花も恋も寿命は短い・参
朝は憂鬱になる。
ねむとかダルとか、学生なら誰でも思う、なんとも学生らしく安っぽい鬱だ。でも私の場合はその類じゃない。今日も下駄箱を開けてため息がでた。
「ちょっと! 幼馴染の前でため息なんていい度胸してんじゃないちゅん子」
「高校生になってまでちゅん子って呼ばれるの、なんか恥ずかしいからやめてよ」
「だってお前の名前すずめって感じなんだもん。やば、俺センス良すぎぃ!」
おどける成瀬にじとっとした視線を送る。この能天気な態度に救われる事もあるが、こういう時は胸がむかむかしてくる。
「で? また荒らされてんの?」
「……はい。見ての通りデス」
目が一気に濁る。私の下駄箱の中には、
下駄箱の一部屋ずつについた小さな扉。
一度開けばそこは赤、赤、赤。
正方形に区切られた四方の壁いっぱいに、真っ赤なクレヨンで私の名前が書いてある。上履きに落書きはされていないが、中に花びらと、赤い使いかけのクレヨンが大量に入れられていて、足を入れる所から溢れていた。
「はぁ、もういや……朝早く来てこれなら、放課後にいたずらされてるのかな」
「でもさぁ、お前最終下校までのこってたんじゃねーの?」
「そうなんだよねぇ。最終下校時刻ぎりぎりに出たとき、下駄箱は普通だったし、いったいいつこんな下らないことしたんだか……」
あらかじめ用意しておいたごみ袋に、上履きの中身をザラザラと入れていく。花びらが、小さくなったクレヨンと一緒に袋に落ちていくさまを見て、
「わ、この花びら彼岸花じゃない? ほんと悪趣味。もっとバラとかにしてほしい」
「バラが入ってたとして嬉しいか?」
「正直キモい」
「下駄箱の文字なんか、子供が書いた字みたいで気味わりぃよな」
「怖さ増すような事言わないで」
「俺からのサービス♡」
「それ、本気で言ってるなら友だちやめる」
スンっと表情を落とす。
夜な夜な学校に忍び込んで、下駄箱にクレヨンで字を書く子供を想像して、身の毛がよだった。見知らぬ子供が、私の下の名前を知っているのも、気持ちが悪すぎる。
「教科書とかノートにもクレヨンで名前書かれてたし……クレヨンてなかなか取れないんだよね。どうにかならないかな」
この赤いクレヨンのイタズラは入学してからすぐ始まったものだ。約二週間、ノートや机に落書きされ、赤いクレヨンを強制プレゼントされている。コレのせいで、私は遠巻きにされひそひそやられているのだ。近づけばモーゼの様に割れる目の前をみて、ワッと目と鼻を寄せたのはつい最近のことである。
誰がなんの目的でやってるのかは不明。私自身、こんな事される理由に心当たりがなくてとても困っていた。虫が入れられないだけマシだと思えば少しは楽になるかな。や、全然ならないわ。
「下駄箱とか机はしょうが無いけどさぁ、私物とかはずっと自分で持ってるか隠すかして自衛した方がいんじゃないの?」
「あ、それなんだけどね。昨日部活決めたから、部室に私物置いておこうかなって」
「ふーん、なんの部活? 部室どこ」
「映画研究倶楽部。場所は旧コンピュータ室」
ごみ袋を縛りながら報告すると、隣から「旧コンピュータ室ぅ!?!?」とめちゃくちゃうるさい声が響いた。
「旧コンっておま、このまえ幽霊出るっつったじゃん!!」
「幽霊なんていなかったよ。いたのは綺麗な男の先輩」
「はぁ?」
「二年生のメル先輩。口悪いけどめっちゃ顔美人なんだよ」
「お、俺という物がありながら……だれよその男! この浮気者!!」
面倒くさい彼女みたいな事を言う成瀬をはいはい、と軽くあしらって、鞄を肩にかけ直す。よっこいせと掛け声を上げたら「婆くせっ」と聞こえたので、脛をおもいっきり蹴っ飛ばしてやった。
「ったぁ! お前俺にだけ容赦ないのなんなわけ!?」
「はは、愛だよ愛。私は部室に私物仕込んでくるからまた教室でね」
