人生相談の水無月さんが相談に乗ってくれない。
Mです。
第1話 捻くれ者の相談者
誰に向けてかは知らないが自己紹介しておこう。
僕は、榊原 凪離(さかぎばら なぎり)、高校卒業後、特に考えも無く就職し今年で5年目に突入。
適当に働いて適当にお金が貰えればそれでいい……そのくらいに人生を考えていたがここ最近、少し今の生き方に疲れてきた。
いい加減に生きてきたツケが回ってきたと言われればそれまで。
屁理屈を言っても、世界に腹を立てても食っては行けない。
取り敢えず、本日もなんとか終えた、仕事から帰宅すると、ゴーグル型の機材を自分に取り付ける。
僕なんて人間を置いてけぼりに、科学はどんどん進化を続ける。
少し前に、パソコンや、スマートフォンの中に自分の分身を作り会話やオシャレを楽しむようなコミュニケーションアプリが流行ったが、いや、今もはやってるのだが、ここ最近は、バーチャルゲームの進化が進んでおり、同様に自分の分身となるアバターを作り、その仮想の空間と仮想の姿で、色々と遊べるという仕様だ。
当初は物凄い注目を集めたが、当時は既存のゲーム機で遊べるような、RPGや、アクションゲームを擬似体験できる事を売りにしていたが、それ以降の開発には、手を焼いているようで、出ても凄く短調なものだったりでそういった層の需要には答えられていないようだ。
今では、チャットルームを義体を使って会話するくらいのもので、それもほとんどの人は、わざわざそんな手の込んだ事をせず、簡単で楽なコミュニケーションツールを使い、ほとんどがそれを利用しなくなった。
さて、そんな僕が何故そんなものを身につけているのかと言うと……単純に話し相手が欲しいのだ。
始めたきっかけは数日前の話になる。
僕は他人と話すのは苦手だ。
でも、会話事態が嫌いな訳じゃない。
面と向かい会話するのが苦手でも、仮の姿でそれなりの条件が揃えばやはり誰かと話せるような場所が欲しかった。
なんとなく起動し、自分のアバターを作った。
できるだけ、自分に似せ創ったつもりだが、学生気分が抜けていなかったのか、
設定は学生で、3Dアニメーションで作られる自分はやはり実物を美化されている。
取り敢えずホーム画面を開くと、まるで本当に自分がその世界に入り込んだかのように新世界が広がる。
いわゆる……ロビーと呼ばれる場所で、こっから知り合いと小部屋を作り会話を楽しんだりするのだろう。
もちろん、自分にそんな相手は居ない。
実際、ログインしてみるとせっかく創った自分の姿も見えないし……少しだけそのロビーを見てまわってログアウトするつもりだった。
「悩み事か、少年?」
そろそろ帰ろうかと思った矢先、誰かに話しかけられる。
「えっ……僕?」
少し慌てて声の方を向く。
長い茶色の髪、知的な眼鏡に白衣……姿のアバターの女性。
「うん……少年、君だ……私はここで、色んな悩める子羊の人生相談をやっている、悩める少年よ、君は運がいい……今回は無料で君の悩みを聞いてやろう」
ぐいっと肩に腕を回される。
もちろん、痛覚なんて通っていないから……痛みとかを感じる訳ではないが、腕を回されているような錯覚には囚われる。
感覚は無いが、自分の視界がそれっぽく動くことから、この世界のアバターは現実世界と同じようにアバター同士の身体はぶつかりあっているんだと解る。
よく……できてるな……と改めて思う。
「まぁ……悪い話ではないだろ」
ぽんぽんと女は僕の肩を叩くと優しくどこかへエスコートしようとする。
向かう先は一つの扉の先。
水無月相談事務所と書かれている。
「あ……あの今日は、僕もうログアウトして寝ようと……」
なんか、悪い人間ではないかという不安……
慌ててその手を逃れようとするが、
痛みを感じないはずの肩がぎりぎりと力強く指が食い込む感じがする。
「まぁ…まぁ…少年、この私が無料で相談に乗ると言っているのだ悪い話しではないだろ?」
取り敢えず逃れようと試みるが……
「それに、まだ……20時40分、健全な子供なら寝るのはまだ早い」
逃れようとした僕の右腕を両腕で力一杯に引っ張っている。
「ちょっ……なに?誰か、誰か助けてっ!!」
思わず周囲に助けを求めるが
