第17話「囚われている」

 「──────あっがぁぁあ──!」


 痛い。

何が痛い?


 「──あぁ゛、ああぁあ──!」


 肌が剥がれる。

 爪が割られる。

 耳が裂かれる。

 目が抉られる。


 「──ご──な─さい! ─め──!」


 今、叫んでいるのは誰だ?

 何を言っている?


 「ごめ──さ──ぁが、あァあ──!」


 気持ちが悪イ。吐き気ガスる。前が見エない。頭かワれる。肉がちぎレル。イタイ。

ナゼイタイ?


 「──大丈夫?」


 なんだ、これは。

誰かが呼んでいる。

声のする方へ行きたい。

手を伸ばせば届くだろうか?


 「──待って──サ────!」




 「────────あ」


 暗い部屋。

灯は消え、静まり返ったその場所に、ナナは仰向けに寝転がっていた。部屋いっぱいに毛布が敷き詰められている。

自分が眠っていたことを思い出した。


 「──ぅ、ぁ────」


 震えている。

意識と分離した身体が、悲鳴を上げているかのように振動する。手先がおぼつかない。

こわい。


 「────サ、ラ」


 すぐそばには、サラがナナと同じように寝転がっていた。

その向こう側にキャロルとノエル、アルスとロメリアの姿も見える。皆寝息を立ててぐっすりと眠っている。部屋の隅にある椅子にはレイが、机に突っ伏した状態で眠ってしまっていた。


 「サラ……」


 ナナは無意識に、体を文字通り引きずってサラへ近づき、そのままサラにしがみついた。

鼓動が、聞こえる。

 

 「…………ぁ……」


 それに呼応するかのように、ナナの鼓動が正常を取り戻す。震えが落ち着いていく。目元は腫れているが、もう溢れてはこない。

ナナはそのまま眠りについた。


もう、叫びは聞こえない。





 「おはよう、サラ」


 声がして、重いまぶたを開く。

目の前には見慣れた顔が、清々しい顔つきで笑っていた。サラを起こしてくれたようだ。


 「おはよ、レイ……ん?」


 違和感がして、目線を胸元まで下ろす。

ボサボサの金髪が目に入り、サラは今がどういう状況なのか瞬時に察した。


 「ナナ……寝相悪いなぁ」


 サラの事を、まるで抱き枕のように抱きかかえて眠っているナナ。

その目元が腫れていることに、サラは気づかなかった。


 「皆もう起きて、朝ごはん食べてるよ」


 「うん、分かった……」


 目を擦りながらぼやけた声で返事をする。レイはそのまま部屋から出ていった。

昨日はしゃいでいたせいで疲れていたのか、それともパライソとの特訓のせいか、これだけ寝ても眠気がサラを襲っていた。重い身体を無理やり起こして立ち上がろうとする。

でも、その前に。


 「ナナ、朝だよー」


 「…………サラ……」


 寝ぼけた声で返事をしながら、サラにしがみついて離そうとしないナナ。

サラは軽く苦笑しながらナナの頭を撫でる。


 「もう……赤ちゃんじゃないんだから」


 「……ぁ…………」


 揺さぶられたからか、ナナがゆっくりとまぶたを開く。ボーッとしているようだが、サラを見上げると小さく呟いた。


 「──おはようです、サラ」


 「うん、おはよ、ナナ」


 笑顔で返すサラを見つめ、ナナは一瞬悲しげな顔を見せる。

しかしそれにサラが気づかないうちに、力ない笑顔を浮かべたのだった。


 「…………よかった……」


 小さな、とても小さなその呟きは、ナナ本人以外の耳には入らない。

日が登りきっていた。

 