手を振ってその場から離脱する。彼は運動部なので、このまま朝練に行くだろう。私はゆっくり部室まで歩いていこう。
赤いクレヨンのせいでほぼ毎日憂鬱だけど、朝日を浴びながら少し涼しい気温の中を歩くのは気持ちがいい。職員室でカギを借りて、旧コンピュータ室(以下、旧コンと呼ぶ)のドアを上機嫌であける。
「ふんふんふーん、失礼しまーす」
「朝からおマヌケに元気でよろしい事です」
「ハァッ!!」
すぐ後ろから突然声をかけられ、変な声を上げながら前の方に飛び上がる。
振り返ると、いつの間にかメル先輩が立っていて、腕を組んで
「アナタ、よく変な声をあげますね」
「だ、誰もいないと思ってたとこで突然声が聞こえたら誰だって奇声くらいあげますよ」
「いや、あげないでしょうよ」
どこの常識ですかと目を皿のように平たくしているが、びっくりしたら奇声をあげずとも悲鳴はあげるだろう。心臓が破裂するところだった。
「つづらさんは何をしにこちらへ?」
「私は私物を置かせてもらいに」
「私物を……?」
「そうです。私物です」
メル先輩は、私の手に持っているごみ袋に目を留めると目を細めた。「もしかしてそのごみが私物か」とでも思ってそうなので、慌ててこのごみ袋は違いますからと否定する。
「私物って、教科書とかですよ」
「教室に置いておけばいいじゃないですか」
「そうすると真っ赤にされるんですよ……」
真っ赤と聞いて不思議そうにするので、クレヨンで落書きされているとだけ話す。いきなりこんな話をされて、引かれないだろうか。
「へぇ。気になりますね、その話」
「えー、ほんとですか」
「すごくおもしろ……じゃなかった。とても興味深い!」
「今おもしろいって言いました? 人の不幸話を聞いておもしろいって言いました??」
メル先輩は、楽しそうに喜色の笑みを浮かべていた。なんて先輩だ。私はこんなにクレヨンなんかに悩まされているのに……やっぱり性格わる。
「そうですね、部室に私物を置くのを許可しましょう! 存分に置いていきなさい」
「すごく偉そう」
「旧コンピュータ室は映画研究倶楽部の部室。部活の長は部長であるボク。つまり、ボクが偉いのは当然の事だ。なんたって部長ですからね」
「ええ?」
部長の部分をやたら強調している。なんかちゃっかり部屋を私物化してないかこの人。まあ、私が来るより前からこの部室にいるみたいだし、新参者の私は素直に従っておこうかな。ありがたく部室を使わせていただこう。
ごみ袋を一旦床におき、机の上に三限以降の教科書を置く。一限の教科書と、二限は体育のためのジャージは持っていって、着替えはまたここに置きに来ようかな。
「つづらさん」
「はい」
「今日放課後、ぜひ部室に来てください」
「はい?」
メル先輩の方をみれば、出入り口の所で腕を組んで寄っかかっていた。そりゃ荷物を取りに部室に寄りはするが。
「部活動をするから来いって事ですか」
「ま、そんなものです」
「参加するかは個人の自由では?」
「部長命令です」
「……はい」
自由にしていいって言ってたのは嘘だったんだろうか。何にしても、美人の有無を言わせぬ顔は凄い。嫌だと言わせないだけの力がある。美人は徳だ。まあ放課後は暇だし別にいいんだけど……。決して一緒に帰ったり遊んだりする友達がいないから暇、という訳じゃない。
「いや、お前友達いねーじゃん」
「いいいるし!! 友達いるし!!」
「うわうるさっ」
二限の体育は男女ともに、左でそれぞれバスケだ。休憩がかぶったので、仕切りのネット越しに成瀬と駄弁っていた。
「お前、俺とあと一人くらいしか話す友達いねーじゃん。ぶっちゃけ」
「そんなこと無い……。高校デビューでコケてなんかないんだから……」
「気にしてんなぁ」
しょうがないじゃないか。入学してすぐ、カバンの中のノートにイタズラされはじめたのだ。初見でびっくりしすぎて大声で叫び、ノートをみんなの前に投げ捨ててしまったのが運のつき。今や、嫌がらせをされるような事をしたやばいやつ認定を受けている。なぜだ。なぜこうなった。全くの冤罪じゃないか。
