第2話 捻くれ者の日記帳

 今の自分が幸福か不幸かと聞かれると……自分は迷う事無く後者を宣言するだろう。

 むしろ、自分は幸福ですと言える人間はこの世界に何%存在しているのか……


 まして、幸せの基準値なんて人それぞれだ。

 僕が羨む環境に居る人間が、それを幸福と感じてなどいないかもしれない。

 僕のこの不幸な人生を傍で羨む人間が居るのかもしれない。


 幸福も不幸も……僕の極論からすれば戯言だ。

 手にして初めて気づくもの。

 失って初めて気づくもの。

 持たぬ者には一生わかり得ない代物だ。

 そんな僕の極論こそが戯言。

 


 ゴーグルの中を覗きこみ訪れた空間。

 その中にある一つの扉を探し当てる。

 ……そんな水無月相談事務所に数回目の訪問。



 「なぁ……少年、君は神というものは信じるかい?」

 

 

 未だ僕はハルカさんに人生の相談をのって貰うことはなく、

 そんな質問をされる。


 「……僕は居るんじゃないかって思ってますよ」

 そんな僕の返答に、ハルカさんは目を丸くして驚いた顔をしている。


 「まさか、何処に出しても恥ずかしくない捻くれもの君からそんな言葉が……」

 そんな捻くれ者の僕とは違い素直に言葉をはくハルカさん。


 「……矛盾の類義語みたいな言い方で、僕を表現しないで下さい」

 そう軽く突っ込んでおく。


 「いや、まさか……少年から、僕は神を信じてますみたいな発言を聞けるとは」

 そんなハルカさんの問いに。


 「……一応、期待を裏切らない程度の発言をさせてもらいますけど、世間一般的な神を信じているって訳じゃないですよ?」

 そう返す。


 「世間一般的な神?」

 不思議そうな顔をする。


 「……なぜ、宇宙が存在して、地球が産まれ、生命が誕生したのか……どうしてこの地球には都合のよい素材が沢山有り、鉄の塊が走行したり、空を飛んだり、映像を写したり、電波で会話したりできるのか……劇的に知能が発達したからと、本当に人間だけの力でそんな事が可能だったのか……」

 疑問でしかたがない。


 「……神のような何者かの手によって、地球や生命が産まれ、誰かが意図的に飛行機や自動車、テレビを人間が開発するように仕向けたと?」

 ハルカさんのその推測に。


 「僕は……偉大な開発者様には申し訳ないけど、僕はそう思ってますね」

 少しだけハルカさんは複雑そうな顔をする。


 「僕たちからすれば異世界が本当に存在して魔法とかを目の辺りしたらすっげぇ驚くと思いますけど……異世界の人間からしてこの世界に存在しているものって、案外魔法以上に在り得ないようなものあるんじゃないですかね?」

 「僕は…当たり前のようにそれらを使ってますけど、正直……心の何処かでこの世界の当たり前が信じられないんですよ」

 正直自分でも何を言っているのかわからない。


 「……それで、少年……君の言う極論というのは結局この世界全てが誰かの造り物だと?」

 考え込むような仕草でハルカさんが尋ねる。


 「……今の人間の思考で辿り着ける表現を用いるならそんなところですが……僕ら人間には辿り着けない想像すら辿り着かない何かがあるんじゃないかって……その存在を神というかはわからないけど」

