第44話「ルーベル強襲作戦会議」

 24時間前。

ルーベル平原南東。


 「『略奪』を殺す?」


 「ええ」


 寝転がったまま首を傾げるサリーに、どこか遠くを見ながら頷く魔法使い、アカ。

サリーの隣には黒髪の少女、ユキがちょこんと座り込んでいた。少し離れたところでは例の老人が、岩の上で眠りについている。


 「今回の強襲、1番の目的は『略奪の魔法使い』パライソ・ハイデンオードルの殺害です。」


 「殺害ねえ……ちな、理由とかある?」


 「ええ、もちろん」


 あまり気乗りしていない様子のサリーに、アカは言い聞かせるようにして語り始めた。ユキは一見するとボーっとしているだけのようだが、目線はアカのほうへ向いているため、一応聞いてはいるらしい。


 「私たちの計画において、もっとも重要な鍵となるのは何だと思いますか?」


 「知らね」


 「……魔法使い?」


 言い捨てるサリーに対し、ユキは首をかしげ抑揚のない声で返答する。それに対しアカは、無い首を左右に振りながら答えを告げた。


 「もちろん魔法使いも大事なピースですが、何より重要なのは魔術です。兵器でも生物でも、それを使うには魔術がいりますし、私たちの計画には常に魔術が付きまといます」


 「ああそういう……まあ、そりゃそうだわな」


 「魔術……」


 それぞれ納得した様子を見せるサリーとユキ。片や無関心、片や無表情であるため、傍から見ればそうは見えないかもしれない。

アカはそれに構わず話を続ける。


 「そして、略奪の魔法使いについてですが……彼の主導権魔法は簒奪魔法。他人が発動中の魔術式を強制解除することができます。効果範囲は彼の半径10~15メートル圏内です」


 「……条件は?」


 「なしです。主導権魔法なので魔力はいらず、ほかの代償も必要ありません」


 「…………マジ?」


 上体を起こしてポツリと呟くサリー。顔にはひきつった笑いが張り付いていた。無表情のユキですら、僅かだが目を丸くして驚いている。

アカは先ほどまでより声のトーンを落として再び話し始める。


 「もうお分かりになったと思いますが、略奪の魔法使いの存在は、我々にとって大きな障害になります。今回のように戦力を大きく動員し、綿密な計画を練ってでも排除しなければならない存在です」


 「……ジジイを代償魔術式に使うってのは、そういうことか」


 「ええ。それだけの価値が、彼にはあります」


 納得した様子のサリー。アカはふと、急に黙り込んだユキのほうへ視線を向ける。

表情は変わらない。

それでもどこか、感情が揺れ動いたように感じる。


 「ユキ、大丈夫ですか?」


 「……うん」


 なんでもない、と言うように、ユキは首を縦に振る。

些細な、本当に些細な感情の揺れだったが、アカはそれを見逃さながった。

(……気負わせてしまったでしょうか)

本来なら、ユキはこの作戦に参加させるべきではなかった。だが作戦の性質上、ユキの力は必ず必要になる。

ユキには申し訳ないが、今回は頑張ってもらうしかない。


 「ねえ、アカ」


 「ん、なんでしょう」


 ユキが声を上げて呼びかける。先ほどの感情の揺れは、アカからはもう確認できなくなっていた。


 「略奪の魔法使いさんは、魔術を消すって言った。呪いも消せるの?」


 「あー……いえ、魔術式そのものがその場にないといけないので、難しいと思います。そもそも、彼は私と同じ幻霊……体が炎で実体がないので、触れることはできませんね」


 「……そう」


 先ほどと同じ、いや、今度は先ほど以上にはっきりと感情が現れた。無表情の裏に、失望の顔が見て取れるようだ。

少なくとも、アカはそう感じた。


 「……なので、今回は略奪の魔法使いを殺害……最低でも、簒奪魔法を封印しなけでばなりません。代償魔術式で魔力核呪殺結界式を使えば、ほぼノータイムで彼を捕らえられるでしょう」


 「はその後の時間稼ぎってわけか……ハハ、大盤振る舞いだな」


 乾いた笑いを吐くサリー。

アカも過剰戦力かもしれないと感じてはいるが、今回は相手が相手だ。やりすぎくらいがちょうどいい。


 「殺さなきゃいけないの?」


 「はい?」


 突然の呼びかけにアカはわずかに面食らう。

ユキが、首をかしげて問いかけていた。純粋に疑問を抱いたようだ。


 「封印するだけじゃダメなの?」


 「……封印するだけでは、いずれ解除されてしまう可能性があります。だからまずは強制封印で簒奪魔法を抑え、そのあと呪殺式で殺すんです」


 「ああ、なるほど」


 ユキは納得した様子で首を引っ込める。

アカもそれを考えなかったわけではない。

そのうえで、殺すことを決めた。

甘さは捨てる。そう決めたのだ。


 「…………」


 その問答を、サリーは再び体を芝生に投げ出しながら眺めていた。なんとなくだが、アカが無理をしているように感じる。

(魔法使いを殺す、か)

笑えない。

だが、これは冗談ではない。

サリーはこれから始まる、争いの顛末を思い描いていた。





 「このままじゃ、パライソさんが殺される……!」


(気づかれたか)

サラの発言に眉をひそめ、軽く舌打ちをするサリー。

これからのサラ達の行動次第では、サリーは作戦からズレた行動をとらなければならない。魔力核呪殺結界式が完了するまで、彼らを抑えるのがサリーの役目だからだ。

(さ、これを耐えりゃ終わりだ)

終わり。

この戦いは終わりだ。

すぐに次がやってくる。

サリーは僅かに、誰にも気づかれないほど僅かにニヤリと笑う。

その笑みの意味は、まだ誰も知らない。

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