第29話「俺に任せて先に行け!」
黒い雨が降る。
轟音を鳴らしながら地表を吹き飛ばすソレは、瞬く間に平原を火の海へと変えた。あちこちから生き物達の弱々しい咆哮が響くが、降りそそぐ爆発音にかき消される。
「怖え事考えるよな、アカ。何だこりゃ地獄か?」
サリーのふざけた独り言を、レイはほとんど聞き流していた。目の前の光景が信じられない。
(……みんなは、無事か? このサリーという男から離れて、防御に徹するべきか?)
たとえ防御に徹したとして、何ができるだろうか。無数に降りそそぐ爆弾の群れから、皆を守りきる事ができるだろうか。
(無理だ……今のままじゃ)
普段のレイならなんとかなるだろう。それどころか、あの爆撃機全てを撃ち落とすことができるかもしれない。しかし降格魔術下では、あの高度まで攻撃が届かないのだ。
(状況を変えるには、降格魔術を解くしかない……!)
「……お前ら、何が目的なんだ?」
「へ?」
レイの問いにサリーが呆けた声を上げる。
レイが逃げてもサリーは追ってくるだろう。攻撃が当たらない以上、それを迎撃することもできない。
それに先程の「そりゃバレるよな」という発言から見るに、キャロルはこの近くにいるはずだ。サリーはキャロルに誰も近づかないように見張る門番、といったところだろう。ならば必然的に、キャロルの居場所を知っている事になる。
(何か情報を……)
「サリーって言ったか? なんでこんな事をするんだ?」
「あー、そりゃアレだよ。あの、なんだっけ、ユースティアに盾突いてる的なアレ」
どうでもよさそうに語るサリー。とても本心で言っているとは思えない。
(ユースティアを呼び捨てにしている? こいつは国教会の人間じゃないのか?)
サリーは雇われた傭兵のようなものなのかもしれない。でなければ国教会が崇める唯一神ユースティアに対し、こんな無礼な態度を取るわけがない。
「ああ、キャロルの場所なら言わねえよ。今言ったらキレられんだよね」
「……」
(脳筋殺人狂かと思ってたけど、考えてるな……)
会話からキャロルの配置を割り出すのは厳しそうだ。このままでは埒が明かない。今この瞬間に、誰かがあの爆撃に巻き込まれているかもしれないのだ。
(やはり防御に……でも元を絶たなきゃいずれ……)
結界を使って子供達を守る。そうすれば、少なくとも数人は助かるはずだ。あの爆弾だって無限にある訳じゃない。消費しきるまで耐えればいい。
しかし、残りの子供達は救えない。
「それじゃダメだ……全員救わなきゃ……!」
「ハハハハ! よく言った、レイ!」
笑い声。
耳に響くその音を聞いて、レイの脳内に安堵の感情が広がっていく。
「パライソ……!」
「うわやば」
歓喜と落胆、それぞれ真逆の感情を示すレイとサリー。
そこには青い炎を滾らせる黒服、パライソが立っていた。ハット帽のつばを摘んでカッコつけている。
「爆撃機に構っていたら遅れてしまった、待たせたな!」
「いや、大丈夫だよ」
詫びるパライソに首を降るレイ。
加勢と言うには強力すぎる人選だ。
「さて、レイ。俺が来たからには──と、行きたいところだが、あまり時間が無い」
「時間?」
レイはパライソの態度に首を傾げる。
普段芝居がかった口調をやめない彼の声が、いつになく落ち着いたものになっている。いや、落ち着いたと言っても普段と比べればというだけで、今でも十分うるさいのだが。
「このままでは被害が抑えられん。このローブマンは俺が対処する。レイはキャロルを探せ」
「でもこいつ、攻撃が──」
「当たらないのは知っている」
妙に自信がありそうなパライソ。
彼は魔法使いであり、様々な魔術に精通している。サリーが使っている攻撃が当たらない魔術の事も知っているかもしれない。
レイはパライソに任せる事にした。
「分かった……頼んだよ」
「クク、言われるまでもない!」
笑い声を上げ、炎をより一層燃え上がらせるパライソ。負けるつもりはないらしい。
レイはパライソに背を向けると、吹っ飛んでサリーの横を通り過ぎる。サリーはパライソを警戒しているのか、レイを見向きもしなかった。普段より数段遅い速度で平原を駆ける。
辺りは未だ暗いまま。
夜と違ってこの闇は、待っているだけでは明けない。
(間に合え……!)
「ククク、『ここは俺に任せて先に行け』展開だな。よって俺の勝ちだ!」
「何言ってんだお前」
パライソの発言にツッコむサリー。ローブの下では眉をひそめている事だろう。
サリーは面倒くさそうに頭を掻く。
「ったく、お前と言い教皇サマと言い、魔法使いってヤベえ奴しかいねえな」
「クク、当然。俺は最強クラスの魔法使いだとも!」
「
サリーは自らの頭を指差して言う。
そうやって会話を伸ばしながら、サリーはパライソの装備を眺めていた。いや、パライソは装備など身につけていないのだが、何か隠し持っていないか確認している。
(こいつ、虚影魔術の事知ってんのか……? もしそうなら、対抗策も割れてるか……さて)
このままでは埒が明かない。情報がいる。
そうやって揺さぶりをかけるため、口を開いたその時だった。
「────!」
何かを感じ取り、脊髄反射で身を翻す。
あと0.1秒でも遅ければ、サリーは串刺しになっていた事だろう。
ガンッ、と。
とても芝生の大地が出したとは思えないような、鋭い斬撃音が響く。
「投擲剣……?」
サリーの足元、右足スレスレの所に、黒い刀身の剣が刺さっていた。剣とは言っても鍔が存在せず、短い握りに比べて刀身が極端に長い。投擲特化の剣。
飛来した方向を見上げ、サリーは大きく目を見開く。
ソレを防ごうとして、結界を展開し──
「っぶね」
結界を
先程と同じ投擲剣で、結界を一撃で崩壊させる。予想外の攻撃に気圧されるが、再び既のところで回避するサリー。
投擲剣と言ったが、今度は投げられたわけではない。
「強化式か、やべえな」
「……」
飛来者は無言のまま、結界に突き刺した投擲剣を引き抜き、そのままパライソの方へ後退する。
「素晴らしい! 結界を投擲剣で破壊するその腕力、その技術! 流石だ、ロメリア!」
「は、はい。行きますよ、パライソ……」
自身の身の丈を超える長さの投擲剣を、右手に4本、左手に3本掴み、サリーを睨む銀髪の少女。
ロメリアが立っていた。
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