旧コンピュータ室の寂しがり

旧コンピュータ室の寂しがり・壱

 なーな、知ってる?

 何がって噂だよ、う・わ・さ。お前のだいすきなホラー。泣いて喜べ。エはよ話せって? んもーせっかちさん♡


 うわ、いた、叩くなっつの! 部活の件で逃げ疲れてるとか知らねー、ははは。


 で本題なんだけどさ、出るんだって。幽霊だよ。旧コンピュータ室には自殺した生徒の幽霊が出るんだって。


 誰もいないはずなのに部屋に薄明かりがついてたり、物音が聞こえたり、いつの間にか窓が開いてたりすんだってさ。旧コンピュータ室で首吊り自殺した生徒が寂しいからって道連れ探してるらしいぜ? なんかこの高校で実際に事件もあったっぽくてさあ――。


 てかさ聞いてる? はいはいって、ぜってー聞いてないじゃん。幼馴染のはなしは真剣に聞いてしかるべきじゃないのぉ? 機嫌悪いからって右から左に流してんじゃねーっつの。


 あとで後悔しても知らねーぜ?



 ※※※



 上の空、という言葉の意味をお手持ちの辞書またはスマホで調べたことがあるだろうか。

 ちなみにネットで調べたら『他のことに心を奪われ、物事が手につかない』うんぬん『心が浮つき落ち着きがない』うんぬん書かれていると思う。


 まさに、その通りである。シャーペンの頭を執念にノックしながら、私は目の前に鎮座する課題のことでなく全く別のことに心を囚われていた。


 ―――カチカチ


『あんな、あんな顔で笑うから、アナタが心の欠片をボクなんかにも配るから!!』


 ―――カチカチカチカチ


『ボクは、アナタを見てると訳もなく自分の存在が許されたような気分になる。自分にも価値があるのだと、生きていていいのだと思えてくるんです』


 ―――カチカチカチカチカチカチ


『好きです』


 ―――ゴンッ


「なぁにこれ」

「最近ずっとこうね」

「雀部、何か悪いものでも食べたのか?」

「だから拾い食いすんなって――あだッ」


 成瀬に消しゴムを投げつけて睨見つける。消しゴムは額にクリーンヒットして机の上に着地する。お見事。


「ナイスショットだわ」

「コントロールいいよな雀部は」

「俺のこと蔑ろにし過ぎぃ。もっとアタシを大切にしてよ!!」


 右手に再び消しゴムを構え、強制的に成瀬を黙らせた。だから品を作るな、気色悪い。


「……はあ」


 机に突っ伏して空を見上げる。この頃ずっと物事が手付かずで停滞している。それもこれもぜんぶメル先輩のせいだ。


 あのあと、壮絶な眠気に意識を失っていた私は部室で一人で目が覚めた。落日はとうに月へすり替わっており、外は真っ暗になっていた。放置されたのだ。あの場所に。


 そこからは部室に行っても会えず仕舞い。学校内でもとんと見かけなくなり、先輩は完全に隠れてしまった。

 二年生の教室に行こうにも勇気が出ないし、そもそも私はあの先輩のクラスを知らない。

 ここで思い知ったのだ。私はあの先輩の事について、ほとんど何も知らないということを。


(あんな……あんなこと言っといて、私の気持ちを聞かずに言い逃げするなんて狡い)


 まったくもって狡い人だ。きっと自分がされたら怒って拗ねるだろうに。

 しかもだ。あの野郎、女の子を床に寝かして放置しやがった。ひとこと文句をつけないと気が済まないというもんだ。


 ―――決して、会えなくて寂しいなんて思ってない。ないったらない。


「……よしッ!!」

「うわうるさ」

「今日は課題終わるじゃね!」

「いや課題全然やってないじゃん」

「いきなり元気になったわ」

「夏休み前だから気がそぞろなんだろ」

「小学生みたいね」

「ちょっと、聞こえてるからね!!」


 一路くんと雅さんも慣れてきたからか遠慮が無くなってきている。出会ってからの月日を感じて、私は思わず笑ってしまった。



 さて、私が向かうのは部室である。行けばだいたい、というかいつも先輩が先に部室にいたので鍵を取りに行くことは無かった。

 今日も恐らく先輩は来ていないだろうし、鍵を拝借してから移動する。


「失礼しまーす」


 職員室はがらんとしており、先生が一人もいない。そういえば、と職員会議のことを思い出した。

 会議は図書室で開かれるのが常だが、職員室に一人も教員を置かないのは如何いかがなものか。


「マいいや。鍵、鍵っと」


 旧コンピュータ室の鍵はいつ見ても一つしかない。ほかは全てスペアがあるのに。まさかメル先輩、ずっと借りパクしてるのではあるまいな。

 この高校の教員は部活やらなんやらには厳しいくせに、生徒への対応は生温いところがある。あの捻くれものの先輩が鍵を借りパクしてても、卒業時に返して貰えればいいと思ってそうだ。


