第38話「代償魔術式」
「ぐわぁあっ!」「があぁあ!」「く、クソが……」
「…………」
(弱い……?)
切りつけられ、吹き飛ばされ、地に叩きつけられるローブの男たち。陣形が崩れ、それぞれがバラバラに攻撃と防御を繰り返している。
対してレイはというと、戦闘開始時から一歩たりとも動いていなかった。右手を上げ、攻撃系統の魔術を無造作に放っていただけだ。傷どころか汚れ一つ付いていない。
だというのに、ローブの男たちに勝ち筋は見えない。
レイが放った爆炎を防ぎきれずに火傷を負っている者。発生した風圧に乗り飛ばされる者。空気の圧がのしかかり潰されかけている者。
小さな子供一人の力で、14人の男たちは手も足も出ていない。
(降格魔術を仕掛けたのはコイツらなハズだ……対策をしているかと思ってたけど……どういう事だ……?)
降格魔術の効果は、魔術の範囲内にいる生物全てに作用する。つまりレイ達だけでなく、目の前にいるローブの男達も魔術のレベルが下がっているのだ。
そんな事は百も承知だろうに、何も対策をしていないというのはおかしい。
「ふむ……本当に第8位階なのか……世も末だな……」
野太い声と共に、大柄なローブの男が現れる。
レイを警戒しているのか、のそりのそりと熊のような足取りだ。体長は2メートルを超えているようで、そこにいるだけで周りの空気を威圧している。ローブで姿が見えないため、本当に熊だと言われても納得してしまいそうだ。
そんな巨躯にも怯むことなく、レイは目を細めて口を開く。
「……そこを退いて。僕はなるべく戦いたくない」
「良い核だ。これは首尾よく進めば、あるいは……」
攻撃的な口調のレイを無視して、何やらブツブツ呟いている男。サラはよく自分の世界に入ってしまう事があるが、その時のサラの姿と重なって見える。とはいえ、外見にあまりにも大きな差があるのだが。
(なんだコイツ……構っている暇はないし……無理やり抜けるか……)
強行突破するために腰を落とし、体内に循環している魔力を足元に集中させ、魔術式を組み立てて吹っ飛ぶための態勢を整え──
「────なっ」
そのまま動きが止まる。
目の前の光景に釘付けになる。
「──た、隊長っ、なに、を──?」
14人のローブの男達のうち、大柄な男の近くにいた者が、細長い剣で
大柄の男に刺されたのだ。
(あいつ、部下を……?)
瞳孔を大きく開き、僅かに後退るレイ。
大柄な男は乱雑に剣を引き抜き、血飛沫を芝生へ打ちつける。腹を貫かれた男は膝を付き、血を吐き散らしながら倒れ込んだ。
「お前はここまでだな。残念だ」
「ぐ、ぁああ、がぁ……」
声色を落とし、無慈悲に言い放つ大柄の男。
そして倒れ込んだ男の頭部に手のひらを付けると、触れた指先から魔力が溢れ出す。
(何を、やっているんだ……?)
状況が理解できないまま、その場に固まってしまうレイ。理解できていないのは周りのローブの男達も同じなようで、それぞれの性格が伺えるように慌てふためいていた。
「た、隊長、何故セリムを!?」「何やってんすか、隊長!」「ま、まさか俺達も……?」
「静かに」
騒ぎ立てる男達を、小さく、それでいてよく通る声で一蹴する大柄な男。
そして握っている男の頭を持ち上げ、頭部を軸にしてぶら下げる。僅かに喘いでいるため、なんとかまだ生きているらしい。
「見たまえ。これが神代魔術学が残した至宝。契約大公がもたらした財宝。代償魔術式の神秘である」
声色を上げ、意気揚々と唄う大柄な男。
そして唄い終わると同時に、その指先から
そして、今にも息絶えようとしているローブの男に触れ、その身体を
「……ぁ……が、ぁあ……」
絞り出された悲鳴すらも掻き消して、男は黒い泥の中へと沈んでいく。
その紺色のローブが全て呑み込まれた、その時。
「レイ、下がって!」
「──!」
呼びかけられ、考えるより先に身体が動く。咄嗟に跳び退き、宙返りしてサラの目の前に降り立った。
それと同時に大柄の男が、黒い泥が溢れている指先をレイへと向ける。
「58、契約成立だ」
大柄な男は小さく呟き、レイに向けている指を軽く、本当に軽くゆっくりと振る。
「────あ」
その指先からは、爆炎魔術が放たれた。
レイは爆炎魔術をよく使うため、その性質はおおかた把握している。爆発する炎の波を放つ、破壊に特化した攻撃的な魔術。
降格魔術下では、レイの爆炎魔術は10メートル以上の飛距離を出すことができない。
だというのに。
「な、でか……!」
その猛火は、轟々と空気を食い尽くす。
こちらへ向かう炎の壁は、何倍にも膨れ上がって襲い来る。
レイが巨大ゴーレムを吹き飛ばした時の、大爆発によく似ていた。
「ぐ、くぅ……!」
レイは寸前で結界を展開するも、あまりの火力に押し潰されそうになる。芝生は燃え上がり、辺りは瞬く間に炎の海と化す。
それでもサラたちを燃やす訳には行かず、前に出て結界を押し出して防いだ。が、結界が不得意なレイにとって、その負担はあまりにも大きい。
レイは息切れしながらも二人へ呼びかける。
「……ふ、二人とも、無事!?」
「ふぁ、はいですっ」
ナナからは不安定な声が帰ってきたが、サラの返事が聞こえない。一瞬不安になりながらサラの方へ振り返る。
果たしてサラは無事だった。
だが、
「……サラ、どうしたの?」
サラの表情を捉え、レイは怪訝な顔つきを見せる。
目を細め、困ったような顔つきのサラ。
「……レイ、あの人ちょっとヤバいかも」
「ん……確かにすごく強い……降格魔術下でこんな……」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
話が見えて来ず、戸惑ったままのレイ。
そんなレイを見もせずに、大柄な男を凝視したままサラは呟く。
「あの人、
「……え?」
サラの呟きに、レイの動きが止まる。
発言の意味が理解できず、いや、理解できているからこそ言葉が詰まる。
サラは声を落として再び呟く。
「代償魔術の代償に、今殺した人の命を使ったんだ」
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