第25話「再会」
(…………あ……あ?)
何も見えない。何も聞こえない。
感覚が無い。
(どこ……だ、ここ……?)
暗い。
目を閉じているのか?
(誰、か……いないの……か?)
静かだ。
声がしない。誰もいない。
(なあ……どこ、だよ……誰か……)
ルーベル平原南区、風車地帯。
その一角でキャロルは倒れていた。
巨大な魔法陣が敷かれ、その中央で眠っている。そしてキャロルを中心に魔力が渦巻き、平原全体へ広がっていく。
「……起きちゃダメ」
眠るキャロルの隣。
魔法陣の上に座る黒髪の少女が呟き、キャロルの手のひらを掴んでいる。
キャロルは目を覚まさない。
明けない夜が始まったのだ。
「叛逆の、魔法使い……!?」
ナナが驚愕を露わにして声を上げる。レイも目を大きく見開いていた。
(こいつが魔法使い……? いや、それより)
アラスターは、なんと言った。
「教皇って言った……?」
「ああ、国教会のトップだ。全力で警戒しろ、レ──」
轟音。
響き渡る炸裂音とともに、アカの周囲から先程の赤黒い槍が大量に出現し、レイ達の方へ飛来する。同時にアラスターが右手を上げ、流れるように再び結界を展開し、槍の群れを衝突させて防いだ。
レイはその赤黒い槍を見て違和感を覚える。槍の形が定まっておらず、不安定に揺らめいていたのだ。
「……まずいな、結界強度も落ちている。このままでは持たない」
「アカって言った? あいつはなんで降格魔術下でこんな事が……」
赤黒い槍の正体は分からないが、これほどの量を生み出すとなると、その難易度は計り知れない。少なくとも降格魔術下でできる所業ではない。
アラスターは焦れども、驚きはしていない様子だ。
するとアカが静かに語りだす。
「簡単なことですよ。これは私の主導権魔法なので、魔力を消費していません。降格魔術の影響は①魔術式の強度の低下、そして②魔力量の低下です。そのため私はその、②魔力量の低下の影響を受けていないのです」
アカの言葉にレイは目を丸くするが、同時に疑問を抱く。
(何故手の内を晒す……?)
確かに晒したとしても問題ないような内容だったが、向こうからすればこちらが自体を把握できていない方がいいはずだ。
(アイツは時間稼ぎと言った……この魔法使いはただの足枷って事だ……)
つまり、本来の目的は別にある。
それを察したレイは、アラスターに小声で話しかける。
「アラスター」
「ああ、こいつは私とアルスでなんとかしよう。レイとナナはキャロルを探せ」
「えっ、ボクもですか?」
アルスが驚いた様子で問う。レイも少し疑問だ。
「ああ。ナナはレイを抱えて飛べ。レイは今、吹っ飛んで移動する事ができない」
「わ、分かったのです」
とりあえず今は二人に任せるしかない。
レイがナナに捕まると、ナナはアカ達と逆方向へ飛び立つ。
「流石に二人とも、は難しいですね。それでどうする気ですか、アラスター?」
レイ達に逃げられた事を気にしていない様子のアカ。最初からレイとアラスター両方を足止めする気はなかったようだ。
アラスター軽く息を呑むと、いつもの不敵な笑みを取り戻す。
「どうする、とは? お前こそ一人でやる気か?」
「ええ。二人同時ならともかく、あなた一人なら何とか足止め出来るでしょう」
「一人か……そうだな」
アラスターがそう呟くと同時に、アカが指先を動かす。何十本もの赤黒い槍が出現し、アラスターへと飛来する。
それを先ほどと同じ要領で防ぎ、赤黒い槍が消え去った時。
「アルス!」
「はいっ」
アラスターの陰に隠れていたアルスが飛び出し、目にも止まらぬスピードでアカへ殴り掛かる。
アカは軽く後退しながら結界を展開するが、アルスの拳に衝突して砕かれた。ガラスが割れるような音が響き渡り、アカは飛び退いて大きく後退する。
「ほう、これは……」
アカが後ずさりながら、たった今結界を破壊したアルスを凝視する。魔術を使ったようには見えなかった。つまりアルスは、体術でアカの結界を破ったことになる。
