第39話「動けない」
魔力。
通常、魔術を使用する際には一定量の魔力を必要とする。その必要量は使用する魔術によって変わるが、魔力が必要ない魔術、というのは、原則として主導権魔法以外にありえない。
しかし裏を返せば、必要量の魔力と技術さえあれば魔術が使える、という事でもある。
魔術とは、魔力という代償を糧に行われる技術。
ただ、例外は常に存在するもので──
「命……って、どういう事?」
「そのまんまだよ。あの人、爆炎魔術を使うために、魔力だけじゃなくて命も使ったんだ……!」
焼け焦げた芝生の上。
絶句して気が抜けているレイに対し、サラは焦りながらも冷静に相手を観察していた。何か読み取れる事象はないか、警戒を保ちつつ分析する。
「ハハハハ。今のを咄嗟に防ぐとは、やはり惜しいな。実に惜しい」
笑い声を上げながらも、どこか残念そうに宣う男。矛盾したその様子を見て、サラの脳内にある可能性が浮かぶ。
(代償魔術式なんて、そう何度も使えるもんじゃない……でもあの14人、いや残り13人を
「レイ」
「な、何?」
困惑が消えていないレイ。
サラはそんなレイに声をかけ、同じく困惑している様子の14人の男達に目を向ける。
「あのでっかい人、あの人だけちょっとやばい。たぶん周りの人達は銃弾の扱いみたい」
「…………」
「あ、いや分かんないか……つまり、周りの人達を魔術の材料に使ったって事で──」
(そんな……)
人の命を使う。
そんな日常とは程遠い、悪意極まる異常を目にする。命を材料としか思わないその思考が、レイには理解できなかった。
身体が動かない。
判断が鈍る。
「じゃ、じゃああの人、もう死……んじゃった、です?」
「そうだね……もう動いてない」
怯えた声で問うナナに答えるサラ。
そんな二人の会話を聞き流しながら、レイは頭を回そうとしていた。いや、回そうとしているだけで実際に働いてはいない。思考がまとまらない。
今、人が死んだ。
仲間に殺されて死んだのだ。
「……ど、どうすれば」
「レイ?」
ボソリと呟いたそれは誰にも届かなかった。サラが顔を覗かせているが、レイの視界には入っていない。
だから1段と喉を震わせ、今度は届くように問う。
「どうすれば、いい、サラ?」
やっとの思いで音を絞り出す。
寒くもないのに震えが止まらない。そんな腰を落とし、腕を掴む。焦点が合わない瞳を無理やりサラへと向ける。
助けを乞う。
「また
「うん。次も防ぐのは難しいと思うから、使われる前に周りの──」
サラが答え終わる前に状況は動いた。
ガンッ、という音がして。
はじめに降ってきたのは一本の剣だった。やけに刀身が細長く、柄のない真っ黒な剣。それが立て続けに3本地面に突き刺さり、辺りの芝生を散らせる。
そしてほぼ同時に、バックステップで後退してきたと思われる彼女が、足裏と剣先をブレーキにして地面を引きずった。
「ろ、ロメリア?」
「……すみません、押し切れませんでした……」
戸惑うレイに目線を向けず、自身が飛んできた方向を睨みつけるロメリア。
その目線の先、先程の爆炎で立ち込めている硝煙の中から、白髪をなびかせてサリーが現れた。
「しんど……まだ終わんねえの向こう……っと、なんじゃこりゃ」
疲れが見える、険しい表情で足を引きずっているサリー。爆炎魔術による焦げ跡や、大柄の男に殺された部下の遺体に気づいたようで、目を丸くして驚いていた。
そんなサリーに向け、不気味な笑い声を含みながら大柄の男が答える。
「私ですよ。いやはや、代償魔術式はやはり素晴らしい世界だ」
「ふーん。まあ、抑えとけりゃそれでいい……さっきも言ったが、間違っても殺すなよ」
「ええ、もちろん……」
顔が見えていれば歪んだ笑みを浮かべているであろう大柄の男。サリーは興味が全く無い様子で、視線すら合わせず大雑把に答えている。
「ロメリア、大丈夫?」
「は、はい、だいじょぶです。でもあの白い人、間合いが掴めなくて……」
緊急時だからか、挙動不審な口調が緩和されているロメリア。まだ人見知りが抜けきれていないが、以前までと違って会話ができた。
白い人ことサリーはというと、堂々と芝生に腰を下ろしている。本当に疲れているようで、腕を支えにして一息ついていた。戦闘中とは思えない。
ふと、殺された男の近くにいたローブの男が、後退りしながら震えた声を上げる。
「せ、セリムさんが……なんで……」
「おや、君もだよ青年」
「え──」
血飛沫が芝生を赤く染める。
どこから取り出したのか、先程と同様の細長い剣が突き刺さっていた。貫かれた男は抵抗する間もなく頭から地面に落ちる。
恐らくすぐに死なないよう急所は外していることだろう。
「さて、次は氷結……いや、雷撃を試してみるとしよう」
ブツブツ呟く大柄な男の指先からは、やはり黒い泥が発生していた。重力に逆らって死にかけの男を飲み込んでいく。
「……ぅう……あぁ、あ……」
一人目と全く同じ。
つまり、この後は──
「……また……」
間違いなく、攻撃がくる。
分かっているのに身体が動かない。
自分でも震えているのが分かる。恐れ、怯え、動けなくなっているのだと、脳では理解している。それでもこの指先をひらけない。
攻撃が恐ろしいのではなく、その手段が、過程が、異質なモノだと身体が拒絶する。
「ぁ……」
「22、か。いまいちだが、まあいい」
意味が分からない言葉を呟き、大柄の男は指先を上げる。
(動かなきゃ……またくる……)
レイは結界を張るために腕を上げようとする。
だが、上がらない。
(はやく……動け……間に合わなくなる……)
動かそうとするほど震えが止まらない。
(動け……動け……!)
「…………は?」
攻撃は放たれない。
最初に声を出したのは、大柄な男だった。
状況が理解できずに出した疑問か、理解できたからこその疑問か。
どちらにしても、大柄な男は想定していなかったのだろう。
サラの事をよく知っているはずのレイやナナですら、信じ難いこの状況に声も出せずに居るのだから。
それでも喉を震わせ、残っている空気を振り絞って、レイは音を発する。
「…………ぁ……?」
「……よし、当たった」
そう呟いたサラの視線の先。
サラの手に握られた拳銃が、泥に包まれた死にかけの男の頭部を
レイが問いかける間もなく、サラはレバーを引いてリロードする。
そして再び拳銃を構えた。
「あと、12人」
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