出掛けたい人が自転車で出掛ける話(仮)

細見歩く

第1話 走りだしましょう

 確か走り出したかったような気がする。

 きっとどこまでも行けるような気がしていたし、どこまででも行けないといけなったのではないかと思っている。


 だからと言ってどこまででも行けるわけではないし、どこまででもという目的地でもなかった。去年の暮れだったか、今年の春だったのかは曖昧だけど、綿密に計画を立てた気がしていた。準備が八割、本番二割だって部活の顧問は言っていたし、そうすることで随分と現実味を帯びてくるものだ。


 さあ、走り出すぞ、と。


 いざ、こうして走り出そうとすると事前に立てた緻密な計画が、いかに杜撰なものだったのかがわかるようになる。それはそうだ。未来なんて誰にもわからない。じゃあ、部活の顧問は何に向けて準備していたのだ。そんなものはわからないはずだと、言い返すことができなかった。その時は思っていた。ここまで準備していたものを全て出すのだと。


 中学の引退試合で珍しく僕らは気持ちを高めていた。三年になった時、誰が言い出したわけでもないが“三年間の集大成を発揮しようぜ“と、そんな雰囲気になったのだ。軟式野球だし、強いチームでもないけど、ひとつでも多くの勝ちを掴めば、みんなと一緒に楽しめるから。そんな強い思いが僕らをひとつにしていた気がする。

 ちょっと考えれば実際は二年間だし、集大成は発揮するものじゃないんだけど。


 そんなに真面目に部活に打ち込んできたわけでもないから、正直に言ってしまえば、細かいルールもわからないレベル。スコア表なんかは全然読めない。サインだって覚えているけど、実際に繋げてサインを出されたら混乱してしまう自信しかない。僕は試合にあまり出たことがないから。


 でも、本気になった僕らはすごかった。どれくらいすごかったって?

 結果を言ってしまえば、六月で引退した。簡単な話だ。

 二ヶ月で勝てるほど甘くなかったってこと。


 顧問が教えてくれた準備はほとほと役に立たなかったし、相手の投げる球は速すぎて、僕はビビって目を閉じていた気がする。僕はタッちゃんが投げる球しか見たことなかったし、パワプロだったらこんな恐怖を感じることなんてない。

 チームで最速のタッちゃんの球は、びっくりするくらい綺麗に打ち返されちゃったし、顧問が出した盗塁のサインは、ランナーには届かなかった。そんな余裕はなかった。次に出されたバントのサインは驚くことにすぐに前進守備に打ち砕かれた。相手のエース曰く、去年と一昨年と同じサインだったらしい。そんなバカな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る