「目でも悪いのか? 私は、一人ではない」
「なるほど……魔術式を使っていないのですか」
アラスターはアカを煽りながら不敵に笑う。
アルスが使っている強化式に魔術式は必要ない。よって降格魔術の効果である①魔術式の強度の低下、の影響を受けないのだ。
アルスは飛び跳ねてアラスターの隣まで後退し、アカを凝視しながら喋る。
「何とかできそうです」
「よし、そちらに合わせる。攻撃は任せたぞ」
「! ……了解!」
アルスは叫ぶと同時に地面を蹴る。
次の瞬間、アルスはアカの眼前まで瞬時に飛び跳ね、その勢いのままアカへ蹴りかかった。アカは再び後退し、結界を多重に展開する。
暗がりの中。衝突音が鳴り響く。
夜が明けない。
「重いです……」
「ごめん、でも頑張って!」
ナナにおぶわれるレイ。流石に抱えて飛ぶのは負担が大きいらしい。
ナナは今、平原の中を高速で飛行していた。いや、高速といってもアラスターが飛ぶのと比べれば、飛行速度は大幅に下回る。時速40キロといったところだろう。
「キャロル……いないな……」
レイはナナの背中から、辺りを見回してキャロルを探す。しかし辺りは暗く、人影らしきものは見当たらない。
「目視で探すんです? なにか、探すのに使える魔法とかは……」
「あるけど
ルーベル平原は広い。降格魔術の効果範囲が平原である以上、キャロルが平原から出ていない事は間違いないのだが、だからと言ってそう簡単には見つからないのだ。
ふとレイの目に、巨大な赤い羽根が飛び込んでくる。
「あれは……確かセキドリュウって、サラが言ってたような」
この平原に来たばかりの時、レイ達はあの真っ赤な竜に遭遇した。サラがセキドリュウに近づきすぎて冷や冷やしたのをよく覚えている。
そんなセキドリュウだが、なにか様子がおかしい。
「なんか、弱ってません?」
「ホントだ……」
羽や頭を地面に下ろしてぐったりとしていた。竜の顔色なんて分からないが、どことなく顔色が悪いようにも見える。
「きっとアレも、降格魔術の影響だね……。魔力で活動しているタイプの生き物たちはみんな弱っているみたいだ」
「……これ、結構まずい状況なんじゃ……」
ナナが不安そうな声を上げた、その時。
前方から、ノエルが飛んできた。
「わ、は──!?」
反応する間もなく、ナナは飛来するノエルに直撃。ノエルはナナにぶつかると、そのまま地面へ落下していく。
「の、ノエル!?」
ナナが急降下して地へ降り立つと、レイは背中から飛び降りてノエルのもとへと駆け付ける。
「大丈夫、ノエ──!?」
「……え?」
走って駆け寄り、その姿を明確に捉えた瞬間、レイとサラは硬直する。
右手に火傷後。左足に痣。頭に切り傷。
ノエルは、血だらけになっていた。
「ち、血が……!」
「……手当て、手当てをしないと……!」
しかし治療道具などない。何か使えるものはないかと服を探るが、手が震えていておぼつかない。
ふと、以前服をちぎって包帯替わりにしたことを思い出し、着ていた長袖の上着の裾をちぎる。そして頭部のひと際大きな切り傷を発水魔術で洗い、慎重にちぎった裾を巻き付ける。
ノエルは息を荒げて苦しそうだ。
「ち、治療に使える魔法ってないのですか? このままじゃ──」
「……ないよ。サラが言ってたんだ。この世に、他人を治療する魔法は無いって」
「そ、そんな……」
ナナが悲痛な声を上げる。
怪我や病の悪化を遅くする魔法、というのはあるが、怪我を直接回復させる魔法というのは存在しないのだ。
「とりあえず、拠点に行って治療器具を──」
「あ、いたいた」
男の声。
聞き覚えのあるその声に、レイは大きく目を見開いて振り返る。
忘れるはずがない。
「お前、は……!」
「ハハ、久しぶりぃ」
紺色のローブを纏った男。
ローグ街での記憶が蘇る。
「また会えて嬉しいぜ、レイ」
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