたみたいだった。詳しくはわからない。なにせ彼がエースと分かったのもつい最近だ。

 アルバイトにも慣れていきた六月のこと、いつものようにそそくさとアルバイト先から帰宅しようとしていたところ、ホールの副店長が声を掛けてきた。「よければ少しみんなで話さないか?」とのことらしい。別に興味はなかったのだが、如何せん時間を持て余していた。

 金曜日と土曜日は朝まで営業するスタイルの居酒屋であったため、金曜日のシフトは朝までなのだ。つまりは土曜日の朝なのだが、始発までにはまだ時間があった。いつもはその数十分を缶コーヒーとタバコで誤魔化していたのだが、せっかくなので一緒に過ごさせてもらうことにした。

 エースは自分がここで働くことになった時には、よく声も通るし、お客様からの覚えもよかったこともあり、勝手ながらベテランなのだと思っていたが、実はそんなこともなかったみたいだ。

 その時の副店長の話曰く、「始めてすぐに溶け込んでいたし、そろそろドリンカーを任せたいくらいだが、これからのシフトはどうするつもりだ」的なエースは嬉しそうな顔で感謝と意気込みを語っていた。


 その時のことは割と鮮明に覚えている。ドリンカーはキッチンに隣接しており、ホールとキッチンの境目みたいな立ち位置だった。キッチンから品切れの案内やデザートの提供も複合的に行うところで、簡単な話がホールのエース的立ち位置だった。僕はその時、まだエースがドリンカーを任されてはいないことを意外だと思った。自分がアルバイトに慣れて周りが見える余裕ができてきたくらいには、すでにエースは中心人物といった具合だったからだ。

 エースは確かこう言っていた「中学でピッチャーと主将を務めていたことがあるが、高校は怪我で断念した。気晴らしのつもりでアルバイトを始めたが、こんなにもやる気になれたことが久しぶりだ」とかなんとか。

 なんだか眩しかった。エースはそういうチカラがあるんだろうと思う。人を惹きつけるというか、エースという立場になるチカラ。漠然とそんなことを考えていたが、そこにいた女性が感嘆の声を上げながら出身校などを聞いていた。そこで気がついた。あ、あのエースだってこと。


 結局その日、僕は相槌を打つだけでロクに会話に入れなかった。人としての完成度が違うといえば良いのかわからないが、僕的にはそんな気持ちにさせられた日だった。なんで誘われたのかわからないし、ここにいる意味があるのかなと、そんな事を考えざるを得ない状況だった。始発は既に動き出していた。誰かが「そろそろ………」と言った。僕も立ち上がった。まだ少し外は暗い。こういう時間が僕は好きだった。無性に缶コーヒーが飲みたかった。だからエースに「僕、一服してから帰るよ」と伝え、一足先に離れようとした。そしたらエースもついてきた。僕は何も言わなかった。


 「タバコ吸うの?」とエースに聞いた。

 エースはなにか言いにくそうに「いえそう言うわけでは…」とかなんとか。

 僕は何も言わなかった。

 エースは少し気まずそうに「ファーストフードの店に誘われたんですけど、自分そういうのあんまり得意じゃなくて」と言った。僕は「なんで敬語なの?」と言った。


 エースはその時、僕のことを年上だと思っていたらしい。ついでに同じ大学の同じ学年だと思うよと、伝えたらエースはとても驚いていた。なんで言ってくれなかったんですか?と聞かれたので、「また敬語」と答えた。

 そういえば恐らくだけど、中学の時に野球で戦ったことがあるよと伝えた。残念なことに「ごめん。わからないかも」とエースは言った。


 わかる。僕らにとっては最後の相手だったけど、エースにとっては通過点だ。

 タバコを吸い終わるまでの数分間、僕たちは少しだけ話をした。僕は思った。そう言えばエースにこてんぱんに負かされたのも六月だったなと。


 「なぁ、エース」

 「これからどうしたらいいなんだろうな」と僕は言った。


 エースと呼ぶなと彼は言った。彼はなんで、とかそういうのは言わなかった。

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