第27話「開門」

 「暗いよぉ」


 悲痛な声が響く。

まだ昼だというのに辺りは暗く、日の光が差さない。夜のようではあるが、星々の明かりすら届かないのだ。


 「泣いちゃダメだよ、セレス。きっとパライソが実験してるんだよ」


 「ぅぅ、なんの実験なの……? 竜達も弱ってるし……」


 「それは分かんないけど……」


 ルーベル平原東区、空竜地帯。竜系統の生き物が多く生息するこの場所を、竜人の少年、ケリィは、友達の獣人の少女、セレスと歩いていた。まだ昼間だというのに、夜の見回りをしているような気分だ。星や月の明かりがないので、曇り空を錯覚して雨が降り出すような気がしてくる。

何故か辺りの竜達は羽を閉じて休んでいた。竜の生命力を考えれば、これはかなり異質な事態だ。原因不明の暗さの中。10才程度の子供達が怖がるには十分な条件が揃っているが、ケリィは全く怖くなどなかった。


 「もしなんかあっても、パライソがなんとかしてくれるよ。だから泣いちゃダメ」


 「うん……そうだね……」


 ケリィの言葉にセレスは涙を止める。

二人とも、パライソならなんとかしてくれると信じているのだ。


 「僕ね、将来パライソみたいな人になるんだ。それで、絶対子供を捨てたりしないの」


 「あ、私もそうだよ。あんなに魔法が使えるかは、分からないけど。でも……」


 各々の夢を語る。

先が見えない暗闇の中、正しい道を歩もうと進む。


 「フフ、じゃあ競争しよ。どっちが先にパライソに追いつけるか、勝負」


 「うん。いいよ、ケリィ」


 お互いの顔を見つめ、笑い合う。

いつの間にか暗さにも慣れていた。二人ならば怖くないと、芝生の大地を踏みしめて歩いていく。

こんな時がいつまでも続けばいいと思った。


 「……ねえ、アレ、何?」


 セレスが指をさす。

暗がりの空。その指先に、何かがある。


 「……船? かな?」


 「いや、船は飛ばないよ」


 セレスの意見を否定するケリィ。第一、船にしては造形がおかしい。

まず、鋼鉄の胴体からは羽が生えている。羽と言っても羽ばたいてはおらず、胴体と同化しているようだった。全身黒一色で、尻にあたる部位からは軽く炎が吹き出している。


 「……あ、一つじゃない、いっぱい来た」


 「……まずい気がする」


 何十体と飛来する謎の存在。

正体は分からないが、分からないからこそソレは異質に感じた。ただの予感だが、ケリィの脳が警鐘を鳴らしている。

そして、その予感は的中した。



 「なんか、降ってきたよ……?」



 セレスの呟きと同時に、ケリィもソレを確認する。

謎の飛行物体の腹から、小さく黒い何かが投下されている。下からだとゴマ粒のようなサイズにしか見えないが、人体ほどの大きさがあるのではないだろうか。

黒い投下物体は他の飛行物体からも投下されており、その数は既に3桁に登っている。


 「…………ねえ、逃げよう」


 「え?」


 セレスが返事を返す前に、ケリィは彼女の手を引いて走り出した。大地をつま先で蹴り飛ばし、影森庭園とは逆方向へ駆ける。

ケリィに引っ張られ、セレスは転びそうになりながら喚く。


 「ね、ねえ、パライソはあっちだよ。どこ行くの?」


 「いいから、逃げなきゃ──」


 その時だった。

降りそそぐ黒い物体のうち、始めに投下された数発が。中から非常に小さなが出現し、風に乗ってあちこちへ飛散する。

そしてその内一つが、着弾。


 ドン、と


 爆発音がして。


余波が辺りを散らし、突風が吹き荒れる。

着弾箇所から硝煙が立ち込め、夜闇を覆う。

抉られた大地を中心に亀裂が入る。

一つの粒でこれだ。

数十、数百の粒が、雨のように降りそそぐ。


 「…………ぇ……」


 「──走ってっ!」


 震えだしそうな右手を抑え、ケリィはセレスを無理やり引っ張る。もう振り返らずに走る。


しかし、黒い恐怖はやまない。

飛散した小さな粒は次々に着弾し、辺りを轟音で支配する。大地を抉り、闇を切り裂く光を放つ。

その一部が弱っている竜達へと飛来する。普段ならともかく、弱った竜達ではそれに対応できない。着弾した粒は竜たちの羽を抉り、弱々しい咆哮が辺りに響き渡る。

このままでは。


 「わ、あっ」


 セレスが転び、繋がった手が地面に引き寄せられる。なんとか持ち直そうとしているが、両者ともに足腰が震えて止まない。


 「い、行ってケリィ……! 先に──」


 「行けるか!」


 セレスが言い終わる前にケリィは怒鳴りつける。その瞳をまっすぐに捉え、無理矢理にでも手を引っ張る。

しかし現実が迫っていた。轟音はすぐそこまで到達している。

もう、間に合わない。


 「結界を……」


 結界を張って防ごうと、ケリィは魔力を練って魔術式を組み──

不発。


 「な、なんで……!」


 普段ならできるはずなのに。

ケリィ達はキャロルの降格魔術が超強化されている事を知らなかった。もっとも、知っていたとしても結果は変わらないのだが。

ケリィは少し俯くと、迫りくる轟音を睨みつけて叫ぶ。


 「せめて、セレスだけでも──!」


 「──え」


 セレスが反応する前に、ケリィは魔術式を組み始める。結界のサイズを大幅に縮小し、なんとかセレス一人を囲える大きさのものを完成させる。


 「……よし、できた!」


 「──け、ケリィ! ケリィも入らなきゃ──」


 「僕も入れる大きさのは作れない! ジッとしてて!」


 ケリィは怒鳴りながら、持てる魔力をすべて注ぎ込んで結界を強化する。徐々に結界の厚さや輝きが増していき、反比例してケリィの魔力は損耗していく。


 「……ヘヘ、パライソならこうするよね」


 「ケリィ──ダメ──!」


 ケリィの笑顔が目に映り、視界が眩む。

轟音が辺りを支配し、地表が抉られる。

黒い雨は無慈悲に降り注ぎ、すべてを喰らい尽くしていく。


 「……ぁ…………」


 立ち込める硝煙が晴れる。

轟音が遠くなる。視界が鮮明になる。


 「ぁ……ぁぁ……」


 クレーターだらけの中に、飛び散った肉片が点在する。結界に血しぶきが降りかかり、朱が視界を覆い尽くす。

ケリィだったモノが──


 「──あああああアアアァァ!!」





 「です」


 降り注ぐ黒い雨の中。

アラスターは飛来する黒い船の群れを睨みつけ、誰にも聞こえないほど小さく舌打ちする。


 「絨毯爆撃だと……!? 何を考えている、アルフ!」


 「絨毯、爆撃? アラスター、何が起きて……?」


 怒鳴るアラスターにアルスが困惑しながら問いかける。


 「分かっているでしょう、アラスター」


 アカは落ち着いた口調で答える。この轟音の中、自分も巻き込まれる事など考えていない様子だ。

そして地面を抉る爆発を眺めながら、アラスターたちに言い聞かせるように呟いた。


 「このままでは、皆さんお亡くなりになってしまいますよ。どうしますか、アラスター?」

 

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