祭りと旅人


なりは小さくても中身は大人なわたしは、子どもの体では難しいことをのぞけばだいたいのことは一通りできる。


住んでいる場所はまだ孤児院なので、院内の仕事諸々。週に何回かはすぐ隣に建つ神殿に通ってこちらの仕事もしている。たいていは、掃除、洗濯、調理、裁縫、簡単な書類仕事に畑の管理とか。


明日は街をあげてのお祭りで、孤児院ではクッキーなど簡単な菓子類の販売を、神殿では一年の平穏豊穣を祈る儀式の他貧困者への炊き出しも行う。もう十五年もその手伝いを繰り返しているわたしは慣れたもので、両方の建物を行ったり来たりしながら忙しなく準備を進めていた。


「リュア、ちょっと手伝っておくれ」

「リュア、次はどうするの?」


ねえリュア、リュア、リュア――方々で名前を呼ばれあっちへこっちへ。神殿のキッチンで長年腕を奮う近所のおばあちゃんは、最近すっかり腰が曲がってしまった。去年はわたしより小さなかった孤児の女の子は、もうわたしより大きくなっていた。


大きな催し事の少ないこの小さな街では、お祭りは節目のようなもので、この日がくるたびに、ああまた一年経ったんだな、みんな年を取ったんだな、とついつい普段気にしないようにしていることばかりに目がいって、胸の奥がざわついてくる。だからわたしは、そのざわつきを見ないふりするためにも、よりいっそうくるくると動くのだ。


そうして走り回っていたら、数度目の孤児院と神殿の往復の際、リュア、とまた声をかけられる。その柔らかな名前の呼ばれ方を、その涼やかな声を、わたしが聞き間違えることは絶対ない。あふれる喜びのまま、ぱっとそちらを振り返った。


「……サリューア様!」


――捨てられていたわたしを助けてくれた恩人であり、自らの名の一部を与えてくれた名付け親であり、この神殿の若き神殿長でもある彼が、いつも通りに穏やかな笑みを浮かべてわたしを見ている。


「今日もよく働いていますね」

「い、いえ、そんなわたしなんか全然、こんなちんちくりんだから、たいした役に立てなくて……」

「そんな言い方をするものではありません。祭りの前日は何かと忙しいですから、貴女がいて皆助かっていますよ」


働き者の可愛い愛し子――とサリューア様は慈しみ深くわたしの頭を撫でてくれる。その優しく温かな手の感触は、十五年が過ぎても全く変わらない。とても、とても安心する。でも、体はどうであれもう中身は立派な大人だ。いつまでも子どものようにされるのは気恥ずかしくもある。


「ありがとうございます、サリューア様……」


熱くなる頬を隠そうと俯きながらそう言えば、しゃらりと身に着けた装飾が擦れ合う音とともにサリューア様は私の前に膝を付き、


「……本当に可愛い。私の愛し子」


とろけるような笑顔とともに、わたしのふっくらとした両頬をそっと両の手で包んだ。


「わたし、もう、子どもじゃないです……」

「ふふ……いつまででも、貴女は私の愛し子ですよ。リュア」


親が子にするようなその行為を、わたしはちょっとむっとしながら甘受する。私の外見が年相応ならば、慎み深く敬虔な神の信徒であるサリューア様がこんな触れ方をすることは、きっとない。


――いつまでも子ども扱いされることへの、さみしさと、喜び。今日もわたしの胸の中では、複雑な思いがぐるぐる回る。


「リュア。私の愛し子。今年の祭りも貴女とともにいられることを、私は何よりも喜ばしく思っていますよ」


ずっとずっと、こうして変わりない日々が続いていくことを、今年も神に願いますから――そうサリューア様は誓うように囁く。


「……わたしも。わたしも、こんな日々が続くようにって、明日は神様にお願いします」


同じ気持ちで囁けば、サリューア様は花綻ぶように微笑み、わたしの額にそっとキスをしてからまた明日と去っていった。わずかに体温と感触の残る額にそっと触れながら、ふにゃっと自分の顔が緩んでいくのがよくわかる。恩人で親代わりだってことも勿論だけれど、そうでなくてもわたしはサリューア様のことが好きで好きでしょうがない。これは、恋、なのかもしれない。……叶うことはない恋だけれど。







夕方近い時分、数人の神官たちと一緒に明日の儀式のための最後のチェックと掃除をしていた。こんな地方の神殿のわりにここは立派な建物でまだまだ新しい。何でもサリューア様がこの街の神殿長になるということでわざわざ新しく建て直したのだとか。元々はやんごとなき血筋の御方で訳あって神職に下ったと言われているけど、真偽のほどは定かじゃない。


と、旅装の青年がふらりと神殿内に入ってくる。門が開いている間ならば誰でも出入り自由なのでそれは別にいいのだが、一体どこからやってきたのか、ここらでは珍しい見事な赤髪が目を引いた。


「こんばんは、旅のお方。参拝かしら?」


一緒に掃除をしていた神官のおばさんが優しく話しかける。彼はええと頷き、


「明日の祭りを見学したくてきたんですが、折角この街に来たのだからついでに参拝でもしてきたらどうかと宿の主人にすすめられまして。確かに、聞いていた通り、とても美しい神殿ですね」


にこりと笑う。そのままおばさんと話が弾む様子をちらちらと横目でうかがってしまった。物珍しくて。するとその視線を感じたのか青年がふとこちらを向き、微笑み……かけた表情でちょっと固まった。


「……?」


何だろう、と首を傾げれば彼はそれを見て仕切り直すように微笑み、それからすっと目を逸らした。何かおかしいところでもあったかなと自分の顔や体をそれとなく見回せば、


「……あ。ジャム垂れてた」


胸のところに点々と赤い汁がついている。さっきクッキーを作った時にジャムが飛んだようだ。


食べこぼしたみたいで恥ずかしいのでそそくさと青年に背を向け、ちょっと離れたところに移動して掃除を再開する。あとでふいておこう。


「……小さい子もいるんですね。神官の見習いですか?」

「ああ、あの子は違いますよ。この神殿は隣に孤児院を併設しておりまして、そちらで世話している子ですわ」

「ああ、そうなんですか。可愛い子ですね」

「……旅のお方」

「え……あ、いや、邪まな気持ちはありませんよ?! 本当に、ただ可愛いなと!」

「あの子は当神殿の神殿長たるサリューア様の愛し子です。神に沿いし方が愛される子ですもの、可愛らしいのは当然ですわ!」

「……あ。そうですか」


離れた場所からこっそり聞き耳を立てていれば、明らかにわたしのことらしき話題でおばさんにそんなことを言われていて、背中がむずむずした。何も旅のひとにまでこんな言い方しなくてもいいのに! 神官たちはよくわたしのことをこういう表現で可愛がってくれるけど、これって絶対サリューア様のせいだと思う。恥ずかしい……。


これ以上聞いていられなくて、わたしはそばにいたお姉さん神官に孤児院の夕食の手伝いに行くと理由をつけてそそくさと神殿を抜け出した。恥ずかしさに火照る頬を穏やかな風で冷ましながら……。

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