第20話「温泉回、男子パート」

 日が落ちて、辺りが暗がりだした頃。


 「わあ、この奥がお風呂?」


 サラはレイやキャロル達と合流し、そのまま影森庭園0階(地上)の風呂場まで案内してもらっていた。昨日は色々あって入っていなかったので、その暖かい空気についつられてしまう。木製、というより樹木に穴を開けたような入り口は、このうっそうとした森の雰囲気によく合っていて、とても美しい。

アルスがまるで旅館の女将さんのように案内してくれている。


 「はい、もう遅いし入りましょうか」


 「ああ。右が男子、左が女子な」


 キャロルがそれぞれの樹木を指差して言う。こんなところで風呂というからには、どこかに温泉でも湧いてるんだろうか。

サラがテンションを上げたまま樹木の中に入る。


 「じゃあ私は左だね」


 「僕はどっちでも構わないよ」


 「いや構え」


 「おわっ」


 キャロルに突き飛ばされて右側の樹木の方へとよろけるレイ。やはりどこに行っても変態なのは変わらない。


 「じゃあ、上がったらここで待機ね」


 「「はーい」」


 そう言ってサラ、ナナ、キャロル、ロメリアは左側の入り口に、レイ、ノエル、アルスは右側の入り口に入っていく。


 「…………は? え、アルス?」


 「はい?」


 何故か当然のように右側の入り口に入っていくアルスにレイは困惑する。こっちが男子風呂だと、たった今キャロルが言ったばかりではないか。


 「こっちが男子風呂なんでしょ?」


 「? はい、そうですよ」


 「……え?」


 「え?」





 「なんか、ごめん……」


 「あはは……いえいえ」


 申し訳なさそうに謝るレイをアルスがなだめる。言われてみれば思い当たるふしも無くはないが、今の今まで考えもしていなかった事だ。


 「まさか…………」


 「えへへ、たまに間違われるので大丈夫ですよ」


 女子に間違われたのに、何故かどことなく嬉しそうに見えるアルス。彼女、いや、彼の中では、女子に見えるというのは喜ばしい事なのだろうか。流石に間違われたことが無いレイには分からない。

木製の入り口をくぐった先には、外観にそぐわない石造りの風呂が沸いていた。木製の外壁が空間ごと歪んでいるところを見ると、パライソが細工して作った空間だと分かる。

服を脱いで入り口の掛け棚に掛けると、レイとアルスは湯の貼った風呂へ体を沈める。湯船からは湯煙がたっており視界が不安定だ。


 「うーん、でも、ボクっていう一人称使ってるんですけどね、何ででしょう」


 (そういうキャラ付けかと思ってたとは言えない……)


 確かに一人称は男性のそれだが、それを加味しても容姿が男子に見えないのだ。

服装は男女どちらが着ても違和感は無さそうな格好、髪型もロングヘアの男子と言われればそうなのだが、顔つきが女性にしか見えない。

しかし、服を脱いだ彼は確かに男子だった。体つきはもちろん、下半身にはアレもついている。


 「男の娘……実在したのか……」


 「?」


 レイの発言が理解できない様子のアルス。もちろん理解する必要はない。


 「……それにしても広いね。外からだと分からなかった」


 そもそも風呂場自体も部屋ほどあるのだが、石造りの浴槽は2人では広すぎる大きさだ。あと4、5人入っても問題はないだろう。


 「パライソが空間を捻じ曲げてるらしいです。このお風呂もパライソ製ですよ」


 「あの人何でもできるね……」


 きっとこの影森庭園のツリーハウスも、彼の力で作られたのだろう。もっと言えばこの平原には風車などの施設があったが、それらも全て作ったのかもしれない。

ふと、話を聞いてから、ずっと考えていた事が思い浮かぶ。アルスは知っているだろうか。


 「ねえアルス。このルーベル平原は、いつからパライソが管理してるの?」


 「えっと、ちょうど6年前だったと思います」


 それを聞いてレイは目を丸くする。


 「意外と最近だね。何十年、いや、何百年前とか言われるかと思った」


 「あはは、確かにパライソならやってそうですね」


 そもそも彼は何才なのだろう。全身が炎の異形、なんて聞いたこともないが、何百年も生きる異形はそこそこいる。パライソはそういう類の異形なのではないだろうか。


 「どうしてパライソは生き物を保護してるの? やっぱり生き物が好きなのかな」


 「うーん、生き物はそこそこ好きだとは思いますけど、こんな大規模に保護する程では……」


 「ひまなんだよ」


 唐突に入り口から音がして振り返る。

そこにはいつもの白い服を脱いだノエルが入ってきていた。体格はレイとあまり変わらず、子供らしい体型だ。


 「暇?」


 「うん。やることが、ないんだって」


 「へえ……」


 確かにパライソはその時の気分で生きているタイプの人間(人じゃない)に見える。彼ならば「暇だから」という理由でこんな大事を行っていても違和感はない。


 「ぼくたちは6ねんまえ、パライソに


 「……拾われた?」


 「ええ」


 ノエルの発言にアルスが同調する。

二人とも昔を思い出しているようで、その顔は幸福に満ちていた。


 「それで、こんな幸せになって……」


 『わぁー広い! 空間変革式だ!』


 『お前パライソの事言えないくらい声でけえよ』


 『サラ、ちょっと待つのです、服がっ』


 女子風呂からみんなの声が響いてくる。サラがはしゃいでいるのが見なくとも分かるし、それにキャロル達が手を焼いているのも分かる。


 「……それに、みんなとも会えましたから。パライソには感謝してます」


 「うんうん」


 頷いてアルスに同意するノエル。二人は外見こそあまり似ていないが、まるで兄弟のようにも感じる。

きっとこの影森庭園は、二人にとって家族なんだ。


 「パライソは凄いんだね」


 「はい」


 アルスが嬉しそうに頷く。

親を褒められて喜ぶ子供のように。

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