第36話「扞格齟齬」
「そろそろですね」
「……?」
含みのある言い方をするアカを、怪訝そうな顔で睨みつけるアラスター。辺りは未だ暗いまま、何かが変化した様子はない。
アカと交戦中だったアラスターだが、攻撃をやめて静止したアカを警戒し、様子見として交戦を一時中断していた。先程までは積極的に攻撃してアラスターの足止めをしていたアカが、今は上空を見上げて立ち尽くしている。連られてアラスターも上空を見上げるが、これといって何か特異なものは見受けられない。
「何の事だ」
「こちらの話です。あなたは平原に居る皆さんの心配をしていてください」
話す気は無いらしい。
先程まではアカによる足止めを食らっていたため、キャロルの降格魔術を解除しに向かうことが出来なかった。だが今アカは攻撃を停止しており、離脱する隙は十分にあるだろう。
つまり、
(足止めの必要がなくなった……状況が変わったか)
「それとアラスター。もう離脱してもかまいませんよ。降格魔術を解きに行っても良いし、平原の外に出て外から攻撃しても良い」
「
相変わらず穏やかな口調のアカと相対的に、刺々しい声で睨むアラスター。アカの表情は読めないものの、顔があればアラスターと正反対の顔つきを見せていることだろう。
アカはない首を傾け、不思議そうな声で問う。
「? 分かっているでしょう。そもそもこれは、あなたから始まった事です」
「……」
「……いえ、今のは失言でしたね、申し訳ありません。あなたに非はない」
押し黙るアラスターに対し、発言を訂正するアカ。本当に詫びているようで、声色が一段大人しくなる。頭の炎もどことなく猛りが収まったようだ。
アラスターはため息をつくと、はっきりと言い聞かせるように語る。
「私は反対だ。この意見を変えることはない」
「……ですよね」
アカは小さく、本当に小さく呟くと、踵を返してどこかへ歩き出した。夜の帳の中、輝く炎を滾らせて進んでいく。
「今回の目的はそれだけか?」
「いえ、まだあるのですが……アラスター、今回は一旦お別れです」
「? どういう……」
確認する間もなく。
空気の圧、赤黒い魔力を撒き散らし、弾けるような音と共に、アカはその場から飛び立った。まるで瞬間移動でも行ったかのように、その白い影が掻き消えたのだ。
「っ……まずい」
事態を把握したアラスターは舌打ちを挟み、アカを追うために自らも飛び立つ。降格魔術の影響で、普段のように高速で動くことができない。
それに比べ、アカは降格魔術の影響を受けにくい魔法を使っている。普段のアラスターならともかく、今の状態でアカに追いつくのは難しい。
それでも普段のナナを超える速度で、アラスターはアカを追いかける。
(間に合うか……? いや、間に合ったとして、アイツの妨害ができるかどうか……)
空中を駆けながら、アカが飛んでいった方向を睨みつける。もう影も形も見えないが、吹っ飛んだ時の魔力の跡がまだ残っていた。今はそれを辿っていくしか、アカに辿り着く手段はない。
(まだ考えを変えないつもりか……アルフ……その先に何が待つか、分かっているはずだろう……)
「ロメリア!」
両手に爆撃機の残骸を抱え、こちらへと疾走してくるその姿に、サラは心から歓喜を覚える。時折響く爆撃機が地面を引きずる音に、レイ達もロメリアに気がついたようだ。
「なっ……でか、え?」
「こわっ……」
膨大な質量の接近に、レイとナナはそれぞれ困惑と恐怖を覚えている。
ロメリアは片腕で爆撃機の片翼を振り回すと、その勢いを殺さぬままサリーの方へ投げつけた。サリーは芝生の上を滑るように移動していたが、不可解な軌道で飛来する残骸に対応するため振り返る。
「っ……無理ゲーだろこれ……」
舌打ちをしながらも吹き飛んでくる残骸をかがんで回避し、態勢を整えるため立ち直ったその時──
「のわっ……!」
重ねて投げつけられた爆撃機本体の残骸が、避けようがないほど眼前に迫っていた。風圧の影響か、ひび割れた破片を撒き散らしている。
