第26話「襲来」

 「また会えて嬉しいぜ、レイ」


 ローブを深く被った男。

その姿は間違いなく、先日のローグ街襲撃の襲撃者だった。相変わらず顔は見えないが、ローブの下ではヘラヘラと笑っている事だろう。


 「お前……何のつもりで──」


 「ハハ、お前、じゃねえぜ。俺はサリーだ。俺は名前で呼んでるんだから、レイも名前で呼んでくれよ」


 おどけた口調で宣うローブの男、サリー。

あることに思い至ったレイは、サリーへ静かに尋ねる。


 「まさか、ノエルはお前が……」


 「え、まだ生きてんの? すげえな最近の子は。結界強すぎだろ」


 (まずいな)

サリーのセリフを聞いてレイは必死に考えを巡らせる。要するに、サリーの攻撃をノエルは防いだが、完全には防ぎきれず手傷を負った、という状態な訳だ。

ノエルは結界の使い手、つまり防御特化の魔導士である。そんなノエルが攻撃を防ぎきれなかったとなると、サリーの攻撃力は……


 「ナナ、ノエルをお願い。一度森まで戻って、手当してもらうんだ」


 「分かったのです。でも、レイ、アイツは……」


 不安そうな声を上げるナナ。ノエルを運ばないといけないのは分かっているだろうが、それでもコチラが心配な様子だ。


 「大丈夫。できるだけ逃げるさ。間違っても死んだりしないよ」


 「……信じてますよ、レイ」


 そう言い残すと、ナナはノエルを抱きかかえて飛び立つ。

レイは振り返ると、何故か今の会話を待っていてくれたサリーを睨みつけた。


 「追わせないよ」


 「もちろんそんなつもりねえよ。てか、なんか俺がクソ強い敵みたいになってるけど、俺たぶんレイより弱いんだよなぁ」


 おどけた口調が止まらないサリー。

自分の方が弱いと宣っているが、ブラフの可能性も十分にあるので油断は禁物だ。そもそも防御特化のノエルをズタボロにしている時点で、油断などできるはずもないのだが。


 「おい、キャロルに何をした? 今どこにいる?」


 「あの青髪の子だろ? 今はおねんねしてるよ。ぐっすりとな」


 (寝ている……?)

この男が言うことを鵜呑みにするわけにはいかないが、レイにはこの状態に覚えがあった。サラがいつものように魔法の話に熱中していた時のことだ。

 『誰かの魔法を強制的に発動させるには、その誰かに寝てもらう必要があるんだって。でも許可無しにそれをやったら、魔導教典第86条2目に違反するから──』

 この通りなら、ナナは今眠っている事になる。サリーの発言通りだ。

(嘘をついていない……?)

わざわざ本当のことを言ってくるのは、嘘が苦手なのか、それとも──


 「……まあ、いい」


 「ん? なんか言っ──」


 サリーが言い終わる前にレイは動き出す。

弾けるようにその場から飛び上がって、地上数メートルまで飛翔した。そのまま落下の勢いを利用して、サリーの方へ突進する。


 「うわ早っ」


 サリーは跳ね退いて後退しようとするがレイの速度に間に合わず、レイの拳がサリーの頭部に触れかけ──


 そのまま頭を通り抜けた。


 「……は?」


 「ハハ、なんてな」


 全身が通り抜け、そのまま地面に転がるレイ。サリーに当たらなかったのではない。まるでそこに何もないかのように、サリーの体を貫通したのだ。


 「どう、なって……?」


 「あれ、驚いてる」


 サリーはコチラが驚いている事に驚いている様子だ。


 (幻覚、か……? いや、通り抜けた時の感触がおかしかった)


 幻覚系統の魔法に、レイは触れたことがある。幻覚は触れると魔力の流れがあるので、触った時に何らかの違和感があるのだ。こちらの目に細工をして幻覚を見せられている場合は、その幻覚に触れるとほどけるように霧散する。

よって、今のは幻覚ではない。


 「この間見られたと思ってたんだけどな。気づかれてなかったんなら、今見せるべきじゃなかったか?」


 独り言を吐くサリー。その内容を聞いて、レイはローグ街襲撃のことを思い出す。

レイが爆炎魔術を放った時、その爆発は確実にサリーを呑みのんだ。結界を張られた様子もなく、間違いなく殺したはずだった。

しかしサリーは無傷だった。あれ程の爆炎魔術に呑まれたというのに、ローブにすら傷一つついておらず、燃え盛る炎の中から現れたのだ。


 「あの時と同じ、か……」


 「で、どうするレイ? どっか行ってくれるなら、俺も引くけど」


 「……」


 サリーの提案を分析する。

レイはこの男に攻撃を当てられない。何か当てる手段があるのかもしれないが、全く見当がつかない上、試す時間も無い。

しかしそんな提案をしてくるということは、ここでレイが引く事がサリーのメリットになるという事だ。


 「……キャロルが、近くにいるのか」


 「……あちゃー。まあ、そりゃバレるよな……」


 それを聞いてレイの心は決まる。

改めてサリーを睨みつけると、自分に言い聞かせるように呟く。


 「僕は負けないよ。だって強いんだから」


 レイは最強クラスの魔導士だ。こんな顔も見せない男に負けるはずがない。

自分を叱咤激励して、レイは再び魔力を収束させる。魔力核を安定させ、魔術式を組む。

そしてサリーに照準を合わせ──


 ガシャン。


ガラスが割れるような音が響く。

その音がどこから来たのか、レイは気づかなかった。


 「今の、は……?」


 「お、間に合ったっか?」


 サリーが楽しそうに笑う。

その視線の先がどこへ向いているのか、それに気づいたレイはその先を見上げる。

ソレを見て、レイは声を失った。


 「なんだ……あれ……」


 はるか上空。

広がる闇の中からソレ、いや、は現れた。

羽の生えた船のような、鋼鉄の物体。


 「あ、レイ知らねえのか」


 サリーは思い出したように呟くと、大量に出現したソレらを指差して言う。


 「アレは、って奴だ。いや、爆撃機だったか?」 


 

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