 時は正午。

太陽が高くのぼり、美しく平原を照らす。

食事を終えたレイは影森庭園から出て、広々とした平原の一角にやってきていた。と言うのも、レイはこの場所に呼ばれたのである。


 「ここで、何をするの?」


 「ククク、アラスターに頼まれた事があってな」


 パライソが、レイから距離を取りながら答える。頼まれた事、とはどういう意味だろう。


 「サラはどうしたのです?」


 キョロキョロと辺りを見回すナナ。

影森庭園から少し離れており、幻覚結界の外なのであの巨大樹達は影も形も見えない。だだっ広い平原の中にレイとナナ、そしてパライソだけがポツンと佇んでいる。


 「サラは一人で特訓中だ。自衛の手段を与える、と言っていただろう。アレ」


 「ああ、そう言えばレイそんな事言ってましたね」


 納得するナナにレイは頷く。

パライソはレイ達から20メートル程離れると、踵を返してこちらへ振り返る。

すると右手でハット帽越しにない頭を抱え、芝居がかった口調で語りだした。


 「レイ! 昨日調べて分かった事だが、汝の実力は想像以上のものだった!」


 「? ど、どうも?」


 唐突に評価され、戸惑いながらも礼を返すレイ。

テンションを上げたままパライソは続ける。


 「という訳で、せっかくなので1つアドバイスをしてやろう! ついでに俺の主導権魔法も教えてやる」


 「は、はあ」


 「急ですね……」


 相変わらず上がりきっているテンションについていく事ができない二人。サラがいないと、この男と会話するのは難易度が高い。


 「ん? 主導権魔法ってなんです?」


 「んー、なんて言ったらいいかな……」


 ナナに問われるレイ。いつものように説明してあげたい所だが、主導権魔法について、レイもそこまで詳しいわけではない。


 「ではナナよ、主導権魔法についてまずは実演してみせるとしよう。レイ!」


 「?」


 「俺に向けて、何でもいいから魔術をかけてみろ」


 「……?」


 疑問符が浮かんだまま消えない。この男は何を言っているのだろう。


 「魔術を……?」


 「ああ、なるべく攻撃系統の……そう、昨日ゴーレムに向けて撃っていた爆炎魔術の砲撃。あれを頼む」


 「ええ……あれ結構危ないよ。昨日と違って周り生き物だらけだし……」 


 爆炎魔術。爆発する炎のを発生させる魔術式である。複雑な魔術式を組まずとも扱えるため、何かしらを破壊する時によく用いられる、かなりメジャーな魔術だ。

しかしそんな爆炎魔術も、レイほどの実力者が使えば話は変わってくる。昨日ゴーレムを破壊した時、降格魔術によって火力が下げられていたにも関わらず、レイの爆炎魔術はゴーレムの巨体を覆い尽くすほどの範囲にまで行き渡った。今この場で再びアレを放てば、近くの生物たちは間違いなく死ぬ。


 「問題ない。同じ要領で撃って来るがいい!」


 「ええ……うーん、じゃあ」


 一歩も引かないパライソにレイは諦め、いつものように右手を前に出す。


 「え、ホントにやるのです?」


 「まあ、一応魔法使いだし……なんとかしてくれるんじゃないかな……あ、ナナちょっと下がってて」


 「大丈夫です……?」


 心配している様子のナナ。もちろんレイだって不安しかないが、ここは魔法使いであるパライソを信じてみる事にした。


 「じゃあ、行くね」


 確認を取って、そのまま突き出した右手を半開きにする。するとレイの周囲に空気の波紋が広がり、指先に魔力がうずまきだす。

そして魔術式を発動させ──


不発。


 「────あ?」


 魔力は足りている。魔力核に異常はない。魔術式は正確に組んでいる。昨日撃った時と比べ、相違点は何も無い。


 「爆炎が……出ない……」


しかし、爆炎魔術は発動しなかった。


 「どうなって……?」


 「俺がからだ」


 「……奪う?」


 「ああ」


 パライソは再びハット帽を抑えると、芝居がかった口調で笑う。

その姿はまさに……


 「俺の主導権魔法は『簒奪魔法』だ。故に、俺は『略奪の魔法使い』なのである!」

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