「うっ、私、なんにも悪くないのに……」
「え、もしかして泣いてんの?」
ウケると言ってスマホで写真を撮ろうとしていたので「せんせー成瀬くんがスマホいじってまーす」と大声で言ってやった。
「あテメ、チクってんじゃねーよ!」
「成瀬! 没収するから持ってこい!!」
スマホをゴリラに没収される様をみて、胸のすくような気持ちになる。ざまぁみろだ。女の子の泣き顔を写真に収めるのは、万死に値する行為である。
「クッソー最悪」
「私のことからかい過ぎるからよ」
ふんっとそっぽ向いてバスケットボールを床で転がす。ボールだけあってもできることが無いから手持ち無沙汰だ。
「メル先輩、私になんの用かなぁ」
特に話題も無くなったので、朝に会った先輩の件についてこぼす。
「なんの用って、普通に部活動するんじゃないの?」
「だってクレヨンの話したあとだよ? 絶対根掘り葉掘り聞かれるよ。あの人、話聞いた時なんて言ったと思う? 面白いだよ」
「うっわ」
初対面同然の後輩の不幸を面白がる先輩だ。イタズラされるようになった経緯を、もっと詳しく聞きに来るに違いない。映画研究倶楽部なんだから、映画研究してて欲しい。
「でもさ、お前、俺以外にこういう事相談してないじゃん?」
「うーん、今回のことは担任には一応言ったよ? ぼかしてだけど」
「同い年くらいの奴には話したことないだろ。どうせだしその先輩に愚痴零すなりなんなりしてこいよ」
「ぐち」
キョトンとする。あの先輩に私の愚痴を聞かせる? なんか想像つかない。ほぼ初対面だし、先輩だし、こんな話して気味悪がられないかな。いや、興味津々だったしそれはないか。
成瀬は首を触りながら話を続ける。
「あー、お前さ、慣れたとは言ってたけど、結構キてんでしょ。精神的にさ。一応女子なんだし、相談したり愚痴言える相手が増えるのはいい事でしょ」
驚いた。この男そんなこと考えてたのか。ちょっと前まで鼻を垂らして木の棒持って、ちょうちょの
「成瀬……一応女子は失礼じゃない?」
「へへっ」
笑って誤魔化そうとしたのでバスケットボールを投げつけた。不意打ちだったのか避けられず、ボールの当たった脛を抑えていた。確かに女子らしい女子じゃない事は自覚済みだけど、成瀬に言われるのはなんかイヤ。
各々持っていたボールをネット越しにぶつけ合っていると、死角から肩をポンポンとたたかれる。振り返ると、そこには見知った女子生徒が立っていた。
「つづちゃん」
「あ、笹本さん」
彼女は
「ふふ、今日も二人は仲がいいね」
「そそ、俺らチョー仲良しなの。今もちゅん子が俺に昼おごってくれるって〜」
「ちょっと、そんな話してませんけど?」
成瀬は隙あらばすぐ私に集ろうとする。何なんだこいつは。
「女の子って意識されずに仲良くできるの、凄く羨ましいなぁ」
「そうかなぁ。私は女の子の友達と華のある話をしてたい」
「アタシがいるのに何、浮気!?」
「もうそれはいいよ」
いちいちこのテンションでいられると流石に疲れる。慣れたと言っても、ほぼ毎日精神攻撃されているので、ノイローゼになりそうだった。あの赤いのをごみ袋に捨てるたび、泣きそうになってるのは、私のちいぽけなプライドの為に隠しているのだ。
「つづちゃん、最近ちょっと顔色悪いよね。どうかしたの?」
「や、大したことないよ。ちょっと気疲れしてるだけ」
「そう……何かあったら相談してね。あら?」
笹本さんは地面を見て何かに気づいたらしく、しゃがみこんで何かを拾った。
私はその手の中にあるものを見て固まる。表情は引きつって、嫌な汗が伝った。口の端が
「ねえ、これ、つづちゃんの?」
その手の中にあったのは、真っ赤なクレヨンだった。