 そんな僕の戯言に。


 「……なるほど、捻くれ者もこじらせるとそんな極論に辿り着くのか」

 感心したようにハルカさんにディスられる。



 そんなやり取りから数日後……

 その日も、ゴーグルの中の空間に入り込んだ僕は、

 ハルカさんに連れられ、別のルームに連行されていた。


 真っ白い部屋に、透明なテーブルを隔てて赤い色のソファと青い色のソファが置かれている。

 僕と、ハルカさんは青色のソファに腰をかけた。


 対面の赤いソファには、神父のような格好の男とその隣には10代ちょっとの少女が座っている。


 「また、客を取り戻しに着たのかい…ハルカ?」

 神父のような男は、ハルカさんにそう話を切り出す。


 「別に……ただ、小さい子供からもお金を巻き上げようとする悪い宗教から彼女を救い出そうとちょっとした正義感だよ」

 ハルカさんは男に目も向けずそう返す。

 自分がつき合わされている理由がわからないが……

 元々、あの女の子はハルカさんに相談してきていた客で、

 それをあの何かの宗教らしき男が奪いとった……というところだろうか。


 「ハルカ……お前だって無償で人の相談にのっているわけではないだろう……神を崇めるにも金は必要だ、そのための寄付を受け取ることが悪い事だと言うのか?」

 状況はわからない……

 ただ、推測できるのは、この目の前の男に、

 自分の客であった少女がこの宗教に嵌り金を巻き上げられる事を阻止したいというところだろうか。


 「で……隣の男は誰だい、ハルカ?力ずくで私から客を取り替えそうってつもりかい?」

 僕を横目で見ながら男が問う。


 「少年に、そんな事を求めていないさ、単純に私以外の目からあんたがどう映るのかを知りたかっただけさ」

 そうハルカさんが返す。


 「ハルカ……前にも言ったが彼女は彼女の意思で此処に居る、ハルカ、お前の言葉は彼女を救えなかった、神の言葉だけが彼女を救えるのだよ」

 勝ち誇ったような笑みで男が言う。


 「ハルカ……お前には何もできない、お前の言葉が神に敵うわけがないであろう?お前に彼女は救えない」

 その言葉を黙って聞き入れているハルカさん。

 僕にだって、ハルカさんが彼女に何をしてあげられるかなんてわからない。

 それでも……


 「その神様って……その子に何をしてくれるんですかね?」

 僕はぼそりとそう呟いた。


 「救いを授けてくれる、彼女を苦しめる者に罰を与えてくれる」

 そう男が答える。

 「神は、神を信じ崇める者だけに救いを与えるのだ」

 男が答える。


 僕はつまらなそうにため息を一つつくと。


 「神が定める善悪ってなんなんですかね……」

 僕のその問いに……全員が顔をしかめる。


 「もし……僕が今誰かを殺めたら、神は僕を裁きますか、地獄へ突き落としますか?」

 そんな僕の問いに。



 「当然であろう……殺人など絶対に捌きをうけるべき大罪だ」

 男の答えに……


 「あなたの言う神って、総理大臣かなんかみたいに、人が就く職種かなんかですか?」

 そんな僕の返しに男は不愉快そうにする。


 「何が言いたい」

 その男の言葉に。


 「……いえ、神様は随分と人間贔屓なんだなぁって……僕が神様って立場なら、人が人を殺すのも、人が他の生物を殺すのも大差無い、人が生きるために他の生物を殺し食らうなら、生きるために人が人を殺すのも大差ないんじゃないかって」

 僕はそう返す。


 「……邪道な……貴様本当にそんな事を……」

 男が信じられない者を見るようにこっちを見ている。


 「あぁ……さすがに僕だって、人を殺すことはダメだと理解してますよ、僕が言いたいのは神の立場の話です」

 「人が生きるため、人が人を裁くのにルールを作るのは当然だと思います……でも神が人を裁くのに人のルールを適応するのかって話です」

 僕の言葉に周りは少し困惑している。


 「僕らが正しいと教えられているものは、人が生きるために必要な道徳であって、神様はそれに従って裁きを下すもんじゃないって……そう思っただけです」

 「神にとって……何億と居る人間もその他の生物も誰一人変わりない、ただの地球上の駒に過ぎないと思いますよ」

 

 「どんなにこの世に価値のある人間だって……僕のように価値の無いような人間だって……神にはきっと等価値だ」

 「どんなに善人だろうと、悪人だろうと……神には皆等価値だ」

 神様に僕らのルールなど適応しない。

 

