葬列はペトリコールと共に

葬列はペトリコールと共に・壱


 葬列とはなにか。


 一般的な回答だと葬送の行列。遺体を火葬場、墓地に運ぶための行列。


 オカルト的な回答だと、死の象徴。または死の予告、告知。


 いつか、葬列に魅入られるなと言われたことがある。魅入られれば、その先に待っているのはきっと、きっと、きっと。



 ※※※



 今は六月。水無月ともいう。


 外は鈍色で、空からはバケツをひっくり返したような雨が降っている。最近立派な梅雨入りを果たしたので、空が張り切っているのだ。

 雨あしが弱まってから帰ろうと、部室の窓から様子をうかがってたが、あんちくしょうめ、張り切り過ぎて弱まるどころか強まってきてしまった。


「最悪だ、最悪すぎる。やっぱり人生はクソだ。いい事なんて無いんだ」


 傘を忘れ、家どうし近い幼馴染には「お前傘に入れたら俺が濡れんじゃーんやだー」と見捨てられた。

 最近友達になった一路くんは私と同士。一時間前くらいに濡れ鼠になって帰っていった。曰く「傘無くても気合いでなんとかなる!」だそうだ。碌なやつがいない。


「つづらさん、どうします。もう帰りますか。それともボクと泊まりでもします?」


 碌なやつじゃない代表がなにか言ってら。


 ただでさえ天気が雨で暗いのに、部室の電気を消して映画鑑賞しているから更に暗い。ホラー映画でぽうっ照らされたメル先輩の顔は、ホラーによくあるえっちなシーンを見ているのにも関わらず真顔だった。部屋の暗さも相まって不気味である。


「はぁ、泊まるわけ無いでしょ。許可とるのも面倒くさいし、先輩といっしょとか無理」

「おや、ボクのことはお嫌いですか?」

「マ好きな部類です。寄らないでください」

「それボクを受け入れてるんですか? 拒絶してるんですか?」


 安っぽい濡れ場に飽きたのか、先輩は私に近づいてくる。微かに目を細めたその顔は、完全に私を揶揄う気まんまんの顔であった。

 後ずさるも、背中は既に窓の手すりにくっついていた。抜かった、逃げられない。


 彼の人の手が腰にまわる。あいも変わらず冷えきった手だ。


「ね、ボクと一晩、二人っきりで親睦を深めましょう?」

「ひえ、腰を抱かないでください」

「夏とはいえ雨で寒いですし、身を寄せあって温まりましょう。ほら、ボクに身を任せて。部室で泊まりも楽しいですよ」

「や、泊まりまでして何するんですか」

「夜の密室で男女が二人ですること……と言えば、分かるでしょう」


 男女が密室ですること……。


「こ、コックリさん……?」


 先輩の顔が、宝くじ当たったと思ったら最後の番号が違かったみたいな虚無顔になってしまった。なんか間違えたらしい。腰にまわった手がパッと離される。


「はー、興醒めです。アナタ筋金入りの阿呆ですよね。それかお莫迦」

「いや意味というか、その、意図はちゃんとわかってましたよ?」

「コックリさんは四人でやるものです。それを二人でなんて、舐めてますよ」

「あ、ソッチ?」


 なんだ気にするのはそっちかと思わず口に出せば、また口角を上げて顔を近づけつきた。


「なんです、期待しました?」

「冗談はよしてください!! えっち、スケベ!! えーっと……変人変態!!」

「語彙が小学生なんですよ」


 今度こそビャッっと距離をとって、自分の鞄でバリアする。警戒心を顕にしていると、フッと鼻で笑われた。顔をちょっと斜め上に動かす動作が憎らしい。


「心配しないで。少し揶揄っただけですよ」

「ほ、本当になにもしませんよね」

「ナイス絶壁さんの身体に興味ないので」

「ムギーーーーーーッ」


 一体なんだっていうんだ。あれか、これがサディストってやつか。幼気いたいけな後輩女子を弄んで、なんて先輩なんだ。


「マ、そんな怒らないでください。ほら、部室の置き傘貸してあげますから」

「置き傘あるなら最初から言ってよ!!」

「あははは」


 机の中に入っていた折りたたみ傘を、笑いながら頭上に掲げる。まだ私をおもちゃにして遊びたいらしい。くそ、ジャンプしても取れない。ヒョロく見えるが、やはり男子ということか。


「も、ほんと、いい加減に――」


 ――カッ!

 ――ドォンッッ!!


「ニャッッッ」

「おや、近いですね」


 一瞬あたりが明るくなって、そのすぐ後に轟音が響いた。流れていた映画はカップルが予定調和に死ぬ間際、叫び声をあげた所でブッツリ切れる。雷で停電したらしい。


「アッア、暗い!!」

「停電ですからね。そりゃ暗いですよ」

「ゆゆ、揺れた、揺れたぁ!!」

「雷が近場に落ちたら揺れもしますよ」


 サアサアを通り越してドバドバと振り続ける雨は、弱まる気配はない。早く帰らないともっとやばいことになりそうである。

 部室のドアを見つめ、メル先輩の服の裾を引っ張った。


「……先輩」

「つづらさん?」

「げ、下駄箱。下駄箱までつれてって」

「はぁ……ホラーに割と明るい方なのにビビリですよね、アナタ」


 全くもって、放っておいてほしい話だ。


 部室から出て進む廊下は真っ暗。通り過ぎる教室の中に人影があったら怖いので、前を歩く背中に顔面をつけ、きりきり歩けと押して進んでいく。


「ちょっと、いま廊下滑りやすいんですから押さないでくださいよ」

「滑ったら前のめりで倒れてくださいね」

「こいつ……トイレに置いてってやろうか」


 トイレは切実にやめて頂きたい。


 さて、下駄箱付近まで連れてきて貰ったのだが、背中を押そうにもピクリとも動かなくなってしまった。

 見上げると、メル先輩は先の方をじっと見ていた。それに習って同じ方向に視線をやると、昇降口の前で棒立ちしている女の子がいた。


「メル先輩?」

「ここからは一人で行けるでしょう。さ、傘をどうぞ」

「え、あ、どうも?」


 傘を受け取ると腕をガッと掴まれる。びっくりしてちょっと飛び上がった。


「今日はあまり前を見て歩かないで」

「え?」

「傘で前を隠して、何がみえても足元だけ見て帰りなさい。約束ですよ。いいですね」

「は、はい」

「よろしい。では」


 返事に満足そうに頷いて先輩は校舎の方に歩いていってしまった。

 何だったんだろう今の。いや、あの人がわざわざ忠告めいた事を言うのは大体『あれ』が関わるときだと相場がきまっている。


 今日、外に、なにかいるんだろうか。


 怖い想像に身震いしていると、昇降口に立っていた女子がこちらを見ていた。なにか特別に驚いたような表情をしていて、わけがわからず首を捻ると、傘も差さずに外へ飛び出していってしまった。


「ちょ、風邪ひきますよ!?」


 走り去って行く女子は雨のモヤの中に消えていく。一瞬、女子の向こうに何かの影が見えた気がしたが、目をこすったら女子共々、その場から消えていた。

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