第37話「ズレ」

 「どうすれば……!」


 迫り来るローブ達を睨みつけ、サラ達の方へと後ずさるレイ。

このままでは15人、サリーを加えれば16人の大人達と交戦することになる。サリーだけなら対処は可能だろうが、この数が相手ではそれも不確かだ。周りの15人の実力次第ではレイに勝ち目はなくなる。

それだけでなく、こちらはサラとナナを庇いながら戦う必要がある。他人を守ることが不得意なレイにとって、この状況は絶望的と言えた。

(庇いながらは無理だ……今は撤退すべきか……? でも、きっともう時間が……!)


 「大丈夫だよ、レイ」


 「っ……」


 据わった声がして、レイは勢いよく振り返る。

よく知っている声のはずなのに、レイは声だけではその正体を看破できなかった。


 「……サラ?」


 まっすぐ敵を見つめ、堂々と立つその姿に戸惑いながらも。レイはサラの両手に握られたソレが何かを認識し、大きくその目を見開いていく。

背負っている鉄の筒を、レイはそれまで目に入れていなかった。両手のソレを認識したと同時に、サラが対結界ライフルを背負っていることに気づいたのだ。

大きさや形は違えど、ソレらはどちらも銃と呼ばれる代物である。


 「自分の身は守れるから、私達は気にせず戦って、レイ」


 サラは両手に一丁ずつ、同じような黒い拳銃を携えていた。どちらも銃身が30センチを超えており、とは勝手が違うようだ。刺々しいその姿は、平凡で可愛らしい少女でしかないサラに馴染んでいない。

サラは右手の方の拳銃を握りしめると、なんの躊躇もなく引き金に指をかける。


 「それ……いや、そんな……」


 レイは一歩退いた。

サリーや周りのローブ達からではなく、我が身を無意識に遠ざけた。

その時沸いた感情の名を、レイは理解できなかった。


 「? どうしたの、レイ」


 「……いや……大丈夫……」


 理解したくなかった。


 「あ、BR……しかも3式か? ってか、サラガチガチに武装してんな……」


 サリーが目を細くしてブツブツと呟いている。どうやらサラが手にしている銃を知っているようだ。

そして『ガチガチに武装』という台詞を聞き、レイは改めてサラが身につけているモノを確認する。前進のあちこちに、恐らく武器だと予想できる何かを身につけていた。腰回りには地味な配色の箱のようなモノや、小さな拳銃などがくっついている。足や腕にはベルトでナイフとおぼしき黒い板が固定されており、全身を装備品で固めていた。


 「武器だらけだ……」


 「これ、パライソさんが準備してくれたんだ。バッチリ練習したから、私も戦えるよ」


 「……そう、か。……うん、分かった」


 サリーから銃の照準を逸らさないまま、横目でレイに合図を送るサラ。レイは眉を下ろして僅かに苦い顔をしながら、再び正面へと向き直る。

(奴らの目的は僕たちを抑えること……なら、なるべく早く突破した方がいい……)


 「とりあえず俺が……するから……そっちを……あとは……」


 サリーはローブの男達に向け、大雑把に指示を飛ばしていた。小声だったためレイ達には聞き取れなかったが。


 「……って感じで、あとはアカが来るまで────わっと」


 サリーは再び、結界を展開しながら後退する、という防御法を取った。唐突な戦闘開始に戸惑ったのか、ローブの男達は対処が遅れる。


 「ロメリア、だっけ君? ホント速いな……」


 投擲剣で斬りかかってきたロメリアに対し、サリーはバックステップで後退する。ロメリアはどうやらサリー達の会話に耳を傾け、隙を伺っていたようだ。

その様子を確認したローブの男達は、一斉に散開してレイ達に近寄ってくる。真ん中の大柄な男のみ、後方からそれらを観察していた。恐らくリーダー格なのだろう。

(サラ達を守る必要がないなら、とりあえず僕だけでも強行突破すべきだ……幻覚結界式は衝撃を与えれば壊せるはず……)

レイは後ろへ振り返り、正反対の顔つきをしているサラとナナへ呼びかける。


 「……じゃあ、ナナを任せたよ、サラ」


 「うん、任された!」


 「……ぅぅ」


 目が据わっているサラに対し、ナナはサラの影に隠れ不安そうな顔色を浮かべる。当たり前のことだが、ナナは戦闘の経験など持ち合わせていないだろう。戦闘の光景をまのあたりにした事くらいはあるかもしれないが、少なくともナナ自身が戦った事などはないはずだ。怯えているのは当然と言える。

異常なのはサラの方だ。


 「第三小隊、これより鎮圧体制に入る。戦闘開始」


 「「了解」」


 大柄の男のかけ声で、ローブの男達が一斉に右手をレイ達の方へ向ける。つけている手袋には簡易的な魔法陣が刻まれていた。

(魔法陣、か? 特性が見えない……考えてもしょうがないか)

敵の様子をうかがいながら、レイは軽く息を吸い込む。そしてその空気を吐き出すと同時に、魔力を体内で収束させ、手のひらに空気の波紋が広がり……


 「砲撃開始」


 再び大柄な男のかけ声により、ローブの男達が一斉に動き出す。突き出した手のひらから緑色の光が蠢き、火炎放射のようにレイの元へ一直線に押し寄せる。その数14本。

レイも同じく右手を突き出し、手のひらを広げ──


 「なっ……」「そんな、ばかな……!」


 押し寄せた緑の光を全て受け止める。

形成された小さな結界に緑の光が衝突し、煙が霧散するようにほどけていった。レイはただ右手を上げ、なんの挙動もなく結界を形成しただけだ。衝撃の光景にローブの男達は思わず後ずさる。

レイは手のひら閉じ、今度は大きく魔力の渦を回転させる。

そして誰にも聞こえないほど、小さな声で呟いた。


 「サラには戦わせない……僕だけで突破するんだ……!」

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