第40話「思考放棄」
「あと、12人」
硝煙をなびかせる銃口を、片手で持ち上げて突きつけるサラ。その瞳は揺らぐことなくまっすぐに前を向いている。
レイが動けずに固まっていると、頭を掻いていたサリーが静けさを打ち破った。
「……あー、そういやそうだったか……まいったな」
意味の分からないことを呟いているサリーに対し、大柄の男は目の前で撃ち抜かれた男を凝視して混乱していた。
「何故……? サラ・クラウリーに戦闘経験があるとは聞いていませんが……」
困惑した声で、座り込んだままサリーを見上げる大柄の男。見上げると言っても、大柄な男は座ったままでもサリーとあまり変わらない目線だ。
サリーは若干目を細め、あまり気にしていない、という声色で答える。
「ああ、こりゃ俺のミスだな……もう使えねえの?」
「使う前に死んでしまいましたから……残念だ、貴重な被験体が……」
本当に悲しんでいるかのような声で宣う男。殺された事、というより、残弾が減った事を嘆いているようだったが。
そんなやり取りを前に、未だ身体が固まり動けずにいるレイ。ナナは後ろで、レイほどではないが困惑している。
サラはそんなレイを見ながら頭の中で策を練る。
(この方法なら私の銃でも届く……レイには爆炎、いや閃光魔術と合わせて陽動を……)
「レイ、いい?」
「……え?」
サラに呼びかけられ、焦点が合わない瞳を向けるレイ。そんなレイの異常に気づかず、サラは自分の策を伝える。
「あの人の主戦力は、たぶん代償魔術式だけ。だから周りの人たちを、
「……え?」
サラが何を言っているのか、レイには分からない。
いや、そもそもこの子は、本当にサラなのか。
それすらも分からない。
「れ、レイ、大丈夫です?」
「……ナナ」
振り返ると、後ろにいたナナがレイの方へ近づいてきていた。彼女も青ざめてはいるが、意識ははっきりしているようだ。
ロメリアは投擲剣を構えてはいるが、横目でこちらを凝視していた。表情を見るにこちらを心配してくれているらしい。
そんな彼女達を見て僅かに視界が開けたレイは、小さく頷いてサラの方へ目線を戻した。
そして真っ白になっている頭を放置し、再び喉を震わせて声を発する。
「……サラ。僕は、何をすればいい?」
「レイ?」
サラが異変を感じ取ったようだったが、レイは構わず続ける。
「僕は分からない。どうすればいいか、教えてほしい」
心の底から、今の本音を伝える。
今何が起きているのか、何をすれば正しいのか。レイに分かるのは、「今の自分にはその判断がつかない」という事だけだ。
だから、人に頼る。
判断ができるサラに任せる。
それが正しい。
「……うん、分かった。とりあえず、ナナと協力して結界を作って……」
サラはレイとナナ、ロメリアに聞こえるように、同時にサリー達には聞こえないように指示を始める。レイは未だ焦点が合わない瞳で、ノイズが走る耳でそれを聞いていた。
今は自分で考えられない。
なら、考えない方がいい。
「……あのガキ共、貴重な被験体をゴミにしやがって……」
「まあ落ち着けって」
歯ぎしりをする大柄な男を、サリーは目もくれずになだめていた。やはり代償魔術式にはさほど興味がないらしく、遠目にサラたちを眺めている。
「俺たちはレイを抑えるのが役目だ。なんかあの銀髪……ロメリアって子もやべえから、それも抑えとかなきゃなんねえ。向こうから来ないなら仕掛けないほうがいい」
サリーに諭され、徐々に呼吸を落ち着かせて鎮まる大柄な男。顔が見えていれば、さぞ悔しそうな表情を浮かべている事だろう。
「くぅ……分かりました。おい、グズ共!」
「ひ、ひぃ……」「お許しを……!」
大柄な男の怒鳴り声に、周りの男達は慌てふためく。今まで腰を抜かしていたのか、誰一人として逃げ出してはいなかった。逃げられなかったのかもしれない。
「逃げるんじゃないぞ。逃げたらその場で叩き殺してやる……」
「は、はい……!」「そんな……」
悲痛な声を上げる男達。
そんな彼らを一瞥して、サリーは頭を回していた。このまま時間が来るまで耐えきる事ができればよいが、そう上手くは行かないだろう。
ふと、部下に当たり散らかしている大柄な男に目を向けた。ローブ越しだというのに、頭に血を上らせているのが伝わってくる。
(魔導教徒らしいヤロウだ……よくこんなん雇ったなアイツ……)
若干軽蔑の色を混ぜて男を眺める。我儘が通らず喚いている子供のようだと思った。サリーは自分も
あまり気にしないことにして、アカがいるであろう方角を見据える。夜闇に加え霧が立ち込めており、少しでも離れればここを見失ってしまいそうだ。
「…………あ」
突如、サリーは何かを感じ取る。
見据えていた方角から魔力の振動が波打った。
間違いない。
(終わって、はないな……あと少しか……)
「っし、間に合いそうだな」
一安心して呼吸を落ち着かせる。
そしてそのまま、サラ達の様子を確認しようとして、
「……うわ」
その姿に表情を曇らせる。
結界を大きく展開させるナナ。
その背後で対結界ライフルを装填するサラ。
両手を地面につけて魔力を滾らせるレイ。
そして彼らの前に立ち、投擲剣を構えるロメリア。
「なんか仕掛ける気だな……?」
陣形を組む4人を前に、サリーは目を細め警戒を強める。それに揃って大柄な男は立ち上がり、片手を上げて魔術式を組み始めた。唸りに近い声を上げ、頭に血を上らせている。
サラは細長い銃身を肩に載せ、大柄な男に向けて静かに呟いた。
「じゃあ、いくよ」
「はい」
「はいです」
「……うん」
ロメリアとナナがそれぞれの調子で合図を返すが、レイだけはまだ本調子ではないようだ。
それも計算に入れてサラは動き出す。
開けない闇の中、弾けるような銃声が響いた。
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