「馬鹿、やめろ、少年……アカウントがBANされるだろ、少し大人しくーーーーしろっ!!!」
女は目の前の扉を開くと、僕の頭を鷲づかみにして、部屋の床に叩きつけるように強引に部屋に引き込んだ。
現実世界なら軽く気を失っているだろう……頭から床に叩きつけられ、女もその部屋に入るとガチャリと鍵をかけた。
「全く、手をかけさせんじゃねーよ」
つかつかと倒れる僕の横を通り過ぎると、自分の業務用ディスクとチェアであろう場所に腰を下ろす。
その少し手前に客用のテーブルとソファがあったので、取り敢えずそこに座る事にした。
「……で、僕はなぜここに拉致されたのでしょう?」
そう女に尋ねる。
「そうだな、私は物事を隠して話すのは苦手だ、単刀直入に言おう……客が来ない」
そう淡々と目の前の女は僕に言う。
「……少年、私はもの凄く暇をしている……何か面白い話をしろ」
もの凄く、素直に女は状況を話してくれた。
「えっと……ここ相談事務所じゃないんですか?」
最初の女の言葉と部屋の名前を思い出す。
「……そうだな、少年、少年の相談の内容が面白ければ聞いてやる……あぁ、面白いって言うのは笑える奴な?」
急にむちゃくちゃなことを言ってくる。
「……いや、笑えるような話……そもそも悩み事にならないでしょ?」
そう返す。
「それに、なんで僕なんです?」
確かにロビーにはそれほど人口が居たとは思えないが……僕一人という訳ではない。
「……少年、今日が始めてのログインだな……」
余り操作は馴れていないが……相手のログイン履歴ぐらいは覗ける仕様だったはずだ。
「……誰か、友達と会う約束をしていた訳でもなさそうだな……」
なぜ……こんな人が薄れてきた場所に今更ログインして、何もせず帰ろうとしたのか……傍から見れば確かに不自然だったのだろう。
「……単純に友達が居ないだけです」
そう答える。
ちょっとだけ気まずそうな空気になったので訂正を入れる。
「いや、友達が居ないは語弊があるんですが……僕は昔から自分の事を話すのが苦手なんですよ」
そんな僕の言葉に少しだけ彼女は目を細める。
「気がつけば、僕は家族、両親にさえ自分の事……全く話さなくて……もちろん友達やその周りの人間にも自分の意見も話さないで……まぁ……正直気味が悪いんでしょうね……何処か一定の距離があるんですよ……」
そんな僕の言葉に。
「………喜べ、少年……天才は変人が多いと聞く」
そんな慰めにならぬ言葉を返す。
「ナギリです……」
そう唐突に目の前の女に告げる。
「ん……どうした?」
女は不思議そうに尋ねる。
「……いや、その少年って……」
見つめられた目線を反らし、彼女の足元に目元を落とす。
白衣の奥に短いタイトスカート、そこからあらわになるパンスト越しの太ももに思わず目が行く。
「……どうした、スケベな少年?」
そう言い直される。
「……いや……ずっと少年って呼ばれてるんで……僕の名前……」
目線を彼女から反らしそう言い直す。
「……なるほど、私はミナヅキ ハルカだ」
そう女も名乗る。
「……時に少年、アニメは好きか?」
またも唐突に話を切り出される。
「……まぁ、人並み以上には好きな方だと思いますが……」
そう答える。
「私もここ最近、はまっていてな……ああいったものからも教えられるものが多くある」
そう語る。
「……そうですね、僕も……特に良くも悪くも感情を揺さぶられるような……そんな展開の物語に出会えたとき……すっげぇ心が震えるんです……理不尽なほど悲しい結末とか……救いようのないようなバッドエンドとか……創り話だってわかってるのに……次の日の学業や仕事が手につかなくなるくらい……現実ですげぇブルーになるんですけど……そんな作品に多く触れたいと思うし……昔はそういった創作側にまわりたいと思ったんですけどね……」
少しだけ昔語りをする。
「……バットエンドが好きなのか?」
そんなハルカと名乗った女性の言葉に。
「別に……気持ちを揺さぶられるなら……熱い友情展開とか……感情を揺さぶられるような展開であればいいんですけどね、現実なんて理不尽で救いようの無いような展開の方が多いじゃないですか……物語って、そういう気持ちを美しく表現してくれているような気がするんです……」
そんな言葉に……
