第2話

 その日の帰宅後──。

 色々あり過ぎて疲れてしまったのか、帰ってすぐに自分の部屋のベッドに仰向けになっていた。


 天井を見つめ、ボーッとする。

 ボーッとしているはずなのに、葉月さんのことが頭から離れない。



「あ、ポイントカードにスタンプ押してもらうの忘れてた」


 明日押してもらえばいいか。


 などと思うも、空白のポイントカードを見ると心が安らいだ。


 俺と彼女を繋ぐたった一枚のカード。


 スタンプが十回押されれば終わりの関係──。


「空白、良いじゃんか──」


 


 ◇ ◇


 と、浸る間もなく……。


「ちょっとお兄ちゃんどういうこと?!」


 ものすんごい勢いで、ノックもなしに俺の部屋を開けたのは妹だった。なにやらご立腹な様子だ。


「ほう! れん! そう! ほーれんそうだよお兄ちゃん!!」


 ああ! そうだった!

 この作戦は恋愛マスターを自称する妹の提案だった!


 しかし妹はまだ中学二年生。

 ありのままを話すのはあまりにも刺激が強過ぎる。兄としての理性がNGを突き立てる。


「え、だめだったの?」

「そんなことはないぞ! そんなことはないんだけど……」


 俺が寝転がるベッドに腰掛けると心配そうな眼差しを向けてきた。


 昨晩の俺たちはノリノリだった。

 来たるべく明日という戦場に備えて、消しゴムを擦って丸くしたもんな。


「ねえお兄ちゃん聞いてる?!」

「おう、聞いてるぞ。妹よ」

「でっ? でっ? どーなったのっ?」


 目を輝かせながら聞いてくる妹に言葉が詰まる。


 パンツの話は言えないとして、そしたら何を話せばいいのか。


 ………………………………。


 あれっ。パンツで始まりパンツで終わったな。


「どしたのお兄ちゃん?」


 あれっ。おっかしーな。

 パンツを覗いたと誤解されて、十回脅されることになって、ポイントカードをもらってそれを集めると二千円でパンツが買える。


 今日一日の出来事を要約するとこんな感じか。


 んん?


 いやいや。パンツを切り離せば良いだけだろ!


「えーとな。消しゴムを拾ってもらったお礼に、なんでも言うことを聞け・・カードをもらった」


 妹に急かされたせいか、脈絡のないことを言ってしまった。


「何言ってるのお兄ちゃん?」

「ごめん妹よ。お兄ちゃんもよくわからなくなってキチャッタ」


 どうしたって一部始終の背後にはパンツがある。それを省いてしまったら、ちょっともうワカラナイ感じになるのは必然──。


「お兄ちゃん落ち着いて! はいっ、どぉどぉ! すぅはぁーだよ! すぅはぁー!」


 言われるがままに深呼吸をして、心を落ち着かせる。


「さんきゅー妹よ。これをみてくれ」


 言うよりも見せたほうが早し!

 ということで、ポイントカードを渡した。


 《がんばってスタンプを十個貯めなさい》


「意外と可愛らしい字だね。クールビューティーっぽくなぁい!」


「そそ。話してみるとクールビューティではなくて普通の子みたいな感じでな」

「え、お兄ちゃんそれまじで言ってるの?」

「うんまじ。超まじ」


「なるほど。クールビューティとは仮面の姿。……これは作戦を第二段階に移行する必要があるね!」


 妹はノリノリだった。


「でもこれさ、スタンプ貯めたら終わっちゃうね」


 さすが恋愛マスター。目のつけどころがシャープだね!


「やっぱりそう思う?」

「そりゃとーぜんでしょ。こうやって線を十字に引けば四十個になるよ?」


「おおナイスアイデア!!」

「ふふっ。とーぜん!」


「あはは!」

「あははは!」


 とりあえず笑ってみせたけど。


「っていいわけないでしょ。お兄ちゃん馬鹿なの?」

「いや妹よ、そのツッコミを待っていた」


 とうぜんこんなことが許されるわけはない。


「真面目な話、スタンプが押される状況をひたすら回避。これに尽きるでしょ!」


 さすが恋愛マスターを自称するだけのことはある。


「だから言うことを聞いちゃダメ!」

「それはちょっと、難しいかな」

「どうして? お兄ちゃんなにか悪いことでもしたの?」


 うんした。しちゃった。パンツを覗こうとした。


 …………………………………。


 ……………………。



 結局、すべてを話すことにした。

 そうして、話し終わると妹はバサッと立ち上がった。


「ちょっと待ってて。今履いてるパンツあげるから!」


 どうしてこうなった?


「お兄ちゃんがそんな変態さんになってるなんて気付かなかった。妹として恥ずかしいよ……。だからわたしのパンツで我慢して。外では静かにしてて!!」


「まてまてーい!」


「だって買うんでしょ? 買っちゃうんでしょ? ダメだよ!! わたしのならタダであげるから。だからお兄ちゃん……だめぇー!!」


 心の中で二度目のどうしてこうなったを唱えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る