二つで一つの存在証明・終
昼休みの教室はがやがやと、色々な音が混ざり合う。パンの袋を開ける音、箸と弁当箱があたる音など、実に様々で賑やかしい限りだ。
「クリームパン買ってきました!!」
「はは、うん、ごくろーサマ」
「目ぇ、死んでるけど大丈夫か?」
クラス中から注目されて、いつも以上に噂されている私が大丈夫なわけ無いだろ。成瀬には大丈夫に見えてるのか、ああん?
「おい一路、いつものやつ」
「は、えっと、今日もいい絶壁だな!!」
「よーけーいーなーお世話だ!!」
やはり、人生はクソだ。最低最悪だ。
一年B組の剣道部所属、一路素直は天然で空気が読めず、また極度の貧乳好きである。
最近一年生の間で広まった話題だ。
これを聞いて男子はこぞって一路くんを
一路くんを困らせていた霊的現象がパッタリと止んだのは、この話題が広まって三日後くらいの事だった。
さて、私が憐れな同級生を二人ほど救うのに用いた方法を、皆様は気にしていることだろう。エしてない? あはは、だよね!
マ、誰も聞いてなくても勝手に喋るけど。
放課後、部室で悩みに悩んで見つけた最適解は、一路くんのイメージをぶっ壊して女の子を幻滅させるというもの。そう正に、百年の恋も一気に冷める最低最悪のイメージを植え付け、相手が勝手に嫌ってくれるのを待つ作戦だった。
これを思いついたとき、一路くんにメールで「どんな噂がたっても心を強く保つ覚悟はあるか」と意思確認をして、早々にキャラメイクを行った。
必ずうまくいくとは思っていなかったが、失敗したらそれはそれで作った設定以上に酷いキャラクターを作ればいい。
幸いこちらの陣営には人類悪とネタ好き
して、できたのが、前述のあれである。
「いやぁ、あんときゃビビったわ。朝いきなり家に一路連れてきたかと思ったら『キャラチェンに協力しろー』とか言うんだもん」
ネタ好き屑人間もとい、成瀬は椅子を二本座りでガタガタいわせながら笑った。
あのときはテンションがぶち壊れていたのだ。二人でグラサンつけて水鉄砲持って成瀬の家に突撃なんて、普段は絶対にしない。誓ってしない。
「でも、こうして結果が出たんだ。雀部には本当に感謝している」
「ちょっとー俺は?」
「……」
「え、無視した?」
そりゃあ無視もされるだろう。
だって、成瀬の考えたキャラの内容が『女は貧乳しか愛せない。胸しか眼中に無いクソ男』なんだもの。こればっかりは霊的被害が止んでも素直に助かってよかったねとは言えなかった。
お昼も早々に食べ終わったし、まだ相当休み時間がある。私はさっさと弁当を片付けて席を立った。
「あれ、また先輩んとこ〜?」
「そ」
「おお!! 先輩のとこに行くなら今回のこと、是非お礼を言っておいてくれ!!」
「はいよー」
二人に手を振って、教室を後にする。廊下には談笑する生徒がたくさんいて、今日も平和な日常を体現しているようだった。
「失礼しますよー」
「……ボクに対する遠慮が無くなってきてませんか、アナタ」
「はは、気のせい気のせい」
ノックも無しに突然部屋に入れば、またいつものノートを広げて読んでいるメル先輩がいた。この人、いつも部室にいるな。
「一路くんが『ありがとうございました』ですって。よかったですね」
「ふん、ボクは特に何もしてませんが」
そっぽ向いて心底嫌そうに言い捨てられてしまった。感謝されて何が不満なんだか。
(てっきりここの生徒が心底嫌いなのかと思っていたけど、これはただ単にメル先輩の性格が捻くれてるだけだな)
閉じたカーテンを開けて窓をスライドさせると、風とともに校庭でドッジやらバドミントンやらを楽しむ生徒の声が聞こえてきて、一層顔を顰めるのがなんだか笑えた。
「メル先輩って、もしかしてペシミスト?」
「それはつづらさんの方でしょう」
「私は思考がネガティブなだけですぅー」
「ペシミストもネガティブも大体一緒でしょうよ。何を言ってるんだか」
「一緒じゃないもん。じゃ先輩はニヒリストの方で決まりです」
「勝手に決めるな」
「あはは」
もうすぐ梅雨がくるというのに、そんな気配を感じさせないほどの晴天だ。開いた窓の外に腕を投げ出して、ぼーっと空を眺める。
「女子達が前に、運動部ってだけで格好いいのに、爽やか誠実で素敵とか言ってたんですよ」
