第24話「叛逆の」
「あ、あれアラスターです?」
ナナの言葉に、レイは遙か上空を見上げる。
ナナが指さした先、雲一つ無い青空のに、何やら黒い点が見える。その点は次第にこちらへ近づき、近づくにつれてその姿が明瞭になる。
そして突風を巻き散らかしながら、レイ達のすぐそばに降り立った。
「結構早かったね、アラスター」
「ああ、想定より早くことが済んでな」
その姿を見て、レイの中にあった不安が薄れていく。アラスターはふざけた男ではあるが、その安心感は相変わらずだ。
「ん、サラは……ああ、特訓か。アルス、色々ご苦労だったな」
「あ、いえ、全然です……」
アラスターを前にアルスが挙動不審だが、レイはそれに気づいていない。
「ふむ、ではいったん戻るとしようか。レイ、とりあえず情報共有を──」
アラスターが呟いたその時。
レイとアラスターが、瞬時に何かを感じ取る。
それと同時に。
「は、あ?」
「え……?」
辺りが暗くなる。
闇が広がっていくように帳が降りる。
何の脈略も無く、本当に唐突に、夜が訪れたのだ。
「は? 夜?」
「これは……」
戸惑うレイに対し、アラスターは目を見開いたまま辺りを見回す。明かりを閉ざす魔法、というのも無いわけではないが、それにしては何か違和感がある。
そして索敵系統の魔術を使おうとして、違和感の正体に気づいた。
「……レイ、まずい。魔術式を組め」
「ま、魔術式を?」
「ああ、上空に向けて爆炎魔術を、最高火力で撃ってみろ」
アラスターの言葉に、レイは目を丸くする。もし爆炎魔術を最高火力で放てば、狙ったものは完全崩壊、余波で周囲の地面は抉られ、確実にナナ達にも被害が及ぶ。
「いや、そんなことしたら……」
「いいから頼む。被害は私が抑える」
そう言うアラスターの目はいつになく真剣だった。焦っていると言うべきかもしれない。彼が本気なのだと分かったレイは、少し考えてから右手を振り上げる。
「…………分かった」
言うが早いか、レイは伸ばした手のひらに魔力を収束させ、魔力核を安定させる。そして最高出力の魔術式を組むと、すぐさまそれを発動させた。
レイの指先から爆炎がほとばしり──
10メートルほど上昇し、そこで爆発が止まる。
「──あ? は、え?」
「れ、レイ、今の本気なのです?」
ナナに問われ、レイは勢いよく頷く。
確かにレイは、最も高火力、最も広範囲に攻撃できるように爆炎魔術を放った。
しかし、結果は見ての通り。先日ゴーレムに放った爆炎魔術と比べると、威力も範囲も10分の1にすら満たない。小規模な爆発だ。
ふとレイは、似たような違和感を感じた時のことを思い出す。この平原にやってきたばかりの頃。
「……! まさかっ」
「ああ、キャロルの降格魔術だ」
「「えっ?」」
アラスターの言葉に、ナナとアルスは同時に驚きの声を上げる。キャロルの降格魔術の事は皆が知っていた。もちろんこのような効果がないことも。
しかし平原に来たばかりの頃。レイはこの感覚を味わっていた。降格魔術の範囲に入った途端、魔力核の強度が軽く下がったあの感覚。
しかし降格魔術の効果は、レイの魔術をここまで衰退させるものでは無かったはずだ。それなのに今、レイが放った爆炎魔術は子供遊びのそれだった。
それが意味する答えは一つ。
「よく聞けレイ。今この平原にはキャロルの降格魔術が、先程までと比べて数百倍の倍率で起動している」
「数、百倍……?」
レイは大きく目を見開く。
キャロルの降格魔術は先程まで、かなり低倍率で起動していた。感覚的には、魔術式の効果や魔力出力を半分程度に抑えるものだったはずだ。それぐらいならレイの行動に支障はでなかった。
「ああ、数百倍だ。要するに私とレイは弱体化されている」
「そ、そんな……どうなってるです?」
不安を隠せない様子のナナ。それも当然だ。
もし本当に数百倍の倍率で降格魔術が起動していれば、レイとアラスターの戦闘力は大幅に減衰している。
「恐らくキャロルの意思では無いな。ここまで強烈な降格魔術は使えなかったはずだ。何者かに無理矢理発動させられている可能性が高い。つまり……」
「……国教会が、来てる?」
恐る恐る問うレイに、アラスターは神妙な面持ちで頷く。ナナとアルスは目を大きく見開いていた。
最悪の展開だ。
「仕方がない。とりあえずパライソと合流して──」
「どこへ行くのですか?」
声がした。
振り返るより早く体が反応して、アラスターは瞬時に結界を形成する。ナナやアルス達が、範囲に収まるように結界を展開したつもりだったが、降格魔術の影響で操作難易度が跳ね上がっていて難しい。
そして張ったと同時に赤黒い槍が飛来し、結界に衝突した。槍は衝突した途端、矛先から順に崩壊、消滅していく。
「流石に早いですね」
「…………は?」
槍が飛来した方へ振り返り、その場でアラスターは硬直する。瞳孔が開いていくのを感じる。
そこに立っていたのは、赤い炎の男。
「久しぶりですね、アラスター。元気そうで何よりです」
そう宣う炎の男は、こちらに手のひらを向けたまま下ろそうとしない。先程の赤黒い槍はそこから放たれたのだと予想できた。
レイは状況が掴めず困惑したまま、アラスターへ問いかける。
「アラスター、誰? パライソと同じに見えるけど……アラスター?」
レイはアラスターを見上げ、その表情を見て恐怖を覚える。
アラスターの瞳孔は開き、信じられないという顔で炎の男を凝視していた。その顔には驚愕と同時に、恐れすら含んでいるように感じる。
「……何をしている、アルフ」
「今は『アカ』と名乗っています。ぜひ覚えておいてください」
微かに震えた声で問いかけるアラスターに対し、炎の男、アカは静かに淡々と語る。どことなく沈んでいる声のアカに、レイはなぜか違和感を感じた。
「……ねえ、これはどうなってるの」
レイは上空を指差してアカに問いかける。この夜闇は明らかに人為的なものだろう。なら実行犯はどう見ても、この炎の男ではないか。
「ああ、これは副次的効果のようなものです。あまり気にしないでください。それより……」
アカは語りながら辺りを見回す。目が無いのでどこを向いているのか分かりづらいが、首の角度的に周りを見ていることは分かる。
「4人だけですね」
アカが呟く。どうやらレイ達4人以外に誰かいないかを確認していたらしい。
そして首を振るのをやめると、まっすぐアラスターを目に捉えて言う。
「ではここで、足止めさせていただきます」
「足止め……? アラスター、誰か知ってるの?」
先程までと比べ、冷静さを取り戻してきた様子のアラスター。レイの問いに頷くと、神妙な面持ちで語りだす。
「アルフレッド・ブーゲンビリア。ユースティア国教会の教皇にして、魔導教に離反した『叛逆の魔法使い』だ」
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