第42話「一人じゃない」

 「ククク、ハハハハハハ!」


 「ふぅ、危ない危ない」


 けたたましい笑い声をあげるパライソ。

それに対し、老人は余裕を欠いている様子だ。


 ルーベル平原某所。

パライソは現在、襲撃者の一員である謎の老人と交戦していた。共に戦っていたはずのロメリア達が消えているが、どうやら交戦中に移動したらしい。ロメリアは広く使ったほうが戦いやすいのだ。


 「魔術禁止の縛りプレイで魔法使いとタイマン。ワシ結構無理やらされてるのう」


 「ハハハ、それを理解して挑んできたのだろう? ならば俺は全力で応えるのみよ!」


 「そういうのいいわい」


 お互いに冗談を言い合う二人。

しかしパライソは内心、この状況を分析していた。現状では敵の目的が何なのか一切分からない。レイが降格魔術を解きに向かってからしばらく経ったが、未だこの恐ろしい倍率を保っている降格魔術に変化はなかった。ほかにも刺客がいて、その相手に手間取っているということだ。

(俺も向かうべきか……だがこいつを放っておく訳にもいかん……手詰まりだな)


 「のう、魔法使い。おぬしは魔導教をどう思っておるのじゃ?」


 「……なんだ、時間稼ぎか?」


 「おぬしがそう思うならそうかもしれんが、これはワシが聞きたいことじゃ」


 老人は先ほどまでのひょうきんな口調が抜け、声を落として問いかけていた。パライソは若干警戒するも、特に考える間もなく返答する。


 「一言でいうならゴミ溜めだな。それを聞いてどうするんだ?」


 「……いや、ならよい」


 老人は小さくため息をつくと、杖で地をついて姿勢を正す。

そしてしわだらけの顔を上げ、しぼんだ瞳にまっすぐパライソを捉えて言う。


 「ワシは今のままで良いとは思わぬ。だから動いた。だから自らを使いにきた。それを否定し、現状を維持することがおぬしの意思なら、ワシらは魔導教だけでなく、おぬしらにも敵対する」


 「…………」


 「おぬしはその道を、選ぶのか」


 老人が語り終えると同時に。

突風が、あたりを吹き荒らす風が訪れる。


唐突な出来事にパライソは一瞬焦るが、すぐに状況を把握して臨戦態勢をとる。先ほど老人が言っていた「アカ」という何者かが、ここへ到着したのだ。

恐らく加勢しに現れたのだろう。老人一人の相手をするのは苦ではなかったが、二人同時となると話は変わってくる。アカという者の実力次第では撤退も視野に入れなければならない。

そう思い加勢者を確認しようとして、パライソの全身が硬直する。


 「────っ」


 「やあ、パライソ」


 白いシルクハットに白い燕尾服。

そしてそれらを纏う、赤々と燃える穏やかな炎。

パライソは知っていた。

その異形を知っていたのだ。


 「アルフ──」


 「お久しぶりです。さっそくですが、これでお別れですね」


 言うが早いか、アカの全身から赤黒い魔力が大量に放出された。まるで煙があふれ出したかのように、アカの周囲が赤黒く染まっていく。靄がかかったように、アカの姿が隠れていく。

異様な光景と突然の再会を前に、パライソは一歩後ずさった。赤黒い霧はその範囲を広げていく。

(っ、まずい──)

だが、赤黒い霧はパライソのもとへ届くことなく。


 切断。


腹が切断される。

 

 「な、に……?」


 パライソは目の前の光景に釘付けになる。

アカの周りに漂う赤黒い霧が凝縮され、老人の腹部を切りつけたのだ。傷口は深く、深紅色の鮮血があふれ出す。

だというのに、老人は気にも留めていない。いや、険しい顔つきで痛がっているようだが、切られたことに驚いている様子はないのだ。まるで、事前からこうすると分かっていたかのように。


 「ありがとうございました」


 「……おう。ユキを、頼んだぞ」


 「ええ」


 アカと短く言葉を交わすと、老人は満足した様子で、ゆっくりと瞼を下す。

その様子を見ていたパライソはある魔術を思い出した。


 「逃げろ!」


 どこからか怒鳴り声がして、パライソは困惑したまま青い顔を上げる。

芝生の海を荒らして飛行しながら、アラスターが険しい顔つきで呼びかけてきていた。

普段落ち着いているアラスターが、焦り顔で怒鳴り声をあげている。


 「その老人は500だ、代償魔術式が来るぞ!」


 「なっ──」


 状況を理解したパライソ。

だがそれより早くアカは動いていた。

アカの指先から黒い泥が溢れ出す。

そしてその泥が、僅かに息のある老人を飲み込んでいく。


 「さようなら、パライソ」


 意識が沸騰する直前。パライソの無い耳に、アカの言葉が小さく入る。感情の籠もらない低い声。


 「────ク、ハハハハ、無理しやがって」


それを最後に、パライソは意識を失った。





 「っ、間に合わんか……!」


 アラスターは全力を持ってこの場に駆けつけた。

だが、一歩遅かったようだ。


芝生の地面に倒れ込んだパライソの周りに、ドーム状の赤い結界が形成されている。半径は2メートル程であり、アカはそのドームを守るように立っていた。

通す気はないらしい。


 「もう遅いですよ」


 「アルフレッド!」


 怒鳴りつけると同時に、自らの周囲に魔力を広げるアラスター。そしてその魔力から攻撃系統の魔術を多数展開し、パライソを覆う赤い結界をめがけて砲撃する。

アカは赤黒い霧を発生させ、盾のようにしてそれらを防いだ。


 「だから、もうパライソは死んで──」


 「ブラフ下手くそか」


 諦めさせようとしてくるアカに対し、アラスターは攻撃魔術の砲門数を増やしながら遮る。


 「いくら代償魔術式でも、降格魔術下で魔力核呪殺結界式がこんな早く機能するわけないだろう。最低でも5分以上かかるはずだ」


 「……知ってるんですね。やっぱり詳しいじゃないですか」


 ブラフをアラスターに見破られ、少し残念そうにしているアカ。それでも赤黒い霧を展開する手は止めず、アラスターは中々それを打ち破れない。


 「ですが、知っていたところで間に合いません。あなただけの攻撃なら、私は防いでみせますとも」


 「……さっきも言ったが、私は一人では無い」


 アラスターの脳裏に彼らの姿が浮かび上がる。今も平原のどこかで戦っている仲間達。

そうだ。

アラスター・ユークレイスは一人ではない。


 「ええ。そして──」


 アカが呟いたその時。

再び、天が割れる。

爆撃機が平原に入ってきた時のように、結界が、侵入を許す。

(なんだ……?)

アラスターは攻撃の手を止め、目を細めて音のした方を見上げる。

そして、大きく目を見開いた。


 「…………は?」


 「──私も、一人ではありません」

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