 「そうじゃないなら、初めから僕なんて人間存在していない」

 「そうじゃないなら、初めから罪人ぼくなんて人間裁かれている」

 周囲がだんまりしている。


 「……少年、帰るぞ」

 僕を勝手に連れてきて置いて、目的も果たす事無くハルカさんが言う。





 帰ってきた、水無月相談事務所のソファに座っている。

 ハルカさんは自分のデスクに座っていて……お互い無言だった。



 「……私の父親だ」

 唐突にハルカさんが切り出す。

 一瞬なんのことかわからなかったが……


 「えっ?あのさっきの男?」

 せっかくの会話だったが、さらに気まずさが増す。


 「……気にするな、むしろ助かった」

 そうハルカさんが返してくる。


 「まぁ……正直、自分の父親を救いたかった訳でも、あの女の子を救いたかった訳でもないのだけどな」

 そうハルカさんが呟く。


 「少年、君は自分の事が嫌いか……」

 そう不意に問われる。


 

 「自分が大好き……って人間に見えます?」

 僕のそんな返しに、


 「いや……」

 容赦なく否定する。


 「幸福か不幸か……君も私自身もどちらなのか……そんなことを理解するのは難しい……それでも、何か目的を持って生きることはきっと悪い事じゃない」

 僕とは別の方向を向いたままハルカさんが言う。


 「目的を持てば、自分を好きなるわけでも幸せになれるわけでもないですよ」

 達成できるかもわからない。

 達成できなければより不幸になり自分を嫌いになれる。

 達成した先が幸せかなんてわからない。


 「……僕の人生には……そんな価値など無い」

 幸福も不幸も……僕の人生に置いてはそんな触れ幅は大差ないものだ。



 「少年……日記をつけたことはあるだろう」

 ハルカさんはまた唐突にそう僕に言い、

 床を軽く蹴り上げると、椅子のキャスターを転がし少しだけ後退する。


 部屋の窓から差し込む、作り物の光がハルカさんを照らし、

 天を仰ぐハルカさんの横顔が少しだけ眩しく映る。


 「少年……私はね、人一人の人生ってのは日記帳のようなものだと思うんだ」

 そう続ける。



 「消しゴムの無い、書き直しのできない日記帳だ」

 そう寂しそうに天を仰ぐ……長い茶色の髪がだらりと床に垂れ……


 「愚かな人間は、その一日、一日を雑に書き込んでいく……だけど、賢い人間は一ページを大事に丁寧に正確に記録していく」

 日記帳なんてもの、小さい頃、学校で強制的に提出させられていたくらいだ。

 丁寧に書いた記憶などない。


 「なぜだと思う……?」

 そうハルカさんは尋ねる。


 「……やり直せないと知っているから」

 人生をやり直すことはできない。

 日記を書き直すことなんてできない。


 「そう、それはどちらも解っている、愚かな者も賢い者も……もし、人生ってものに価値をつけるとするなら……少年はどちらの日記帳に価値があると思う?」

 答えるまでもなくわかりきっている。



 「幸せになれという訳ではない、不幸になるなという訳ではない」

 「少年、振り返られる場所くらい……作っておけ」

 何時の間にか僕の方を向いていたハルカさんの瞳にドキリとした。



 今更……やりたい事なんて……

 書くことすら拒んだ僕の日記帳に振り返られる場所などない。


 嘘と戯言で埋め尽くされただけの日記に価値などない。



 「価値が無いなどと決めつけるな」

 心を読むかのようにハルカさんが僕に言う。


 「少なくとも私は、他の誰のものより、君の捻くれた日記に興味があるぞ」

 そうハルカさんは笑った。



 僕はそんなハルカさんの瞳から逃れるように顔を反らし……

 照れ隠しのように不機嫌そうな顔をする。



 それは、そうと……ハルカさん。

 タイトル詐欺になるので、ちょっと良い事言うの辞めてもらっていいですか?

 

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人生相談の水無月さんが相談に乗ってくれない。 Mです。 @Mdesu

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