第31話「神聖魔力」

 「う……そ…………」


 目の前に広がる光景に、ナナは信じられないという顔で立ち尽くしていた。腕の中に抱えたノエルは目を覚まさない。

影森庭園が、燃え上がっていた。

立ち並ぶ巨大樹達の大半が焼け落ち、上部のツリーハウスもほとんど落下している。生い茂る緑の姿はなく、ただ轟々と燃え盛る赤だけが辺りを支配している。


 「そん、な……どうすれば……」


 「な、ナナさん!」


 息切れ混じりの声がして振り返る。

そこにはアルスが、軽くふらつきながら駆け寄ってきていた。先程までと違って左手に数本のナイフを装備している。


 「あ、アルス……森が、ノエルが……!」


 「……! ノエルお兄ちゃん……!」


 ナナの腕の中でボロボロになっているノエルをその目に捉え、アルスは悲痛な声を上げる。応急処置は済ませたとはいえ、完全に止血できている訳ではない。ナナもアルスも医療には疎かった。


 「あ……これは……」


 「ど、どうしたのです?」


 何かに気付いたアルスがノエルの胸に触れ、そのまま自らの額も寄せる。心臓の鼓動が聞こえるとともに、アルスが何かを感じ取った。


 「魔力切れ、みたいです……! でも、保存用の宝石は……」


 「え?」


 「えっと、ノエルお兄ちゃんが魔力切れを起こしちゃまずいんです」


 そう言ってアルスは頭上を指さし、つられてナナが見上げる。空は暗いままで変化はない。あちこちに爆撃機が点在し、影森庭園を中心にルーベル平原中から火の粉が舞い上がっている。

そしてそれらのさらに上、爆撃機のはるか上空に、ひびの入ったガラスのような何かが見えた。


 「ノエルの、結界です?」


 「はい。今はギリギリ大丈夫ですが、ノエルの魔力が完全に切れたら結界が崩壊します。もしそうなったら、外から敵が自由に入って来れるようになっちゃうんです……!」


 「え……あの黒いのって、まだいるのです……?」


 平原内の上空を飛行する爆撃機の数は、すでに三桁にのぼっていた。ナナ達の元へも2台程近づいてきている。すでに過剰戦力と思える程の数だ。

アルスは頭を抱え、深刻そうな表情で語る。


 「今いるアレは、結界の一部を無理やりこじ開けて入ってきた奴でした。で、たぶんなんですけど、今空が夜みたいに暗いのって、結界の外を見えなくするためだと思うんです。つまり外に何かいて、結界が壊れるのを待っているのかも……」


 「そんな……」


 ノエルはただでさえ瀕死の状態だ。ボロボロの体でかろうじて難を逃れている。

この状況で結界を維持するというのは負担が大きい。そんな中で魔力切れを起こせば、確実に結界は崩壊する。しかし降格魔術下今の状態でこれ以上敵が増えるのはまずい。

 

 「でも、治療道具も魔力保存用の宝石も、影森庭園のなかにあって……このままじゃ……」


 影森庭園はすでに火の海だ。アルスはいつもの落ち着いた表情を崩し、どうしたらいいか分からないという様子だった。魔法の話には疎いナナだが、ノエルに魔力が足りない、ということは分かる。


 「……ちょっと、やってみるのです」


 「え?」


 戸惑うアルスを無視して、ナナはノエルを抱える。

そしてゆっくり起き上がらせると、自らの額とノエルの額をくっつけた。


 「え、え?」


 わずかに顔を赤くして困惑しているアルス。

ナナはそのまま目をつむると、魔力核をフル稼働させて魔力を巡らせる。懐かしい感覚に体が震え、ノエルを抱えている手先がおぼつかない。

その様子を見ていたアルスが「あっ」と声を上げて何かに気づく。そしてノエルの背中に触れ、驚きの表情を浮かべた。


 「魔力が……流れてる……?」


 「はい。聖霊は神聖魔力っていう、なんか凄い魔力を持ってるのです。それを使えば、他人に魔力を渡せるのですよ」


 ナナは目を閉じたままアルスに説明する。ナナ自身詳しい事は分からないが、これは聖霊の種族特性らしい。説明している間にも、徐々にノエルの魔力切れが回復してく。


 「すごい、聖霊ってすごいですね……。っていうか、ナナさんにも魔法の知識があったんですね」


 「自分の種族の事ぐらい知ってますですよ……アルスってたまにアレですよね……」


 ナナはわずかに困惑を浮かべる。

そうして話をそらしながら、何とか気持ちを抑えていた。


 「アハハ…………あれ」


 再び何かに気づいたアルスが、ちらりとナナの顔を覗き込む。


 「ナナさん、顔色悪いですよ、手も震えてるし。やっぱり、魔力渡すのってきついんですか?」


 「あ……」


 ナナの異常に気付いたアルスが、不安そうな声で心配している。ナナは会った時から思っていたが、アルスは優しい子だ。

(心配させちゃ、だめです)


 「難しいですけど、きつかったりはしないのですよ。久しぶりなので緊張してるのです、えへへ」


 そう言ってナナは目をつむったまま笑顔を浮かべる。

その笑顔の裏を知るものは今、この平原に3人だけだ。


 「そうですか……あの、無理しないでくださいね。まだ時間は────」


 アルスが言い終わる直前。

平原を荒らす轟音が、ナナ達のすぐそばで鳴り響いた。


 「!」


 「今のは……!」


 ナナは慌てて目を見開き、轟音のした方へ目線をやる。

そこには火花を散らし、硝煙を上げるクレーターが出来上がっていた。亀裂は辺りいったいに広がり、あちこちに小さな穴ボコも作られている。


 「ば、爆弾です! まず──!」


 「ヤァッ!」


 アルスは掛け声と同時に、手に持っていたナイフを2本投げつける。ナイフは一直線に飛んでいき、うち一本が落下している爆弾に突き刺さった。そしてそこから引火し、地面に到達する前に爆発する。

もう一本はカーブを描き、どこかへ飛んでいってしまった。


 「くっ……防ぎきれない……!」


 「アルス、入るのです!」


 「あ……はいっ」


 ナナが結界を張っていることに気づき、アルスは急いで裏側に回る。なんとかギリギリ3人を覆えるほどの大きさだ。

そしてアルスが入ったと同時に、結界の表面に爆弾が着弾した。轟音が鳴り響き、視界が硝煙で遮られる。


 「あぁっ……これじゃ、すぐ壊れちゃうです……!」


 「ボ、ボクがなるべく撃ち落とすので、その隙に────あ」


 アルスが様子を伺おうと、覆われた結界越しに外を睨んだその時。


 「……ぅぅ……誰か…………」「怖いよぉ……!」


 「……アリエル! リッキー!」


 アルスが叫び声を上げる。

降り注ぐ爆弾の雨の下。火花が散る芝生の上に、二人の少年と少女が立ち尽くしていた。片や犬のような耳を、片や蛇のような尻尾を生やした、7才ほどの異形の二人。

頭上に飛来する爆弾は無慈悲にも勢いを止めない。

ここからでは、間に合わない。

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