第34話「アイオライト」
時は遡り、月が昇る頃。
「ぷは〜、おいし〜」
瓶に入ったミルクをゴクゴクと飲み干すサラ。冷たい甘みが火照った体に染み渡っていく。
隣ではキャロルが、ふわふわした青髪をタオルにうずめていた。
サラとナナ、キャロルとロメリア。4人で風呂に浸かっていたときのことだ。
「ほんと、良い温泉だったね! 気持ちよかった!」
「人生楽しそうだなお前……」
「え?」
キャロルの唐突な発言をサラは聞き返す。キャロルはサラと同じようにミルクを飲み干すと、ぽかんとしているサラに言い聞かせるように答えた。
「いや、何をするにも楽しんでると言うか……人見知り設定どこいったんだよ」
「ああ、あはは……私は人目が多いのが苦手なので……」
初対面の相手でも打ち解ければこんなものだ。そもそも人見知りというのは、仲良くなってさえしまえば心を開く生き物である。
サラはタオルで身体を拭き終わると、木製の籠に入っている服を手に取る。風呂に入るまでと同じ服だが、発水魔術や乾燥魔術で洗濯済みだ。
「アラスター曰く、私の人見知りは親譲りなんだって。だから治しようが無いのだよ」
「開き直ってんな…………ん? てか」
少し、ほんの少し疑問を持ったキャロル。
だから聞いた。
「
キャロルが問う。
その問いが、なんの違和感も持たない問いだと疑わず問う。
「
サラは当然というように首を横に振る。キャロルもさして疑問ではない様子で「そりゃそうか」と呟いた。
その異常に、誰も疑問を持たない。
「あ、でも、お母さんは分からないんだ」
「? どういう事だ?」
首をかしげるキャロル。
サラはどこかを見上げながら、希望に満ちた瞳で語る。
「お父さんが死んだのは確認されてるらしいんだけど、お母さんがどうなったかは分かってなくて、行方不明扱いなんだ。だから、もしかしたら生きてるかもって」
「へえ……」
キャロルは静かに目を見開く。
その希望が、可能性が、どれだけ遠いかを知っている。
「少なくとも私は、そう思ってるんだ」
(……レイは、違うって事か)
残酷だと、自分でも感じることを考える。
生きている可能性はあるだろうか。
生きていれば、7年も我が子を放っては置かないだろう。
生きていれば、すぐにでもサラ達に会いたいはずだろう。
もういない。
そう考えるのが賢明だ。
そう考えないのは愚かだ。
(でも、その希望は生きてんだ)
「生きてるよ。きっと、いや、必ず」
「ふふ、ありがと」
満面の笑みを浮かべるサラ。キャロルもそれにつられて笑う。
希望がなくても人は生きていける。
キャロルはそれを知っていたし、だからこそサラの考えを否定する手もあった。
でも、キャロルにそれは選べなかった。
(
「キャロルにとっては、パライソさんが親、みたいな感じなの?」
「ん、ああ、まあそうだな。オレの場合、両親とも死んだっつうか、物心ついた時にはいなかったよ。だからパライソが親代わりってのは間違いじゃねえ」
「親ヅラされんのはうぜえけどな」と文句を垂れながらも、どこか楽しそうに語るキャロル。サラから見ると、なんとなく血色が良くなったような気がする。
それを感じ取ったサラは、先程風呂場でロメリアと話していた時の事を思い出す。
(さっきのロメリアもそうだったけど、やっぱり)
「ここにいる皆、パライソさんが大事なんだね。皆のお父さんだ」
「そうだな……ナナと似たような事言ってんなお前」
言われて振り返ると、ナナとロメリアが風呂場から上がってきていた。温まったせいか高揚しているナナがロメリアに話しかけているが、ロメリアはおろおろとしていて会話になっていない。
サラと違ってナナは社交的だ。
「ありゃ……助けた方が良さそうだね……」
サラはロメリアに助け舟を出そうと近づく。交友がない人に詰め寄られる恐ろしさをよく知っている身としては、目の前の惨状を見過ごすわけにはいかない。
「……サラ」
「? なに?」
突然呼び止められ振り返るサラ。
呼びかけたキャロルの顔は、何故か暗い色だった。
寂しさを感じる表情。
「パライソから聞いたんだけどよ。お前ら、戦争を止めたくて来たんだろ?」
「ああ、うん、そうだよ。まだまだこれから! だけどね」
「……ぁぁ」
キャロルは目線を逸らして僅かにうつむく。
戦争を止める。
どれほど難しいことか、事情を詳しく知らないキャロルでも理解できる。
理解できるからこそ、理解できない。
「……じゃあ、これやるよ」
「ほえ?」
何かを手渡してくるキャロル。
受け取った手のひらを開くと、そこには一つの宝石が輝いていた。
青く煌めく小さな石。
「わ、アイオライトだ! どうしたの、これ?」
「お、知ってんのか。まあ、お守りみたいなもんだよ」
サラは小さなその石を掲げ、部屋を照らしているランプの光に通す。僅かに透き通っているため、青い光がキラキラと舞い降りた。
「綺麗……でも、もらっちゃって良いの?」
「おう。オレのはあるし、予備もいくつかあんだぜ」
そう言ってキャロルは籠に入れられたズボンのポケットから、もう一つアイオライトを取り出す。サラの物と違って装飾されており、紐ががつけられてネックレスのようになっていた。
「戦争を止めるってなると、色々危ねえだろうからな。だからお守りって訳だ」
「キャロル……ありがとう~」
「わ、やめ、やめいっ」
感動した様子で、タオル1枚のままキャロルに抱きつこうとするサラ。キャロルは顔を赤らめて抵抗するも、サラの体重に逆らえず押し倒される。キャロルはあまり体力がない。
(あー……何やってんだろうな、オレ)
サラに押し倒されたまま、頭の中で愚痴をこぼすキャロル。自分がどうしたいのか、自分自身でもよく分からない。
(……あいつは、止めないんだろうな)
いや、分かっているからこそ、自分が何をやっているのか分からないのだ。
「死ぬなよ」
「? なんて?」
キャロルの胸元に飛び込んだまま、キョトンとした顔を上げるサラ。その表情を見て、キャロルは思わずにやりと笑った。
「ま、頑張れよ、戦争」
「! うん!」
「あと、はよ離れろ、服着ろ」
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