「まぁ……随分と捻くれている気はするが……」
そうハルカは返すが……
「そうですね……否定しません」
捻くれている……僕の人生は屁理屈と戯言の塊だ。
「ハルカさん……アンパンマンって知ってます?」
今度は僕が唐突に切り出す。
「……はぁ?あ…うん、詳しくはないけど」
さすがの彼女も戸惑ったように口を開く。
「まぁ……僕も本当に小さい頃……見た程度の知識なんですけど……」
そう前置きを置く。
「……あれを見るアニメって、誰もがピンチになって最後は勝利する主人公を応援しますよね?」
その言葉にあぁとハルカさんは頷く。
「僕がどれだけ捻くれてたかって言うと……小さいながらに僕は……ずっとばい菌男を応援していたんですよ」
その意味が読めないようにハルカさんはこちらを見ている。
「正しいものが勝つ……最後は正義が勝つんだってのは子供ながらにわかっているのに……本当に応援していたんですよね……」
そう語る。
「悪に憧れる的な意味か?」
そうハルカさんは尋ねるが……
僕は首を振ると……
「子供ながらに、ばい菌男の方が……目的のために努力を重ねてるように見えたんですよね……頑張る先は間違ってんだけどさ、アンパン男を倒すために……すっげぇ努力してるじゃないですか、アイツ……そんな努力の末、せっかく追い詰めてもさ……そんなアンパン男は特別なにかする訳でもなく、駆けつけた仲間に新しい頭を取替えてもらうだけで……いっつもそんな努力と頑張りが無駄になる……そんな展開がさ……許せなかった記憶がある」
そう昔の記憶を語る。
「子供ながらに……それを自分の人生と重ねていたのか?」
そうハルカさんは尋ねる。
「随分と気苦労した少年時代なんだな……少年」
結局名前を教えたがハルカさんの呼び方は変わらない。
「うむ、だが……少年、退屈しのぎにはそれなりに面白い話だったぞ」
そうハルカさんは言う。
てか、僕の人生相談はどうなったんだ?
「よかった……です」
というか、ただ……僕が友達居ないという発言しかしていない気もするが。
「では……少年、人生相談という存在をどう思う」
どう思うって……僕はその質問に少し戸惑いながらも。
「君と捻くれた言葉で……意見を聞きたい」
そうハルカさんは僕に言う。
「……人の助けになるとてもいい職業だと思います」
それは建て前。
「……でもその相談を受ける側に僕は少し疑問があります」
そう加える。
「ほぉ…」
そう興味深そうに身を乗り出す。
「僕もよく……いやな事、逃げたい事……あったときにインターネットとかで何かを調べたりするんですけど……」
そう僕はハルカさんへ告げる。
「……答えってすでに半分以上出てるんですよね……」
そう答える。
「……少し、後押しする言葉が欲しいというか……諦めたり、妥協するための都合の良い言葉を捜しているだけというか……」
ハルカさんは目を細め……聞いている。
「……多分、自分の求めていた答えに近ければ、その助言を聞くし、自分の求める逆の言葉であれば……悪い助言と解釈する……本当は最初から相談なんてする前に答えなんて決まってるんじゃないかなと思います」
そんな僕の答えに。
「実に、期待通りの捻くれた回答だったよ」
ハルカさんは頷きながら言った。
「……それじゃ、そろそろ帰りますね」
そう僕はソファから立ち上がる。
「……そっか」
そのハルカさんの言葉は少しだけ寂しそうにも聞こえた。
「また、ログインするのか?」
そうハルカさんは尋ねるが……
「……入っても、友達居ませんから」
その僕の返しに小さな声でだろうな…と返す。
「だから、また……ここ来てもいいですか?」
その言葉に少しだけ驚いたようにハルカさんが反応する。
「……せかっく無料なのに、まだ、僕の相談……乗ってもらってないですし」
僕がそう言うと。
「……暇なら、ここの鍵を開けておく、その時なら入ってきてもいいぞ」
そうハルカさんの答えを聞き、僕はログアウトする。
・
・
・
それが、僕とハルカさんの出会い。
そして、今日も僕は彼女に会いに行く。
でも……まだ、水無月さんは僕の相談に乗ってくれていない。
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