第9話 動け

 部活終了の鐘が鳴った。

 片付けをし、部活を終え、音楽室を出た。


 僕は、今出せる最大限の力を振り絞って糸に抵抗し、歩き出す。


 足が重い。そこかしこが痛い。

 腕だって振れそうもない。


(ギリ……ギギギギギ)


「うご……け、うごけよ……」


 学生鞄をぶら下げ、よろよろと、誰もいない廊下に自分の足をおろす行為を続けてゆく。


 痛みで頭がぼうっとする。

 幼い頃から言い続けられてきた言葉や、糸に操られていたときの自分が自分で無いような感覚。結衣を初めて見た時の衝撃。様々な情景が、古い映画のワンシーンのようによみがえってきて、これが、いわゆる走馬灯ってやつなのかな、なんて思った。


 部活が始まる前、翔は言った。


「待ってもらった。終わったら、2年1組に行ってこい」


 と。

 その言葉を、信じないわけではない。


 しかし、一刻も、早く進まねば。

 そうでないと、糸に操られた結衣が、帰ってしまうような、そのままどこかに消えてしまうような気がしたから。


「……やっと……着いた、な」


 教室の扉を開けて、1歩踏み出す。

 窓の空いた教室は、ほのかに夏の香りがした。


 教室の中心、そこに結衣がいる。


 糸に吊られ、懐かしそうなものを見るような目でこちらを見てきた。


「……空が……綺麗だったら良かったのにね」


 結衣は曇天を窓に映す教室で、悲しそうに笑った。

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