第19話「強化式」

 「では俺は忙しいので失礼する。頼んだぞ二人とも。さらば!」


 言うが早いか、パライソはすぐさま吹っ飛んでいった。そんなパライソを見送って、アルスは振り返り口を開く。


 「えっと、じゃあボクから始めますね」


 「な、何を……?」


 何が何だか分からない。何を始めるのか、まずそれ以前に、この二人が教師とはどういうことなのか。

動揺するレイを見て、アルスは何かを察した様子だった。


 「あ、もしかして、パライソから聞いてないんですか?」


 「はいです」


 「ああ、やっぱり……」


 パライソが何か言い忘れていたようで、アルスは軽くため息をつく。パライソがおおざっぱな性格なのはいつもの事らしい。レイもアラスターに対して似たような感情を抱くことがよくあるので親近感が沸く。


 「えっとですね、強化式のやり方を教えるために、レイさん達と戦うよう言われまして……」


 「あー……あ?」


 「へ?」


 キョトンとするレイとナナに、アルスは苦笑いを浮かべる。おかしなことを言っているというのは分かっているらしい。いや、言ったのはパライソなのでアルスに落ち度は何もないのだが。


 「まあ、とりあえず、やってみましょう」


 「とりあえずって……」


 強行しようとするアルスに困惑するレイ。落ち着いて見えるこの子も、意外とやんちゃだったりするのだろうか。


 「じゃあ、強化式について説明しますね」


 「う、うん」


 「え、この流れでやるのです?」


 ナナも困惑しているが、教えてくれるそうなので聞くことにする。

パライソはアルスとロメリアの事を「教師」と言っていたが、二人とも強化式が得意なのだろうか。


 「まず、強化式って何か分かりますか?」


 「いや、あんまり」


 「聞いたことないのです」


 それを聞いたアルスは頷くと、レイ達から数メートル距離を取った。そしてしゃがみ込むと、右手を地面につけてこちらを向く。隣にいたロメリアはレイたちの方へ少し近づいてきた。


 「簡単に言うと、魔力で身体強化するやつです。魔術式がいらないので、魔力があればできますよ」


 「ああ、それは聞いたことある……やっぱり難しいの?」


 魔力で身体強化ができる、という話はよくあるが、実際に目にしたことは一度もない。それは難易度が高いからあまり実用的ではないため、知名度が低いという事ではないだろうか。


 「うーん、なんていうか、個人差があるんですよ。とりあえずやってみますね」


 そう言って地面についた右手を上げ、地面を叩く姿勢をとるアルス。

そして次の瞬間。


轟音。


地を割るような音が、辺り一帯に響き渡る。

アルスが右手を目にも止まらない速度で振り下ろし、拳を地面に叩きつけたのだ。

砕ける地層。立ち込める砂ぼこり。


大地に亀裂が入っていた。


 「…………は?」


 「ええ……」


 アルスを中心に、半径10メートルの範囲の地面が砕けている。亀裂はレイの足元辺りまで広がっており、レイはあまりの衝撃に動けなくなっていた。隣ではナナが腰を抜かして倒れている。


 「す、すいません。亀裂、そっちまで行かないようにしたんですけど、難しくて」


 「あ……いや……」


 平謝りしているアルス。そういう意味で「は?」と言った訳ではないのだが、頭で処理が追い付かず、訂正する暇もなかった。

レイはこれまで、様々な魔法を見てきた。その中で、アルスが行った破壊以上に危険な魔法もたくさん見てきた。そもそも破壊力に関して言えば、レイは自分で帝国最強クラスの魔術が使える。

しかし問題はそこではない。

今アルスは、魔術でもなく、何の助力もなく、ただ体に魔力を通して片手で殴りつけただけで、大地が割れたのだ。


 「ね、ねえアルス。今の本気?」


 「え、あ、いえ、違いますけど……ああ」


 本気ではないというのを聞いて驚愕の表情を浮かべるレイ。それを見たアルスは、レイが何に驚いているのか察した様子だ。

先ほどの亀裂を指さしながらアルスは言う。


 「あの、これに驚いているみたいですけど、違うんです。強化式って、キャロルの降格魔術の影響を受けにくいんですよ。だから弱くなってこれ、という訳じゃないんです」


 「いや、それにしても……」


 謙遜するアルスだが、そういう話ではない。仮にアルスが降格魔術下にいようといなかろうと、こんな事をされたら誰だって驚くだろう。かわいらしい少女にしか見えないアルスが、まさかこんな……


 「すごいです……力持ちですね、アルス」


 「いやそういう事でじゃ……」


 どうやら強化式の説明を聞いていなかった様子のナナ。いや、聞いていたが理解できなかっただけかもしれない。


 「ありがとうございます。でもボクから見たら、お二人の方がすごいですよ」

 

 「謙遜されてる……」


 「完璧ですね……」


 アルスはいわゆる万能人というやつなのだろう。これは将来、素晴らしい魔導士になれるのではないか。

ふと、ロメリアのことが気になって聞いてみる。


 「ロメリア、君も強化式が得意なの?」


 「ふぇっ、あ、えと、そうで、そうです……」


 たどたどしい口調で返答するロメリア。レイは「人見知りはこちらから話しかければそこそこ話してくれる」という事を誰かさんのおかげでよく知っていたので、こちらから積極的に声をかけていくことにした。


 「ふふ、ロメリアはボクよりも上手ですよ」


 「ちょ、ちょっとアルス……」


 アルスに持ち上げられ、更に下を向いてしまうロメリア。しかし否定はしないところを見ると、本当にアルスより上手なのだろうか。


 「そうなんだ……双子でそろって、得意なのが同じなんだね」


 「え?」


 レイの呟きを聞いて、アルスが不思議そうな顔をする。何か今の発言におかしなところがあっただろうか。


 「普通じゃないですか?」


 「普通?」


 「えっと、双子は普通、魔力核の系統が似たような感じになるんです。だから……」


 「……え?」


 (なん……だと……?)

衝撃の事実にレイは固まる。レイの周りにはレイとサラ以外に双子がいなかったため、そのような事は聞いたこともなかった。


 「あ、じゃあレイとサラの魔力核も似てるのです?」


 「あ、いや、サラはそもそも魔力核が無いから……」


 「あ……」


 レイと同じく、何かを察したナナ。

双子の魔力核は系統が似る。

サラには魔力核が無い。

つまり。


 「サラは、魔力核を持って産まれてくれば、レイと同じぐらいの魔導士になれてたって事、です……?」


 「そう、だね……」


 ただいま一人で特訓中だというサラを想うレイとナナ。あれだけ魔法が好きな人間など珍しいというのに……

((不憫だ……))





 「クシュンッ」


 明かりが薄く静まり返った部屋。そこに、小さなくしゃみの音が響き渡る。


 「風邪かな……」


 サラは一人、木製の小さな椅子に座り込んでいた。これまた木製の容器に注がれた水を飲み干し、胸を反らせて大きく深呼吸をする。身体に異常は無い。


 「よし、もっかい」


 そう意気込んで立ち上がると、を足元から拾い上げる。

そしてその筒を見つめ、先日のローグ街襲撃の事を思い浮かべる。

(自分の身は、自分で守らなくちゃ)


 明かりが薄く静まり返った部屋。そこに、鋭いが響き渡る。

それが穿つのは果たして闇か、それとも。

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