第3話「出会ってしまった」
「サラがいない!」
「ええ……」
かなり焦った様子で叫ぶレイ。普段とは違う雰囲気にキャロルが困惑している。
レイはサラのことになると人が変わってしまうようだ。
「探しに行ってくる」
「いやいや、大丈夫なのですよレイ。みんな大人しいらしいですし」
「こんなに生き物がいるんだ、食べられたらどうする!?」
「っ! そ、それはまずいのです!」
「おまえら、ちょっと待て……って、ありゃ?」
キャロルが二人を止めようとしたその時。
ナナはすでに上空へ飛び立ち、レイは吹っ飛んでどこかへ行ってしまった。気づいたらもういなくなっていたのだ。
人が変わってしまうのはナナも同じらしい。
ノエルが驚いた様子で呟く。
「レイもナナもはやいなあ」
「ああ、俺といい勝負出来そうだ」
「キャロルぜんぜんはやくないでしょ」
「ぅ……い、言うなぁ……」
丘を超え、小川を超え。
サラはルーベル平原を一人で探検していた。一人になるつもりはなかったのだが、いつの間にかはぐれてしまったらしい。
しかし、今はそれを気にしている場合ではない。
(あの水飲んでるのってアラクモかな? あんな大っきいの初めて見た! あっ、カーネリアルが飛んでる! すごいすごい!)
そう、こんなに珍しい生き物達がわんさかいる場所で、探検しないなんてあり得ないではないか。
(向こうの方はまだ行ってないな。あっちには何がいるんだろう……ん?)
サラは唐突に立ち止まる。
そして辺りをキョロキョロ見回すと、咄嗟に近くの木の陰に飛び込んだ。
その樹木からひょっこり顔を出す。
(誰かいる……)
先程跳び越えてきた小川の上流。
サラが向かっていた先から、一人の少女が歩いてやってきたのだ。
おかっぱで黒髪、サラと同い年くらいの女の子。
(咄嗟に隠れちゃった……)
持ち前の人見知りを発動するサラ。
だが隠れているだけでは問題は解決しない。
(こっち来てる、あわわ、どうしよう)
このままだと遭遇してしまう。
もういっそこちらから出ていくべきだろうか。
(あの子からしたら隠れてる方がおかしいよね、ええい……!)
そう思って木陰から飛び出す。
すると、その黒髪の少女と目が合ってしまった。
「あ……えっと……」
「…………」
どもるサラに対し、黒髪の少女は驚いた様子はない。
いや、わずかに口を開いたまま固まっているので、一応驚いてはいるようだ。
「……こ、こんにちは」
(あ、挨拶した方がいいよね、何も言わないのは返っておかしいし、と、とりあえずなんかしゃべらないと)
どうでもいいことを考えながら、サラは勇気を振り絞って挨拶をしてみる。
すると黒髪の少女は開いていた口を一度閉じて、小さな声で呟いた。
「うん」
少女はいっさい表情を変えない。無表情、というか、若干眠そうに見える表情だ。
眠いのかな。
「あ……えっと……じゃ、じゃあね」
「うん」
少女は頷くと、再び小川に沿って歩きだした。
サラは数歩歩いて立ち止まり、少女の方へ振り返る。
(黒髪の人……初めて見たかも)
サラの出身地であるローグ街周辺には、金髪や銀髪、白髪や茶髪の人が多い。
少なくともローグ街に黒髪の人間はいないだろう。
(あの子、こんなところで何してるんだろう)
端の方とはいえ、この辺りはルーベル平原。近くに街などはなかったはずだ。
(もしかしてノエルやキャロルみたいに、ここで暮らしてるのかな?)
