第35話「藪蛇」

 「ふえぇ……これ……これ……!」


 「ナナ、ちょっと静かに」


 「ふぇえぇ……!」


 嫌悪感を露わにしながら声にならない悲鳴を上げるナナを、振り返りもせず諫めるサラ。ナナが狼狽えるのも無理はない。


 「テッコウニシキ……鼻が良いってホントだったんだね」


 レイは感心の声を上げながら、足下の蠢くソレを眺めていた。白い巨体をくねらせ、銀色の牙を輝かせる、青白い瞳の大蛇。

テッコウニシキだ。

サラ達は現在、テッコウニシキの頭部に乗せられていた。サラとレイは座っていたが、ナナは怯えているのか、サラの肩に掴まったまま浮き上がり足をつけようとしない。

鱗が硬く、外見以上にザラザラしているため、滑り落ちそうになることはなかった。しかしニョロニョロと身体全体を大きく揺らしながら移動しているため、座っていなければバランスを崩して転んでしまいそうだ。

サラは自らの足下、テッコウニシキの頭部を撫でながら説明する。


 「鉱石獣は鉱石を食べるからね。特にテッコウニシキみたいな蛇科の鉱石獣は鼻が良いから、鉱石の匂いに敏感なんだよ」


 「それで、この青い石の匂いを探してもらう訳だね」


 レイは手元のソレを眺めながら言う。僅かに黒みがかってはいるが、青く煌めく小さな宝石。

サラがキャロルから貰ったお守り、アイオライトだ。


 「うん。キャロルも同じのを持ってるはずだから。にしても……」


 サラは苦笑いを浮かべながら、肩に掴まっているナナを見上げる。完全にまぶたを閉じており、震えながら悲鳴を上げている。


 「ナナ、落ち着いて……」


 「き、気持ち悪いのです~!」


 レイが赤ん坊をあやすように宥めるが、ナナの耳には全く届かない。ナナが何かに怯えているのは珍しいことではないが、今回は普段以上に嫌悪感を覚えている様子だ。


 「ナナが蛇とか虫とか苦手なの、覚えてますです!?」


 「でもでも、この子大人しいし、キャロルを探すの手伝ってくれてるんだよ。めちゃくちゃ優しい子じゃん」


 「そういう問題じゃないのです~!」


 巨大な爬虫類相手に全く物怖じしないサラ。彼女にとって最も交渉が困難な生物は人間であるため、この程度の障害はものともしない。

サラは再び真剣な表情に戻ると、辺りを見回し始める。


 「さて、そろそろたどり着くはずなんだけど……あれ」


 「……ん?」


 足下の揺れが収まり、肌に吹き付ける風がパタリと止む。

テッコウニシキが停止したのだ。

蛇の表情などレイ達には分からないが、テッコウニシキは何やら前方を睨みつけているように見える。


 「止まった、です……?」


 「……ちょっと待ってね」


 困惑する二人を置いて、テッコウニシキの頭部から胴を伝い滑り降りるサラ。そのままその場にしゃがみ込むと、手のひらサイズの小さな小石を拾い上げた。

そしてその小石を、テッコウニシキが睨みつける方向へと放り投げる。


 「サラ、何を…………あ」


 レイはサラを呼び止めようとして、小石が起こした異常に気づいた。

サラが放り投げた小石は放物線を描き、数メートル離れた地点で


 「やっぱり、ここだ」


 サラは弾かれた小石を一瞥し、その先にある何も無い空間を見つめる。辺りには生き物達の数も少なく、爆撃機もほとんど姿を見せない。


 「ここに、幻覚結界式がある」


 「じゃあ、この先にキャロルが……?」


 レイの問いにサラはコクリと頷くと、背中に背負っていた対結界ライフルを抱える。そしてレバーを引きながら態勢を整え、狙いを定めて引き金を引いた。


 「わ、わお……」


 銃身からガン、と銃声が鳴り響き、ガラスを割るような音を立てながら見えない壁を貫いた。

一瞬だが、空間にヒビが入ったのが確認できる。

テッコウニシキからフワリとナナが降りてきて、今しがた火を吹いたライフルの銃口を眺める。


 「サラ大胆ですね……」


 「……うん、これなら貫通できる。レイ!」


 ナナの声を聞き流して銃身を抱え、背負い直しながらレイに呼びかけるサラ。

レイはテッコウニシキの頭部から飛び降り、サラのもとへ駆け寄って声をかけた。


 「この結界を壊せばいいんだね?」


 「うん。でも、キャロルが結界の中、どこにいるか分からないから慎重に──」



 「おいそこ退けえぇ!」


 

 その時サラの目には、怒鳴り声と同時にソレの姿が映り込んでいた。紺色のソレが人だと気づいた時、既にサラの身体はレイに引っ張られて地面に転がっていたのだ。


 「ちょ、レイ?」


 「……どうなってるんだ?」


 レイが睨みつける先、今しがた何処からか吹き飛んできたソレを見て、サラは大きく目を見開く。

紺色のソレはローブだった。

全身をローブで覆った、一人の男。

サリーだ。


 「──っぶねー、死ぬかと思ったわ」


 「あ……さっきの……」


 若干声色が上ずり、焦っているように見えたその男を見て、ナナは顔色を青く沈める。レイはサラたちの一歩前に出ると、サリーを睨みつけたまま目を離さない。


 「ありゃ、3人ともお揃いか。やべえな、今同時に相手はマズい」


 「……? どういう……」


 今までの飄々とした口調が崩れ、焦りが見えるサリーにレイは困惑する。

しかしその時、轟音と共に飛来したソレを見て、レイは咄嗟にサラとナナを掴んでその場から後退する。テッコウニシキは匂いで事前に察知していたのか、レイが気づいた時にはその場から逃走していた。


 「ちょ、早えってオイッ」


 サリーは飛来してきたソレを確認すると、無理やりその場に結界を形成する。降格魔術下とはいえ、魔術を無効化する彼は今回あまり結界に魔力を割いていなかったため、魔力にはそこそこの余裕があった。

ただし、

いや、正確には飛来したと言うより、乱暴に投げ捨てられたかのように吹き飛んできたのだ。


 「なっ……」


 レイは大きく息を呑み、ナナは絶句して声も出ていない。

サラは爆撃機が吹き飛んできた方向へ振り返り、駆けつけていた彼女を見て歓喜の色を浮かべる。

右手に、左手に墜落してひしゃげた、平原を爆速で疾走する少女。

銀色の長髪をなびかせて、一直線にこちらに向かっている。


 「ロメリア!」

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