「はい」
「でもね、今日聞いたら貧乳好きとかサイテー。どこ見てんのよイメージ違ったわって」
「ふ」
「しかも、成瀬が目に見えた方が信憑性増すからって私をダシにしたもんだから、そのせいでついたあだ名が"ナイス絶壁"」
「な、ない、ひあははははは!!」
とうとう腹を抱えて笑いだした先輩につられ、なんだか私も笑えてきた。
成瀬は一路くんの置かれた状況を説明したら乗り気で協力してきた。のだが、奴は乗り気すぎて一路くんが私を校舎裏に呼び出した事案と私の絶壁を利用し、『一路は理想の絶壁を持つ雀部に
貧乳好きの信憑性を増すため、毎日みんなの前で一路くんに「いい絶壁」と言わせ、ついでに「貧乳はステータスだ」とか、気にしてる人には全く響かないフォローで天然KYさをアピールしていく。
そのかいあって、まんまと周りは騙された。一路くんは本当に貧乳が好きで、胸しか見てないやべぇ人間なのだと思わせる事ができたのだ。そこから彼は、モヤを一度も見ていないという。
顔も見たことない女子はまさに、百年の恋も冷めてしまうほど一路くんに愛想尽かしたらしい。告白する前に玉砕。イメージダウン大成功。モヤも出なくなって万々歳!
しかし、ここで一つ
一路くんが貧乳好きで有名になるにつれ、私が絶壁な事まで有名になっていったのだ。おかげで私のあだ名は『Nice』と『無い』をかけて『ナイス絶壁』になった。なってしまった。
知らない人に「よ、ナイス絶壁」と声をかけられ、毎回うるせー殺してやろうかしらんと殺人衝動に目覚めては深呼吸する毎日。もう、笑うしかねぇ。
「ふふ、その話を聞く限りだと、幼馴染さんの功績が大きいのでは? ふははっ」
「いーつまで笑ってんですか」
よほど面白かったらしい。メル先輩は隣に来て転落防止用の手すりを掴み、上機嫌で下を見下ろしていた。
私ははぁ、とひとつため息をつく。
「ね、先輩。幽霊が視えるって言って、信じてくれる人って、なかなかいないんですよ」
なんにも事情を知らない人に、自分は幽霊が視えるーなんて言えば、イタイ子と思われるか精神科を勧められるかするだろう。
「私には成瀬とメル先輩がいたけど、一路くんには霊について相談できる相手は一人もいなかった」
意味不明な現象が自分を襲い、対処法もわからずに逃げる日々。相談なんかできやしない。きっとものすごく不安で心細かっただろう。
「相談にのってくれただけでも、話を聞いてくれただけでも、救われるんですよ」
隣で先輩がこちらに顔を向けるのがわかった。
「言っても嘘だ狂言だって、誰も話を聞いてくれなくて。たまに足すら止めずに素通りする人だっている。そんな中、話を聞いて、助言までくれた。これは感謝して当然のこと。むしろ感謝するだけじゃ足りないくらいのことなんです。だから、私からも言わせてください」
私も先輩の方に体を向けた。目をしっかりと合わせて、感情を込めて言う。
「ありがとうございます」
「―――ッ」
先輩の下におりていた頭の位置が少しだけ上に上がる。目は見開かれ、光が反射して水面みたくキラキラと揺らめいていた。
「そ、れは、なにに対する礼なんだ」
「一路くんの件と、笹本さんの件と、あと私に居場所を提供してくれてる件」
「そんなの、」
「そんなの……?」
言いかけた言葉はそのまま外に出ることはなく、呑み込まれて消えていった。
一瞬だけ切なそうな顔をしたけど、それも大きなため息ですぐいつもの先輩に戻ってしまう。
「ほんとう、厄介な人だ」
「?」
「ほら、もう休み時間終わりますよ。さっさと教室に戻んなさいな」
「わ、ほんとだ。一足先に教室に戻ります。また放課後来ますね!!」
「はいはい」
手を上まで挙げるとシッシとまるで動物をあしらうみたいに振られた。文章だけだと感じが悪いと思われるだろうが、私は見た。
メル先輩の顔が仕方ないなと言わんばかりに穏やかに微笑んでいたのを。
私はなんだか無性にうれしくて浮足立った気分になった。美人が微笑むと気分が高揚する作用でもあるんだろうか。
この事を成瀬に聞いたら何言ってんだお前、と言われた。解せぬ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます