第30話「最後に笑うのは」

 「ローブマンよ。汝のソレは、魔術式を透過させるものだな?」


 パライソがサリーを指さして言う。その立ち振る舞いは探偵の真似だろうか。

サリーはパライソとロメリアに行く手を阻まれていた。どちらか片方ならまだしも、両方を相手にするのは流石に厳しい。

(そりゃ知ってるよな……逃げた方がいいかコレ?)

逃げると言ってもどう逃げるか。ふざけた言動と立ち振る舞いだが、パライソはこれでも魔法使いだ。マトモにやりあって叶う相手ではない。

ただ、パライソ対策はしてきたつもりだ。全力で撤退すれば、少なくとも殺されることはないだろう。

サリーがパライソ以上に警戒しているのは、もう一人の少女。

(強化式……まずいな、コイツ)

投擲剣を両手に計7本も携え、いつでもサリーへ飛びかかって来れそうな体制で構えている。

計画の都合上、こちらの装備は手薄だ。

(とりあえずジジイ辺りと合流して…………あ?)





 (魔術式の透過……正確には存在否定か。魔術は基本通じない……)

パライソは警戒しながらサリーを観察する。紺色のローブで全身が覆われているこの男からは、違和感と呼べる空気を感じた。

(ロメリアを連れてきて正解だったな)

パライソは影林庭園内にいた時、超強化された降格魔術の発動を感じ取った。

そして近くにいたロメリアを連れて、キャロルを探そうとしていた時、サリーと対峙していたレイを見つけたのだ。


 「さて、ロメリア。あのローブマンの相手を汝に任せる」


 「? いい、ですけど……」


 戸惑っているロメリア。せっかく二人いるのだから、協力して戦ったほうが良いのではないか。

そんなロメリアの心情を読んだかのように、パライソが指を立てて説明する。


 「俺がやらない理由は2つ。まず1つ目だが……分かりやすく言えば、あのローブマンには魔術が効かん」


 「!」


 「つまり俺では相性が悪い。しかし、汝にとっては持って来いの相手であろう」


 「な、なるほど……」


 ロメリアが納得した様子で呟く。

パライソは立てていた指を、そのまま自らの背後に向ける。


 「そして2つ目。俺の相手は、コイツだ」


 そう言うと同時に、パライソは指の先から魔力の塊を放つ。赤黒い、銃弾のような塊。

ソレを弾く音がして、ロメリアは慌てて振り返った。


 「チッ」


 舌打ちが聞こえ、それと同時にロメリアはその姿を捉える。

そこには一人の老人が立っていた。長すぎる白髭に対し頭部は禿げている。シワの寄った顔には奇妙な笑みを浮かべており、手には黒い手袋をはめている。


 「俺の後ろを取ろうなど、貴様には何百年早いわ!」


 「カッハッハ、腐っても魔法使いじゃのう」


 髭をいじりながら高らかに笑う老人。

8、90歳程度の外見に対し、その老人は驚くほど快活だった。陽気と言ったほうがいいかもしれない。長い木の枝を杖のようにして持っているが、支えなど必要ないように見える。


 「ククク、とても老体とは思えん。腐っているのは果たしてどちらだろうな?」


 不気味な笑い声を上げるパライソ。これではどちらが悪役か分からない。


 「カッハッハ」


 老人はそれに呼応するように笑うと、持っていた杖を振り上げる。

そしてそれを振り下ろそうと、右腕に力を入れた、その時。


 「…………お?」


 老人は自身が振り上げた杖を見上げる。古びた木材で作られた、年代物の杖。


 「……やはり使えんか」


 「ククク……」


 残念そうな表情の老人に対し、パライソは愉快そうに笑っている。本当に絵本に登場する悪役のようだ。

いつものようにカッコよく決まっている、と思っているポーズを取るパライソ。


 「俺の『簒奪魔法』を前にひれ伏すが良い! 愚か者共が!」


 「……」


 横目で呆れた顔をするロメリア。いつもの事ではあるが、パライソのセンスは理解し難い。

(でも、この人、なんだか変な感じが……)

アルスは困惑しながら目の前の老人を観察する。





 (魔術式が奪われるとはこういう事じゃったか……)

老人は杖の先を見つめながらぼんやりと考える。簒奪魔法はあまり有名な魔法ではないため、知識はほとんど無かった。魔術が使えない。

だがこの老人とっては、それくらい問題にならなかった。

(アカの言うとおりじゃ。確かにコレは、どうにかせにゃならん)


 「ジジイ、いつの間に来たんだ? もう準備終わったのか?」


 「ああ、いつでもオーケーじゃわい」


 パライソの向こう側から問いかけるサリーに対し。老人はグッと親指を立てる。

そして持っている杖を掲げると、そのままパライソとロメリアの方へ突きつけた。


 「さて、アカが来るまで、いっちょ頑張るぞい!」





 (アカ……?)

聞き覚えのない響きにパライソが戸惑う。

いや、パライソはその名を知っていた。名前とは言い難い不思議な言葉の響きを、パライソは聞いたことがあったのだ。

しかし、それが思い出せない。どこで聞いたのか、知ったのかが分からない。

(ともかく何者かがこちらヘ向かっている訳か。ひとまずこの老人を処して、ロメリアに加勢を──)


 「──!」


 「──カッハッハ、流石に速いのう」


 先手を取ろうと、魔術式を組みだしたその時。

数メートル離れたところにあったはずの杖が、パライソの足元に突き刺さっていた。既のところで右足をずらしていたが、間に合っていなければ間違いなく靴を貫通している。

老人は地面に突き刺したまま杖を振り上げ、今度はパライソの右手を落とそうとする。大地は抉られ、風圧が抉られた土くずを吹き飛ばした。

パライソは再びそれを躱すと、足元に魔力を集中させて後退する。


 「まさか貴様も強化式か」


 「カッハッハ、その通りじゃ。コレまで奪う事はできないんじゃろ?」


 パライソは「ああ」と笑いながら、再び魔術式を組みだした。ロメリアは投擲剣を構え、サリーはそんなロメリアに近づいていく。


 「では受けてたとう、ご老人! 最後に死んでいるのはお前だ!」


 「『笑うのは俺だ』じゃなかったっけ……」

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