第4話「降格魔術」

 「「サラアアァァ!!」」


 「ええ……」


 草原を高速で疾走してきたレイと、上空から落ちるように飛び込んできたナナ。

近寄ってくる二人を見て、サラはなんとなく状況を察した。


 アカと別れてしばらくしてから、サラはみんなとはぐれた場所まで歩いてきていた。

その途中で、その辺りを飛び回っていたレイとナナに見つかったのだ。

二人ともサラを探してくれていたらしい。


 「大丈夫!? 怪我してない!?」


 「どこ行ってたのです!? 心配したのですよ!」


 「だ、大丈夫だって」


 鬼気迫る二人をなだめるサラ。

レイもナナも心配症なのか、サラがいなくなるといつもこうだ。

心配してくれるのは嬉しいが、サラはいつもやりすぎだと思っている。


 「あ、いたよ、キャロル」


 「はぁ、速いって、はぁ、はぁ」


 振り返ると、ノエルとキャロルがこちらへ走ってきていた。

ノエルは意外と体力があるようなので問題はなかったが、キャロルは今にも倒れそうになっている。

フワフワしていた青髪も今は崩れそうだ。


 「サラもみつかったんだね、よかった」


 「よくねぇよ、はぁ、死ぬぅ、はぁ」


 「ご、ごめんね、勝手にいなくなっちゃって」


 サラは頭を振るように謝る。

キャロルはそのままその場に倒れ込んだ。ノエルはその様子を見て楽しそうに笑っている。


 サラはいつの間にか、ノエルとも緊張なく話せるようになっていた。

これはサラ自身も気づいていない事だが、向こうから話しかけてくれる相手となら、サラは意外と会話ができるようだ。


 「それにしても……」


 「ふぅ、疲れたのです」


 振り返ると、レイとナナが芝生に座り込んでいた。その様子を見てサラは少し驚く。


 「ナナはともかく、レイが吹っ飛んだだけで疲れるなんて珍しいね」


 「あれ、ナナはいつも疲れてるって意味です?」


 ナナに暴言を吐いていることに気づかないまま、サラとレイは会話を続ける。


 「確かに珍しいかも」


 「レイ、どこか調子悪いの?」


 「ちょっと、二人とも?」


 完全に無視されているナナ。

そんなナナを見て、ノエルは少し困ったように笑っていた。

すると、その一連の話を床に付したまま聞いていたキャロルが突然元気よく立ち上がった。

そしてレイとナナを指差して静かに笑う。


 「ククク、不思議だろ? レイが疲れてる理由はな、なんとオレが──」


 「まあ、これくらいなら大丈夫だよ」


 「ナナも問題ないのです」


 何事も無かったかのように立ち上がるレイとナナ。そんな二人を見てキャロルは固まる。


 「ふたりとももううごけるの?」


 「うん」


 「聖霊の回復力はすごいのですよ」


 「ちょっと……聞いて……」


 会話を始めた3人に無視されるキャロル。僅かではあるが涙を浮かべている。

彼女を少し不憫に思ったサラは声をかけてあげることにした。


 「キャロル、どうしたの?」


 「さ、サラァ、ありがとおぉ」


 サラはすがりついてくるキャロルをなだめる。ナナ相手にいつもやっているサラからすれば慣れたものだ。

キャロルはサラに抱きついたまま、ローブの裾から一本の杖を取り出す。先程見せてもらったばかりの小さな杖だ。


 「オレは普通の魔法が苦手でな、この杖がないとまともに魔法が使えないんだ」


 「へえ」


 「でもその代わりに、得意な魔術が一つある」


 そう言って立ち上がると、キャロルは得意げに笑いながら語る。


 「レイがさっき『いつもより疲れた』みたいな事言ってただろ?」


 「うん」


 「調子悪かったのですね」


 二人の答えを聞くと、キャロルは首を振って否定する。


 「いやいや、調子が悪かったんじゃねぇんだ。それがオレの魔術なんだよ。その名も──」


 「あっ、降格魔術!」


 「…………」


 唐突に叫ぶサラに固まるキャロル。

決めゼリフを取られてしまった。


 「ねえ、もしかして降格魔術式なの、キャロル!?」


 「そう……だけど……」


 サラにセリフを取られてしまい、今度こそ泣き出しそうになっているキャロル。


 「こうかく……なんです、それ」


 どうやらナナは知らないらしい。

それを聞いたキャロルは浮かべた涙を拭い、か細い小さな声で説明する。


 「相手の魔力や魔術なんかを降格させる魔術式……」


 「つまり、まほうのをさげるってことだよ」 


 「へえー、面白い魔法ですね」


 ノエルの説明に、ナナは感心したような声を上げる。

しかし、レイはまだ疑問符を浮かべたままだ。


 「でも、どうして降格魔術が発動してるの?」


 「……生き物達が大人しかっただろ。あれはオレの降格魔術の範囲内にいるからだ。オレの仕事は、降格魔術で生き物達の危険度を下げる事なんだよ」


 「あ、なるほど」


 レイが、納得がいったという顔をする。

すると、隣から歓喜の声が上がった。


 「すごい、すごいよキャロル! こんなにすごい降格魔術初めて見たよ!」


 「……そ、そう? エヘヘ」


 褒められて嬉しそうなキャロル。頬が緩んでいるようだ。

ナナは再び不思議そうな表情になっている。


 「その降格魔術って、そんなに凄い魔法なのです?」


 「いや、降格魔術自体はそんなに珍しい物じゃないよ」


 ナナは首を傾げて更に不思議そうな顔をする。では何故サラがあんなに褒めているのか不思議なのだろう。

レイはナナにも分かるように説明する。


 「例えば相手が一人とかだったら、ちょっと練習すれば僕やナナにもできるさ。もしくは効果が薄いものなら、相手が複数でも通用するよ」


 そう言ってレイはキャロルを見る。

サラに絶賛され、キャロルは顔を赤くして照れていた。その様子を見れば、彼女はただの可愛らしい女の子にしか見えない。

それなのにこれ程の事ができるなんて、魔導の天才であるレイから見ても驚きだった。


 「キャロルは、この


 「え……」


 「それもかなりの精度だ。降格魔術に関しては、きっとキャロルは世界一なんじゃないかな」


 言いながら平原を見回すレイ。

そこら中にいる生き物達にかけた、というよりかは、この平原という空間全てに降格魔術をかけているのだろう。

(これは心強い……でも……)

国教会の事を知っているレイは、これを見てもなお不安だった。


これから、僕らはどうなるのだろう。

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