放課後、階段を一段とばしで駆け上がりら旧コンのドアを開け放つ。でかい音がなったが、なりふり構っていられなかった。はやくこの感情を、思い切り吐き出してしまいたかった。
「先輩! 愚痴を! 聞いてください!!」
「藪から棒になんです。もっと静かに入ってくることできないんですか?」
メル先輩は机の上でノートを見ていたようで、椅子に足を組んで優雅に腰掛けていた。足なが……。
「じゃなくて! これ見てくださいも、やだ何これ正直めっちゃ怖いしどこから湧いてきたのこれも、むりーーーー!!」
「うわうるさ。とりあえず座ってください」
向かいの椅子を指さされたので、ドアをしっかり閉めてピャッと席に座った。精神力が限界値に到達しても、泣きわめき声が外に漏れないようにする配慮はしっかりする。
「意外と律儀ですねアナタ……で、何があってそんな無様に泣きわめいているんです?」
「うぅ……なんか、今日クレヨンがいっぱいなんです」
私は鞄から透明の袋をドンッと置く。その中には大小さまざまな、しかし色だけは赤で統一されたクレヨンが、大量に入っている。
「これはまた……随分とありますね」
「むりすぎる」
体育から帰ったあとに、各所で発見されたクレヨンの量は異常。そう、異常なのだ。
量だけじゃない。クレヨンの見つかる場所と頻度が、異常すぎるのである。
「体育中足元にあったり、教室で授業受けてるとき机の中から出てきたり、なぜか筆箱に入ってたり、廊下を歩いてるときに踏んづけたり……。あと、弁当のなか!!」
ダンッと拳で机を叩きつける。弁当が一番許せない。今日の弁当はそぼろと肉じゃがで、朝から心底楽しみにしていたのに、いざフタを開けたら中央に鎮座する赤いクレヨン。王の風格。もとよりここは私の領域だと言わんばかりのクレヨン。ここで私の中の何かが音を立てて千切れた。
「どうして弁当にまでクレヨンが入ってるんですか!! おかげでお昼たべらんなかった!! うわあああああん!!」
「空腹過ぎて気が立ってるんですね。可哀想に、お菓子食べます?」
「このおかし賞味期限めっちゃまえ」
なぜ渡した。食べるわけない。
時間がたって色褪せてしまっているお菓子のパッケージをみて、段々悲しくなってきた。私がいったい何をしたってんだ。なぜこんな意味不明な事象に、頭を悩まされなければならない。頭がぐちゃぐちゃしてきた。
「ぐす……も、やぁ」
「はぁ。泣かないでくださいよ。ボクが何か悪いことをした気持ちになる」
「う、ずび。すみません」
ちり紙をポケットから取り出して鼻をかむ。メル先輩は幼稚園生を見るみたいにしながら、小さいゴミ箱を差し出してくれていた。すんすんしながらちり紙がなくなる頃、ようやく涙は収まる。
「気は済みましたか」
「あい……ありがとうございます」
「全く、いきなり愚痴を聞けとか泣きだしたり。感情のコントロールをしなさい」
「め、面目ないです」
しゅんと項垂れると、クスリとした笑い声が聞こえる。チラと先輩の方に視線を送ると、興味深そうに私の顔をのぞき込んでいた。
「つづらさんはコロコロ表情を変えますね」
「表情筋が豊かってよく言われます」
あまりにもジッと見られるので、へへへと笑って頭をかく。人に顔をじっと見られることはあまり無いのでちょっと恥ずかしい。
メル先輩は色白美人で、昨日と同じ傾き始めた陽の光に照らされて、白さをより一層際立たせていた。先輩を見ていたらなんだか心が凪いできた気がする。美人てすごい。
しかし、この数秒後、心の平穏は先輩からの聞きづてならないとんでも発言のせいで、呆気なく終わりを告げた。
「ところでアナタ、死相が出てますよ。近々、というかたぶん、今日死にますね」
「エ!?!!」
いきなり路上の占い師みたいな事を言われて、素っ頓狂な声をあげた私はさぞマヌケだったに違いない。今も動揺が収まらず、絶えずア、だのエ、だの母音を発してどもっていた。
し、シ、市?