先程のように躱すことは出来ないため、正面からその質量を受け止める。最大出力で結界を貼り、後退しながら勢いを殺して──
「──っぶねー!」
結界に衝突したと同時に、残骸は衝撃と共に爆発音を響かせる。積んであった爆弾に引火したのか、過剰な量の爆発が連鎖し結界を一瞬で破壊してしまった。
とは言っても威力はさすがに軽減されており、サリーは後ろに跳ね退く事でなんとか爆発から逃れる。
辺りには広範囲に硝煙が立ち込め、レイ達からはサリーの姿が確認できない。
「ロメリア、すごいです……!」
「流石!」
驚くナナに歓声を上げるサラ。レイは一歩後退り、後方に宙返りしながら後退してこちらに駆け寄るロメリアに目を丸くしていた。
「だ、大丈夫、ですか?」
そう言ってオドオドと声をかけるロメリアの手には、いつの間にか数本の投擲剣が握られていた。たった今両手いっぱいの残骸を放り投げたばかりだと言うのに、その数の武装をいったいどこから取り出しているのか。
サラが笑顔を浮かべたまま近づいていく。
「うん、ロメリアこそ無事で良かった! パライソさんはどうしたの?」
「あ、っと、あっちの方で、戦ってます……」
ロメリアは自分がやってきた方角を指差して答える。暗くてよく見えないが、遠くの方で何かが光ったのが確認できた。
パライソとその敵対者が発した光だろう。
「痛ぇ……ちょっと加減してくれよ……」
「!」
レイは勢いよく振り返り、硝煙の中から響いた声の方へ目を凝らす。
硝煙を掻き分け、紺色のローブがゆっくりと歩いてくる。ローブのあちこちが焼け焦げて煤だらけになっていた。僅かにフラついたその影は、先程までと違う姿を見せる。
ロメリアは眉をひそめて残念そうに呟く。
「やっぱり、避けられた……」
「いや、しょうがないよ…………あ」
サリーから目を逸らさずに、ロメリアの肩を擦るサラ。それと同時にサラは、サリーの変化に気づく。
「焦げ付いてんなぁ……まあいいか」
煩わしそうに焦げ跡をはたくと、サリーは紺色のローブを破り捨てる。顔を覆い隠していた布がハラリと落ちて、その下と素顔が顕になる。
サラのイメージ通り、サリーは青年の姿だった。人間である確証はないが、仮に人間なら20代程度だろうと予想できる。紺色のローブの下からは、ローブの裾からチラチラ見えていた黒のコートを羽織っていた。サラやレイと同じ白髪で、顔つきも整った平凡な男だ。
先程の攻防で疲弊しているようで、目つきが沈み汗を浮かべているのが見える。
「これ呼んだ方がいいよな……もうアイツら準備出来てんのかな……」
何やらブツブツと呟いているサリーに対し、レイとロメリアは一歩前に出た。すぐにでも攻撃に移れるように態勢を整える。
「行くよロメリア、そっちに合わせる」
「はっ、はい、行きますっ」
低く腰を落とし、サリーに飛びかかるために両手の投擲剣を構え、サリーの挙動を捉えつつタイミングを見計らい──
「────あ」
「──まずい」
二日は同時に後退る。
サリーの背後。
先程サラが投げた小石を跳ね返した結界。
その中から、
サリーと同じように紺色のローブを纏った、大小様々な謎の影。それらがサリーの周りに近寄り、静かに整列を開始する。
その数15人。
「もう準備は良いのですか」
「いや。とりあえずアカが準備終わるまで、アイツらをなんとか抑えとかなきゃなんねぇ。あ、子供だからって油断すんなよ。あと殺すな」
「了解」
現れたローブ達のうち、特に大柄な男とコンタクトを取るサリー。会話を終えたローブ達は辺りに散開し、陣形を形成してレイ達へ詰め寄ってくる。
「なんだ、コイツら……!」
「ハァ……さて、第2ラウンドだな」
疲れた様子でため息をつきながら、サリーも静かに近づいてくる。
時間がない。
降格魔術を解くために、ここから離れるわけにはいかない。
「どうすれば……!」
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