探検のことも忘れて考え込むサラ。一度考え出すといつもこうだ。
そのため、近づく人影には全く気が付かなかった。
「こんにちは」
「……ふぁ、は、へ!?」
目の前から男の声がする。視界には白いブーツが映り込んでいた。
再び誰かと遭遇したことに気づいたサラは、慌てて姿勢を正す。
「あえ、こ、こんにち……は?」
サラは挨拶を返しながら頭を上げ──そのまま固まった。
目の前の人間の頭部に釘付けになる。
「ええ、こんにちは。元気そうですね、サラ」
いや、
そこに立っていた男は白い燕尾服を身にまとい、白いシルクハットを被っていた。
そして、
「え……うそ……」
「驚かせてしまって申し訳ありませんね。この炎は気にしなくても大丈夫ですよ」
(いや気になるけど……)
頭が燃えているというか、頭が炎で出来ているようだ。手袋やブーツをしているので他の部分は見えない。全身が炎なのだろうか。
男は見上げるほど大きい。頭が炎なので正確なところは分からないが、シルクハットを含めれば2メートル近くあるようだ。
(色々聞きたいことはある……でも、とりあえず)
「あなたは、誰なんですか」
「ああ、敬語を使う必要はありませんよ。あなたがかしこまる理由はない」
そう言って男はシルクハットを取る。そして王族や貴族がやっていそうな、正しい挨拶の姿勢をとった。
ハットを取った事で燃えさかる炎があらわになった。赤く輝く優しい光。
「私はアカです。アカ、と呼び捨てていただいて構いません。」
「アカ……?」
少し変わった名だと感じた。しかし今更名が変わっているくらいで驚くことはない。
サラは自分も名乗り返そうとして、ふとあることに気づいた。
「あの、さっき『サラ』って。どうして私の名前を……?」
「ええ、知っていますよ」
知っているのが当然かのように穏やかな口調で話すアカ。答えながら再びシルクハットを被っている。
なんだか不思議な男だ。
「そ、そう。えっと、それで何か用なの?」
「用というほどではありません。ただの挨拶ですよ。……ああ、そうだ」
男は思い出したように呟く。
顔が炎なので表情は読めないが、声色からなんとなく感情は伝わってくる。
それにしても、
(初めて会う人なのに、私普通に話せてるな……いや人じゃないけど)
あるいは人ではないからかもしれない。
男の声や雰囲気はサラを落ち着かせてくれるように感じる。
普段初対面の人とうまく話せないサラにとって、アカとの会話はなんだか不思議なものだった。
「アラスター・ユークレイスが来ていますね?」
「アラスター? 来てるけど」
「そうですか。そうですよね」
どこか嬉しそうな様子のアカ。
声色は落ち着いたままなのだが、アラスターがいることを喜んでいるように感じる。
「アラスターを知ってるの?」
「ええ。私の友人です」
「へえ」
(友達いたんだ)
心の中でそう呟く。アラスターはいつも一人でいる印象だったので意外だった。
アカはそのまま質問を続ける。
「それともう一つ。『略奪の魔法使い』にはもう会いましたか?」
「え……いや、まだだけど」
「なるほど。まだですね」
何がなるほどなのだろう。
アカはもう問答に満足した様子だ。
略奪の魔法使いについて気になったサラは、アカに質問を返す。
「略奪の魔法使いとも友達なの?」
「はい。二人とも、古くからの親友ですよ」
(3人組だったりしたのかな)
サラはアカやアラスター、それに姿も知らない魔法使いが仲良く歩いている姿を想像し、クスリと笑った。
ほか二人はともかく、アラスターをのイメージからはかけ離れていたからだ。
すると、アカが思い出したように呟く。
「ああ、皆さんには、私と会った事は秘密にしておいてくださいね。サプライズがしたいので」
「サプライズ?」
アカの雰囲気と合わない言葉にサラは戸惑った。
アカは少し笑いながら楽しそうに話す。
「本当に久しぶりの再会なんです。なので、二人を驚かせようと思いまして」
「なるほど、いいね」
ぱっと見た印象だが、アカはとても高レベルの魔導士に見える。
そんな彼が二人を驚かす姿を想像して、サラもサプライズが楽しみになってきた。
「それではしばらくお別れです。また後でお会いしましょう、サラ」
「あ、うん。またね……あ、あれ?」
別れの挨拶をした次の瞬間。
文字通りサラが瞬く間に、アカの姿は消えていた。
いつの間にか、とても静かだ。
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