「死、え、死相、死ぬ……私今日死ぬの!? 縁起でもない冗談言わないでよ!」
「まさか! 善意にあふれたこのボクが、こんな不謹慎な冗談を可哀想な後輩に言うわけがないでしょう?」
「いや知らんがな! じゃなくて、私の何が原因で死ぬの!?」
こちとら健康優良児。持病もねぇ、怪我もねぇ、早寝早起き一汁山菜きめてるが?
「何が原因って、そりゃ呪いですよ呪い。ふむ、アナタは死相の原因に薄々気づいていると思っていましたが……なぜ目を逸らしてるんでしょう」
「は、呪い? 意味がわかりません。なんの、話ですか。目を逸らしてるって、いったい何から――」
「視えているのに見ようとしない。視えてないフリをしている。気づいてないフリをしている。原因は手の内にあるというのに、これじゃあ殺してくれと言ってるようなものだ。自殺志願も
酷い言われようだ。一方的で理不尽だ。呪いなんてあるわけ無い。怖い話は、ほとんどが幽霊見たり枯れ尾花なのだ。だから、今回のこれも枯れ尾花で、誰か人間が起こしてる事象に過ぎないのだ。
「ええ、これは確かに人間が起こした事象でしょう! つづらさんは当たりです。しかし、大当たりには届かない」
「本当に、何が言いたいの?」
「まあ怒らないでください。いいですか、これは人間が発端ですが、あくまで発端でしかないのですよ。原因ではありますが、このクレヨンをアナタの元に置いてるのも、名前を書いているのも、人間の仕業ではありません」
人間の仕業ではない。ならば、この事象を起こしているのは人間以外。自然か、動物か、無機物か……否、彼が言いたいのは、勿体ぶっているのはそういうものではない。
解るのに解りたくない。本能が警鐘をならしている。
「アナタは知っていて、わざと目を逸らしている」
――コトッ。
遠くで小さな何かが落下する音が聞こえる。
「そんなわけ無い、あるわけ無いと思い込もうとしている」
――コトッ。
「気づいていたでしょう?」
――コトッ。
「人がやった事じゃないって」
――コトッ。
目の前を、何かが上から下へ落下する。先輩は相変わらず笑っている。足元に目線を動かすと、そこには小さくなった赤いクレヨンが落ちていた。
「あ」
ああ、見てしまった、視てしまった。落ちてきた赤いクレヨン。落ちてきたのだから当然、今まで上にあったのだろう。上になければ、物は落ちてこないのだから。
視線を上げた先の天井は真っ赤だった。クレヨンで、子供が書いたみたいな拙い字で、私の名前がたくさん書いてある。
「チ、来ましたか。見つからないと思っていたのですが……空間ごと取り込むなんて、随分と執着されてるようだ」
メル先輩がなんとなしに呟いたとき、ザザザとノイズ音が響く。校内放送が始まる時の鉄琴の音が、不気味に反響した。
――キンコンカンコン。
『かーってうれしいはないちもんめ』
『まけーてくやしいはないちもんめ』
『あの子がほしい』
『あの子じゃわからん』
『相談しよう』
『そうしよう!』
ひどく楽しそうな声が、場違いにきゃあきゃあ響く。どこだ、だれだ、誰がいいと相談している。何だ、これは。何なんだこれは。正体不明の何かが、この学校にいる。
誰かを選んで、探している。
『きーまった!!』
お願いだ、言わないで。その名前を。嫌でも視てしまうから。目をそらしていたそれを、認識してしまうから。
『雀部つづらが欲しい!!』
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