第16話「強襲用意」

 「アカ」


 名を呼ばれて振り返る。そこには黒髪の少女が一人で佇んていた。

辺りは暗く、パチパチと鳴る焚き火と、アカの頭部から覗く炎の明かりだけが揺らめいている。その明かりがすぐそばの湖面に映し出され、幻想的な雰囲気を形成していた。


 「どうしました、ユキ」


 「サリー達はどこに行ったの?」


 表情のない声で問う少女、ユキ。何を考えているのか、どんな感情なのか、外見で判断することは難しい。

そんなユキに、アカは優しく答えを返す。


 「サリーはもう帰ってきますよ。他の皆は一度、拠点まで戻っています……ああ、ちょうど帰ってきましたね」


 炎なので顔が無いから、というのもあるが、ユキとはまた違う意味でアカの感情は読めない。

アカの言葉にユキは座ったまま振り返ると、

そこにはまるで、最初からその場にいたかのように座り込むサリーの姿があった。


 「終わった。案外あっけねえな」


 そう言うが早いか、サリーは焚き火に近づくとその場に寝転がる。アカの向かい側、ユキの隣。


 「どうでした?」


 「アラスターがどっか行ったぞ」


 その言葉にアカは僅かに無い顔を上げた。サリーが面倒くさそうに続ける。


 「どうすんだ? またアラスターがいないうちに仕掛けんのか?」


 「いえ、今回アラスターにはルーベル平原にいてもらいます。それは略奪の魔法使いや子供たちも同じです」


 「ふーん」


 さほど興味があるわけではないサリーは、それこそどうでも良さそうに返事を返す。対してアカは下を向き、何やら考えているように見える行動を取る。

そこへユキが割り込んできた。


 「アラスターがいた方がいいって、どういう事?」


 「今回は目標対象に彼も含まれているからです。それと私は以前、アラスターには気をつけるように言いましたが、今回気をつけるべき相手は彼だけではありません」


 そう言うとアカは白い燕尾服のポケットに手を入れると、中から折り畳まれた紙を取り出した。

そしてその紙には、3人の人物が映し出されている。どうやら絵ではないようだ。


 「今回特に気をつけるべき対象は3人。アラスター・ユークレイス、略奪の魔法使い、そして、レイ・クラウリー」


 それを聞いて、寝転がっていたサリーが上体を起こして驚いた様子で問う。


 「レイってそんなにやべえの?」


 「ええ。レイの実力は、全ての魔導士の中でも。あの平原には、私と同等以上が3人いると考えてください」


 「マジかよ……」


 困惑しているサリー。たった12歳の少年が、そんな天変地異クラスの実力者だったのだから、驚くのも無理はない。


 「じゃあこの前の襲撃で、レイが魔力切れしてなかったらまずかったのか?」


 「この前は、レイが結界を無理やり張るように調整して攻撃しました。魔力切れするようにですね。サリーに無理をやらせたわけではありませんよ」


 「どっちにしろ綱渡りだろそれ」


 アカにツッコみながらもサリーは考えを巡らす。この間はあまり手際よく行かなかったが、レイの実力のことを考えるとよくやった方かもしれない。

そしてレイがそんな実力者なら、なおさら気掛かりなことがある。


 「そんなにヤベえのが集まってるなら、強襲なんて無理じゃねえか? 返り討ちに合うだろ」

 

 最高位魔導士のアラスターとレイ、それに魔法使いもいる。様子を見る限り、ルーベル平原の戦力はそれだけだはない。奇妙な生物も大量にいる。

普通に考えて勝てない。


 「ええ。まともにやればこちらは一方的に負けます。もちろん策はありますよ」


 「策?」


 そう言うとアカは、アラスター達が映っている用紙を裏返す。そこにはデカデカと、ある人物の姿が映し出されていた。


 「サリー。作戦開始直前に、この子がどこにいるかを把握、報告してください。今回の作戦において、最重要人物です」


 「コイツが?」


 サリーはまじまじとその人物の画像を見つめる。どこにでもいるようなその顔に、何か特徴が無いか探しているのだ。


 「異形、か……? コイツになんかすんの?」


 「少しややこしい話なので、明日の会議で説明しますね。今夜はもう寝たほうがいい。私は今から拠点に戻ります」


 サリーは言われてユキを一瞥する。あくびなどはしていないが、僅かにまぶたが閉じかけていた。明らかに眠いのだと分かる。


 「ま、いいや。じゃおやすみー」


 「ここで寝るんですね……」


 アラスターが困惑した声で呟いたときには、サリーは寝転がって目を閉じていた。連日無理をさせているので、アカとしてもサリーには寝ていてもらいたいものだ。

フラフラとするユキにアカは声をかける。


 「ユキ、もう寝ましょうか」


 「うん……寝る……」


 ユキの返答を確認してから、アカはユキを抱きかかえる。表情のないユキだが、人間らしいところももちろんある。

そのまま吹っ飛ぼうとしていると、ユキが手のひらで目を覆った。


 「……まぶ……」


 「ああ、炎が眩しかったですね、失礼しました。すぐ終わりますよ」


 アカの頭部の炎は、まるで焚き火のように輝いている。夜闇の中では特にそれが目立っていた。

アカは体制を整えると、吹っ飛んでその場から離脱する。風を切る音が耳に響いていた。

(アラスターが戻ってきた時点で、作戦を開始しましょう)

頭で考えながら腕の中で眠る少女を見下ろす。黒いおかっぱの髪が風にサラサラと揺られていた。


 「強襲作戦が終わったあと、ユキは何かしたいこと、ありますか?」


 「……何も……しなくていい」


 「……そうですね」


 ユキは12歳。今平原にいるレイやサラと同い年だという。まだまだ将来のある未来の希望だ。

それが、何もしたい事はない、しなくていいのだと言う。

(これからですよ……ユキ……)

月明かりが辺りを照らす。その明かりで覆い隠され、星が見えない。

夜は深かった。

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