第15話「武器」

 「魔力核が無い……だと……?」


 「ぅぅ……はい……」


 驚愕するパライソに対し申し訳なさそうにするサラ。サラに落ち度があるわけではないが、まるで誤っているようにすら見える。

食事が済み、食卓の片付けを終えたあと。サラ、レイ、ナナは、呼びつけられたツリーハウスの一角にやってきた。パライソの部屋があると聞いてきたのだが、とても部屋と呼べる代物ではない。


 「なんかこの部屋臭いね……」


 「腐卵臭です……」


 レイとナナが鼻をつまんで喚く。

子供たちが20人は寝転がることが出来そうな、他の部屋より一回り大きなツリーハウス。そこは完全に実験場だった。

部屋のあちこちに謎の物体が詰められた瓶がが置かれており、そこから吸ってはいけないとひと目で分かる色の煙が漏れている。見たことも無いグロテスクな生物の標本、見たことも無い文字で書かれた羊皮紙の山、見たことも無い虫らしきものが泳いでいる水槽。

有り体に言ってしまえば、気持ち悪い部屋だ。


 「その匂いは気にするな、じき慣れる。それよりも……魔力核が無いとは……」


 「なんか、ごめんなさい……」


 「いや、謝る必要は全くない。しかし、なるほど。魔力が無いとは言っていたが、全く0だっのだな……」


 魔力がなければ、それこそ魔法使いでもないと魔法は使えない。それは絶対のルールであり、同時に常識でもある。

二人の会話を聞いていたナナが、疑問符を浮かべた顔でレイに問いかける。


 「魔力核っていうのが、前からよく分からないのですけど……」


 「ああ、魔力核は、基本的にほぼ全ての生物に備わっている内臓みたいなものだよ。魔力はそこで作られるし、魔力操作や魔術式構築もそこでやる。だから、魔力格が無いってことは魔力が0ってことになるんだ」


 「ほえー。だからサラは魔法が使えないんですね」


 本来魔力核が備わっていないなんてありえないのだが、偶然的に例外が生まれることがあるらしい。サラがそのいい例だ。


 「サラよ。魔力核が無い人間がどれぐらいいるか知っているか?」


 「あ、それは知らないんです。どんな本にも載ってなくて……」


 それを聞くと、パライソは少し口籠った。そして無い頭をハット帽越しに掻きながら、言いにくそうに呟く。


 「人間だと……今、この世にお前だけだ」


 「…………へ?」


 「「あ……」」


 パライソの言葉にサラは固まり、レイとナナは何かを察した。そのままパライソが続ける。

 

 「魔力核が無い人間は、数百年に一人しか生まれないと言われている」

 

 「あ……ああ……ハハ……そうなんだ……ハハ……」


 ヘナヘナとその場に座り込むサラ。固まったままの笑顔が見ていて痛々しい。

無理やり話題を変えようと、レイは話を切り込んだ。


 「あー……えっと、調べたい事があるんだよね? い、いいよ、やっちゃおう」


 「そ、そうですね……」


 「……なんか、すまんな……」


 「いえ……ハハ……」


 申し訳なさそうに謝るパライソに、全てを諦めたような笑顔のサラ。まさかそれほど自分が、不運な人間だとは思っていなかったのだろう。


 「では、調べさせてもらう……あ、サラは調べる必要無くなったな……」


 「ヴッ」


 パライソの意図しない追撃により、何かが突き刺さるような音がしてサラが膝から崩れ落ちる。もはや空笑いもなく沈んでいた。


 「なんで私なの……」


 「うわあ……」


 もはや汚い実験室である事など関係なく、部屋の空気が淀んでいた。





 「さ、サラにしかできない事があるよ」


 「サラ、ドンマイです」


 「……もういいもん」


 パライソの部屋での検査が終わり、ツリーハウスの外に出る。部屋の空気に比べると、外は驚くほど澄んでいた。


 「んー、空気がおいしいです」


 「臭くもないしね」


 「クク、じき慣れると言っただろう。ここで暮らしていればいつかは──」


 「「無理」」


 レイとナナが同時にハモる。こんな匂いの元で暮らしていたら気がおかしくなりそうだ。パライソはすでにおかしいのだろう。

元の食卓があった方へ戻ろうとしていると、パライソが呼びかけてきた。


 「サラ、少し残れ。アラスターから頼まれている」


 「あ、分かりました」


 レイとナナは一瞥してこちらへ手を振る。それを返すと二人とも橋を渡って行った。辺りには誰もおらず、サラとパライソの二人だけになる。


 「それではついて来い。あと、今からの事は他言無用だ」


 「? 何をするんですか?」


 「自衛の手段についてだ」


 パライソの言葉にサラはハッとする。

前からサラには身を守るすべが無く、危険な時はレイやナナに頼るしかなかったのだ。もしかして、何か魔道具を貸してくれるのだろうか。

もしそうなら、1つ問題がある。


 「あの私、魔道具は消費式の物しか使えませんよ。魔道具に魔力を通せないし……」


 使い捨ての魔道具は基本的に誰でも使うことができるが、武器などの半永続的に使用する魔道具はそうは行かない。魔道具に魔力を通して扱うので、ある程度の魔力が必要になってくる。そのため魔道具を使わず、普通に魔術式を組んで魔法を行使した方が効率が良い、なんて事もよくある。

要するに、魔力が無いサラには武器式の魔道具は扱えないのだ。


 「ああ。お前はキャロルが持っている杖のような、武器として使う魔道具を使う事ができない」


 何も問題が無いという口調で話すパライソ。もしかすると、私にも使える例外的な武器式の魔道具があるのかもしれない。

するとサラの考えを読んだかのようにパライソが笑う。


 「クク、お前たちは魔術に囚われ過ぎだ」


 「?」


 疑問符を浮かべるサラ。

するとパライソはおもむろにローブの裾に手を入れ、中から何かを取り出した。そしてそれをサラに手渡す。


 「これは……?」


 不思議な形の道具だった。短い棒に持ち手のような曲がった部分があり、何やら複雑な造形だ。黒い金属でできたそれをサラは知らなかった。


 「魔道具ではないぞ」


 「え?」


 パライソはその黒い金属を撫でると、満を持してその名を告げた。


 「それは、『銃』と言う」

 

 「銃……?」


 「ああ。それは魔力を必要としない。汝の武器だ」

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