第41話「夜明けは遠く」
「くっ……!」
アルスは一人、降り注ぐ爆雷と交戦していた。
アリエルとリッキーにはノエルの看護を頼んでいる。普段から生き物達の世話をしているだけあって、最低限の医療知識が彼らにはあった。だがそれも最低限、重症のノエルを治療するすべなど持っていない。
そんな彼らを守るように、アルスは今も降り注いでいる爆弾を撃ち落とす。持っていたナイフ、落ちていた爆撃機の残骸。
だが爆弾を撃ち落とせても、爆撃機本体までは届かない。
「このままじゃ……!」
いずれ防ぎきれなくなる。
その前に場所を変えるか。アルスなら3人を抱えて走ることはできる。着弾の密度が低いところまで移動すれば、爆弾を防ぎきれるかもしれない。
だが、重症のノエルを移動させていいものだろうか。
無理やり動かして傷口が開いたら?
その不安がアルスの判断を鈍らせる。
「っ……そんな……」
そこへ、もう1機の爆撃機が飛来する。
1機から降る爆弾への対応だけでも手一杯だったというのに、その2倍。
(無理だ)
即座にそう判断し、ノエルたち3人の元へ駆け寄る。爆撃機はすぐそこまで迫っており、時間がない。
「逃げるよ!」
「う、うん」「アルス……」
困惑した表情のアリエルとリッキーを両脇に抱きかかえた。
そしてノエルを背負おうと膝をついた時、抱えられたアリエルが焦り声を上げる。
「こ、こっち来る……!」
「えっ……」
振り返った時、爆撃機はすでに目と鼻の先だった。
新たにやってきた爆撃機は爆弾を降らせることなく、そのままこちらに突っ込んで特攻してきたのだ。
これを防ぐすべを、アルスは持たない。
「やば────」
手を打つ間もなく、爆撃機は轟音を響かせて爆発する。金属を金属で殴りつけたような音がして、あたりは硝煙に支配された。
しかし、音が聞こえている。
アルスは生きていたのだ。
「……けほっ、どう、なって……?」
咳き込むと同時にうっすらとまぶたを開く。
硝煙が立ち込める中、だんだんと開けていく視界にそれは映った。半透明の巨大な壁。
結界だ。
「! の、ノエルお兄ちゃん!」
「……はぁ、はぁ」
アルスは振り返って、右手を突き出しているノエルの元へ駆け寄る。ノエルはアリエルとリッキーに支えられ、なんとか上体を起こせているが、右手以外はほとんど動かないらしい。
結界を張って、アルスたちを守ってくれたのだ。
「け、怪我がまだ……!」
「……ダイジョーブ、だよ。ちょっと、痛いけど、これくらいは……」
そう言ってニコリと笑うノエル。頭部を中心に巻かれている包帯には、あちこちに血跡が滲んでいた。医療に疎いアルスでも、ノエルが無理をしていることくらいは分かる。
「動いちゃダメだよ、ノエルお兄ちゃん!」
「ぼくはいいから……アルス……」
結界を解かぬまま、僅かに開いている右目をアルスに向けるノエル。左目は剥がれかけた包帯に隠されて容態が分かりにくい。
ノエルは呼吸を整え、たどたどしい口調で話す。
「ふたりは……ぼくがまもる、から……アルスは……パライソのところに……」
「い、いや、そんな状態で置いてけないよ……!」
アルスは息絶え絶え、呼吸が乱れているノエルを諭す。とても動けるような状態ではないだろうに、ノエルは考えを改めない。
「たすけに、いって……まだ、まにあう……」
「え……?」
ノエルの言葉を聞いて、アルスは大きく目を見開いた。そんなはずはないと、言い切ることはできない。
「あのひとたちの……もくてきは……」
「……来ましたね」
ルーベル平原某所。
アカは芝生を散らしながら、地面スレスレの低空飛行で移動していた。足裏から魔力を放出し、ジェット機の容量で滑っている。
上空を見上げて呟きながら、アカはこれから起こるであろう顛末を思い浮かべていた。
(問題はありません。ええ、きっと)
誰かに、もしくは自分に言い聞かせるように脳内で呟く。ここまで何も問題はなかった。なら心配する必要はない。
ふと脳裏に、先程アラスターと一緒にいた銀髪の少女(?)の顔が浮かび上がる。確かアルスという子だ。強化式使いがいるとは想定外だった。
だが、あのレベルなら、これも問題にならない。
(もしあの子以上の強化式使いがいるとしたら……いや)
少々の不安が胸をよぎるが、呼吸を整えて冷静を装う。
もしいたとしても、
目的は達成される。それでアラスターの気が少しでも変われば万々歳だ。これから先は、協力して動くこともあるかもしれない。その観点からみればこの作戦は穴が多いが、それも致し方ない。
もうここまで来たのだから、今更やめる訳にはいかない。
(……始めましょう)
自分は辞める言い訳を探しているのだと、内心では理解していた。だが、これは私情を交えて良い問題ではない。何を犠牲にしようと、達成されなければならない事だ。
物思いにふけりつつも、アカは視覚を広げる魔術で進行方向を確認する。ぼんやりとだが、遠方で交戦中のパライソと老人の姿をとらえた。
参戦する準備をして、彼らのもとへ向かっていく。
今は夜。星のない夜。
それを越えるため、アカは闇を駆けていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます