快適なる空間

「ばっ」と楓は掛け布団をはがした。

目を開けて四方を見渡す。

マンガなんかでよくある「夢オチ」というやつがある。

最悪の瞬間が長く続いて理不尽を散々感じてハッと気が付いたら「夢でした」

ってやつだ。

しかし楓の瞳に映ったのは昨日見た風景だった。

「はー、やっぱマンガや小説の情報なんてあてにならないわね」

ついつぶやいてしまう。

「ここ」に来る時振られた友人雪は「マンガと恋愛はべつものなのよ。」と楓に今回の失恋の原因を語っていた。


腕につけた腕時計型スマホが鳴り出す。

昨日ホテルに向かう前に山田から渡されたものだ。この世界では携帯電話というものがないらしい。漁師や山田が使っていたように眼鏡に映像が映ってメールやネットができる。楓にもと山田が渡してくれたが「私眼鏡がにあわないの」といって「旧式の」腕時計型をもらうことになったのだ。

指でタッチすると山田の声が聞こえた。

「あの起きてますか?」

「起きてるわよ」

「僕も人間に電話するってひさしぶりです」

「人間って・・・・」朝から気分が重くなる

「とりあえずホテルの前にあるタクシーにこの旧型のウェアラブルをかざしてください。そうすれば会社につきますんで。」

「わかったわよ。ただしモーニングを楽しんでからいくわ。食べることと寝ることしか楽しみがないの今の私には」

「わかりました。」

そういって山田は電話を切った。


「ところで今日は何月何日なのかしら?多分夏だとは思うんだけど」

楓は腕時計を押して「今日は何日?」ときく。


「今日は令和27年8月5日です」

なめらかな女性の声が教えてくれた。

「八月?」

確かに港にいたときは真夏の暑さだった。

この「ドーム」に入った時から汗が引いていったのを思い出した。

このドームとやらのおかげでこの空間は過ごしやすいのだ。

そういえばホテルにエアコンらしいものはついていない。



モーニングをゆっくりそしてたくさん食べた後会社にむかった。


会社についてから山田にそのことを話してみる。


「いよいよこの世界で生きていく決心がつきましたか」と山田は興奮して答えた。

「そんなんじゃないの。夏が楽しめないの。夏祭りとか海水浴とか花火大会とかできないじゃない?」


「そういうのはドームの外でやるんですよ。」

「そもそもドームってなによ?なにでこの空間が仕切られてるの?」


「うーん。」山田は考え込んでしまった。

その間楓はコーヒーを飲んだ。

「ガラスですね。わかりやすく言うと」

「ガラス?割れないの?」

「割れません。強化ガラス壁だと思ってください、そう。水族館で見るガラスみたいなやつです」」

「へぇ~」話題をふったのに興味が少ない

「このガラスがなかなかできるやつで。夏は強い紫外線や太陽光をさえぎり限りなく涼しく冬は逆に太陽光を通して暖かい。おかげで我々は一年中快適な気温で生活できるんです。素晴らしいでしょ?」

 

「でも港から見たときは二つあったわよ」

コーヒーを飲み終えソファーに座るとこうつぶやいた

「そ、そういわれると悔しいのですが現状ドームは直径20キロしか作ることができません。もう一つ見えたのは隣町のドームです。」

「へー。じゃあその間はどう移動するの?」

「電車ですね」

「そこは変わらないのね。」

「100年進んだのならともかく20年なら変わらないこともあります」


「ってことはよ。このドームの中にずっといれば紫外線を防いでくれてお肌がずっといい状態なのね」

「はぁ?」山田は拍子抜けしている。

「余計なお金を使って高い化粧品をつかわなくていいなんてサイコー」

楓はこの世界にやってきて初めて文明の利器のありがたみを感じるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る