第43話「強襲目的」

 数十秒前。


 「ハハハ」


 サリーは乾いた笑い声を上げて飛び回っていた。

押し寄せる氷結の壁。その上を滑るように移動しているロメリアを、視界から逃さぬように凝視している。


 「ハハ……笑ってる場合じゃねえなこれ」


 飛来する数本の投擲剣を交わしつつ、避けきれなかったものを結界で受け流す。正面から受ければ一撃で割られてしまうため逸らすしかない。


交戦開始から十数秒。

レイが氷結魔術で大量の氷を発生させて足場や壁を作り、その氷を利用してロメリアが飛び回っていた。複雑に形成された氷の壁を、これまた複雑な軌道を描いてロメリアが移動し、不規則なリズムで攻撃を仕掛けてくる。

氷の発生源ではレイが地に手をついて氷結魔術を起動し、そんなレイをナナが結界で覆っていた。


(レイをサポートに回したか……プラスでナナに結界を任せて、レイの負担を軽くしてると……連携は思ったより取れてんな。それと、サラは……)


 ナナの背後。

対結界ライフルを組み立て、こちらに銃口を向けているサラの姿がある。こちら、というか、正確には周りのローブの男達に狙いをつけているようだ。

その長すぎる銃身にサラは釣り合っていないはずだが、引き金を握りしめるその姿は妙に様になっていた。サリーはそれを見て思わずニヤリと笑う。


 (さすが。こりゃ、何人か死ぬな)


 宙を舞いながらほくそ笑み、ヒラリと蝶のように地面へ降り立つ。それを狙って投擲剣が飛来するが、辿り着く前にサリーはバックステップで後退する。

攻撃は届かない。





 「ナナ、上!」


 「は、はいです!」


 サラの掛け声に反応し、ナナは咄嗟に結界の向きをねじ曲げる。頭上に結界が貼り直された途端、雨のように大量の魔弾が降り注いだ。

炸裂音が響くが、結界は割れていない。

ナナが険しい表情で悲痛な声を上げる。


 「そ、そろそろ、防ぎきれないかもです!」


 「大丈夫。いったん間ができるから、そのうちに回復お願い。レイ、氷結と同時に落雷、10秒後に小規模でいいから落として。でっかい人の上、間隔を開けて3、4発。あ、ナナ、前来るよ」


 「ちょ、早いです早いです」


 「う、うん、分かった」


 テキパキと指示を飛ばしながら、サラはライフルに取り付けてあるレンズらしきものを覗き込んでいる。

そしてレイは落雷魔術でローブの男達めがけて電撃を放つ。それと同時に対結界ライフルが火を吹き、ローブの男達のうち一人を

(…………)

レイはその光景に眉をひそめながら頭を振った。

ナナは焦りながらもサラに指示されたことを的確にこなしている。レイもミスが無いように、余計なことは考えず指示されたことをなぞっていく。

(今は余計なこと考えてないで、この場を乗り越えないと)

自分の感情を優先している場合ではない。

仲間を一人も死なせないために、死力を尽くさねば。


 「レイ、デカイの来る! 耐熱と耐電、50以上で同時に貼って! ナナは正面に物理で!」


 「分かった」「はいです!」


 レイは言われた通り、耐熱結界と耐電結界を重ね合わせて展開した。そこにナナの通常結界が合わさり、色彩がうごめく結界が形成される。

それに合わせ、正面から広範囲に熱線が放たれた。熱線は氷結の壁に大穴を開け、一直線に結界へ飛来する。そのまま結界に衝突した熱線は、金属を叩いたような音を上げて一気に消滅していく。

なんとか防ぎきった。


 「え、今のヤバくないです? もっかい来たら防げないんじゃ」


 ナナは困惑しながら再び結界を展開する。

たった今打ち消した熱線は、結界に衝突する前に地面を抉っていた。大柄な男とレイたちの間に巨大な縦状のクレーターが出来上がっている。


 「結界の相性を合わせていけばなんとかなるよ。ナナ、右」


 「わ、あわ、危な……」


 気が逸れていたナナは慌てて結界を貼り直し、右前方からの魔弾を防ぐ。小さな魔弾だったせいか、結界に触れると小さく音を立てて消滅した。

そこへロメリアが、氷結の壁を足場にして飛び回りながら戻ってくる。どうやら熱線砲撃時は壁の隅の方へ退却していたらしい。

サラが敵軍を凝視しながら、ロメリア達にしか聞こえないように小声で問いかける。


 「ロメリア、どんな感じ?」


 「今のままじゃ、難しいです……あの、あのおっきい人の攻撃がなければ、行けるかも……」


 たどたどしくも、冷静に状況報告を行うロメリア。

それを聞いて、サラは氷結の壁に空いた大穴の向こうを除く。熱戦の発生源から、大柄の男の苛立った声が聞こえた。


 「71を防がれただと……!? クソ、どんな魔力量だあのガキ……!」


 「71……?」


 大柄の男の言葉に、ロメリアが眉をひそめる。

何かの暗号だろうか。魔術を番号で読んでいるのか。

それとも、まさか。

ロメリアの脳裏にある可能性が浮かび上がる。


 「……サラさん。71って、なんですか……?」


 「……代償魔術式に使った人の、だよ」


 それを聞いて、ロメリアの瞳が大きく見開く。

レイは俯き、ナナは首を傾げていた。


 「年齢って、なにか関係あるのです?」


 「代償魔術式は、使。だから、さっきは71歳の人の命を使って────ロメリア?」


 ロメリアの脳内が真っ白に染まる。

レイのように、人殺しが恐ろしかった訳ではない。その程度何度も見てきたし、

そんな恐怖はとうの昔に捨てた。

ただ、ロメリアは思い出していたのだ。

先程パライソと共に交戦していたときに見た、あの老人の姿を。その違和感を。

あの人は、きっと。


 「──サラさん。代償魔術式って、人間以外の生き物……異形とかでも、代償にできますか」


 「ん、できるけど……」


 サラは答えながらも不思議そうにロメリアを見つめる。そしてその表情を見て、嫌な予感を覚えた。

マズい。

ロメリアの顔に、そう書いてある。


 「……たぶん今、この平原に──500歳以上の人が、来てます」


 「!」


 それを聞いたサラが目を見開いたと同時。

恐らく今パライソがいるであろう方角から、天へ向けて赤い光が放たれた。

赤い光は一瞬で消え去ったが、その衝撃で辺り一体の芝生を風がざわつかせる。


なにか、大きな魔術が使われたような──


 「い、今のは……?」


 「ビックリしたです……」


 レイとナナがそれぞれ戸惑った表情を見せる。

何が起きたかロメリアにも分からなかったが、それでも直感が「マズい」と告げている。

そしてそれは当たっていた。

先程まで冷静だったサラが、遠くで放たれた光を見て息を呑む。


 「──呪殺式、魔力核呪殺結界式だ、ヤバい」


 「じゅ……え?」


 聞き取れなかった様子のナナが疑問符を浮かべる。

しかしその禍々しい単語を聞いたことがあったロメリアとレイは、同時に表情に緊張が走る。


 「アレはヤバい──このままじゃ、パライソさんが殺される──!」

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