「誰もいないし、持ってっちゃお」


 ひとこと『お借りいたします』と残し、いざ旧コンピュータ室へと走り出した。先生がいないから廊下も走り放題なのである。


「……先輩はー、いませんよねぇ」


 鍵の掛かっていた部室には案の定、誰もいなかった。その事に落胆して首を振る。

 先輩がいない事なんて承知の上だし、落胆だなんて私がめちゃくちゃあの人に会いたいみたいじゃない。

 私は告白された側!! 私が先輩を好きなんじゃない、先輩が私を好きなのだ。


 浮ついた思考を明々後日ぐらいに投げて、私は部室を漁りだす。


「えーと……あった、先輩がいつも見てたノート」


 部室のドアを開けるといつも定位置で眺めていたノートを、映画の山の中から発掘する。いったい何のノートかと思ったら、どうやら映画研究倶楽部の日誌らしい。

 埃っぽいそれは近くで見るとなかなか分厚く、紙がうす黄色みを帯びており古めかしい印象を受ける。

 

 少し神経質そうな文字で書かれた『日誌』の文字を撫で、中を開く。



 ――――――――――――――――――


 ※月※日


顧問のアナタが五月蝿いので日誌を書くことにしました。といっても、映画研究倶楽部の活動日誌の内容なんてたかが知れてますが。


ホラー映画を見ました。


書くことなんてこの一行で事足ります。


海尋へ、

先生に対してその態度はどうかと思う。

あともう少し何か書いてくれないか?



 ※月※日


アメリカのホラー映画を見ました。


もう少し何か書け、との事でしたので、何処のホラー映画か記載しました。満足ですか?


海尋へ、

違う、そうじゃない。

あとホラー以外の映画も見ないか?



(数頁飛ばす)



 ※月※日


日本のオカルト映画を見ました。


今まで様々なホラー映画を先生にもプレゼンしてきましたが、どうやらホラーは苦手なようでしたのでオカルトにしてみました。如何でしたでしょう。


あと、アナタはボクと交換日記がしたいんですか?毎日毎日何の為にもならない文章ばかり。も少しマシな教師のコメントは書けないんでしょうか。これだから新任教師は。


海尋へ、

呼び出すので職員室に来なさい。

来なくても二年C組まで迎えに行く。

あと俺はここへ来て一年は経っている。

新任は卒業しました。


 ――――――――――――――――――


 これはメル先輩と顧問の先生のやりとりなんだろうが……。


「何というか、先輩、ブレないな」


 日誌の中の先輩の教師に対する態度が私に向けるものとほぼ一緒だ。大人に対してこんなにも生意気な態度をとれるとは、メル先輩恐るべし。とんだ問題児だ。


「でも、そっか。先輩って二年C組なのね」


 職員会議で部活が休みな今、教室に残って勉強している人くらいはいるだろう。そこにメル先輩がいたら万々歳。

 知らない上級生に話しかけるのは怖いけど、勇気をだして聞いてみよう。


「にねん、しーぐみ……ここかぁ」


 完全に未知の領域ゆえ体が縮こまる。


「やっぱ引き返そうかな」


 私は自覚するほどの小心者であり、ノミの心臓の持ち主であるので、もうさっそく帰りたい。

 教室内からはきゃはきゃはと笑い声が響いていて、中を覗くとスカートの短いお姉さんが机の上で胡座をかいていた。はわ、怖い。


「んあ、あれあれ、もしかして一年の?」

「ヒョォワーーーー」


 背後からこれまたスカートの短い水色の頭のお姉さんに声をかけられた。しまった、逃げ場がない。門前のギャル、後門にもギャルである。


「あ、あのあの、私のことご存知で?」

「ナイ壁ちゃんでしょ? 有名だよきみ」

「マ? ナイ壁ちゃん来てんのー!?」

「きゃーサインしてー」

「ムギーーーーーーッ!!」


 頬を膨らまして怒ってますアピールをしたとこで、ギャル軍団にはかわゆい子供の癇癪にしか見えてないらしい。実際『かんわゆーー』などといって撫でくりまわされていた。


「きょうわ何しにきたのー?」

「うちらに会いにきちゃった?」

「い、いえ……先輩に用があって」

「ナニ、告白?」

「違います」


 なんでこうどいつもこいつも告白にしたがるんだろうか。噂大好きな奴が多いことと言い、そういう校風なの? 


「あ、のですね……メル先輩……海尋メル先輩に用があるんですけど、いまいらっしゃいますか?」


 私が問いかけると、ギャル軍団は互いに顔を見合わせた。数秒後に「いや、いないけど」と教えられる。


「それってもう帰ったって事ですか? それとも今いないだけですぐ戻ってきますか?」


 できればまだ校舎にいて欲しい。後日また二年生の階この空間に来るのはなかなかキツイものがあるのだ。まあ、キツイからといって諦めるかと言われたら違うが―――


「いない、いないよ」

「へ、学校にですか?」

「いや、だからいない。そんな名前のやつ」

「……エ」

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