第2話「何でもない」

 「それでな、この杖が作動するとな」


 「結界を検知するの!? すごい!」


 ルーベル平原の片隅。

サラ達はノエルとキャロルに連れられて、芝生の間にある小さな道を歩いていた。

キャロルは小枝のような杖の解説を始め、サラはその解説に夢中になっている。

サラの反応が気持ちいいのか、キャロルの口は止まらない。


 「で、発動するとこの杖からボワーって魔力が放出するんだぜ!」


 「ここから、そんな簡単にできるの!?」


 いや、夢中になっているのはキャロルも同じだった。先程までの尊大な口調が解けて普通の女の子になっている。

それを見て少し笑いながらレイが問いかけた。


 「キャロルはアレが素なのかな?」


 「うん。キャロル、はなしあいてができてたのしそうだ」


 同じく楽しそうに話すノエル。レイは改めて二人を観察する。

二人とも、レイたちと身長はさほど変わらない。人間ならきっと同い年くらいだろう。

どう見ても普通の少年と少女。

しかし、異質な点が一つあった。


 「……ねえ、ノエル」


 「なあに、レイ」


 「コレはどういう事?」


 そう言ってレイは後ろを指差す。

背後からついてきているアラスターの更に後方。5メートルほど離れたところにそれはいた。


 「テッコウニシキだよ」


 「いや、それは分かるんだけど…… 」


 「?」


 首を傾げるノエル。何がおかしいのか分からないという顔だ。しかし、レイからすればこれはかなりの異常事態である。

先程遭遇したテッコウニシキが、レイたちの後ろをノロノロとついてきていた。

時折舌を鳴らすその姿は、先日自分が戦ったテッコウニシキと完全に一致している。


 「なぜこんなに大人しいの?」


 「ああ、そういうことだね」


 質問の意図を理解した様子のノエル。そのままテッコウニシキのもとへ駆け寄った。

するとノエルは、テッコウニシキに呼び掛ける。


 「ニッシー、おいで」


 するとテッコウニシキは頭をノエルへと近づける。ノエルはその頭を撫で始めた。

その様子を見てレイは察する。


 「もしかして飼ってるの?」


 「そんなかんじさ。このこはニッシー。ほら、ほかにもいっぱいいるよ」


 ノエルが辺りを見回す。レイもそれに合われて周りを見た。

目に入ってきたそれを見て、レイは少し目を見開く。

それと同時に、その方向から歓喜の声が聞こえてきた。


 「わああああ! すごいすごい!」


 「おっきいです……!」


 「な、でかいだろ?」


 サラ、ナナ、そしてキャロルは、いつの間にか数十メートル離れたところまで移動していた。

そして歓声を上げながら飛び跳ねている。


 その3人の前に、体長20メートルを超える一匹のドラゴンが居座っていた。


 「え、ちょ、危ない」


 「だいじょうぶだよ、ドーラはやさしいから」


 焦るレイを宥めようとするノエル。

しかし気が気でないレイは急いで吹っ飛びながら駆け寄る。

案の定、サラは一番前に出てドラコンを観察していた。


 「サラ、危ないよっ」


 「レイ見て、この子すっごく大人しいの!」


 興奮していてこちらの声が届いていない。

言われた通り見ると、ドラゴンの目は半開きになっていた。

(寝てる……?)

そう思ってドラゴン全体を見回してみる。

全体的に体が赤い。体のあちこちから火の粉が吹き出しており、体内が燃えているのがよく分かる。

そして角と牙、そしてしっぽの先が何やら輝いている。まるで宝石のようだ。


 「鉱石獣……? サラ、この子は?」


 「セキドリュウだね、それも結構大きいやつ! ほら、こっちだよ〜」


 サラが両手で大きく手を振る。

するとそれに反応したのか、セキドリュウはその巨大な顔を近づけてきた。


 「ちょ、ダメ、ダメなのですよ!」


 「おいで〜」


 ナナの注意は届かず、セキドリュウの顔はサラの目の前までやってきた。

サラはセキドリュウの鼻先に飛びつき、両手を広げてゆっくり撫でる。


 「わあ、ねえみんな、あったかいよこの子! よしよし〜」


 撫で続けるサラに無反応のセキドリュウ。もはや起きているのかさえ怪しい。

少し興味を示したのか、ナナもゆっくりと近づく。

レイは軽くため息をつきながら不安そうにそれを見ていた。


 「大丈夫かな……」


 「問題ないぜ。あいつ人を攻撃した事ないから」


 「いつもねてるんだよ」


 (ホントに寝てるのかよ)

心の中でツッコミを入れながら再び辺りを見回す。

そしてレイは唖然としてしまった。


 「これは……」

 

 「かってるっていうか、ここで『ほご』してるんだよ」


 「保護……」


 辺り一帯、生き物だらけだった。


近くの小川に、風車の周りに、はるか上空に。

至るところに、見たこともない生き物たちがいた。

それら全てが、とても穏やかに暮らしている。


 「すごい数だ……」


 「いっぱいいるんだよ」


 レイは頷きながら、そこら中の生き物を注意深く観察する。レイは生物に詳しくはないので名前が分からないものが多い。

小川には象のような動物の群れが水浴びをしていた。牙が光っているところを見ると、おそらく鉱石獣だろう。

遠くに見える風車の周りに、巨大な蛇がとぐろを巻いていた。テッコウニシキに似ているが色は緑色だ。

上空には全身が燃えている鳥が見えた。本でよく見る不死鳥のような容姿だ。こちらも群れで移動している。


 「どれくらいいるの?」


 「ぼくもくわしくはわからないけど、1000しゅるいはいるとおもうよ」


 「そんなに……。それを全部保護してるの?」


 「うん。それがぼくとキャロルのおしごとなんだ」


 そんなことが可能なのだろうか。

ここから見えるだけでも、危険な生物がたくさんいる。テッコウニシキやセキドリュウだって、ここまで大人しいのはおかしい。

そもそもこのルーベル平原から逃げ出すのではないか。


 「ふしぎそうなかおだね、レイ」


 「うん……あ、そういえば」


 レイは唐突に思い出して辺りを見回す。

しかしどこにも見当たらない。


 「アラスターは?」


 「うえだよ」


 「上?」


 そう言われてそのまま空を見上げる。

先程の不死鳥の群れが旋回して戻ってきたのが見えたが、他には雲しか見当たらない。


 「雲しか見えないけど……」


 「くものうえだよ」


 「……え」


 その時、雲の影から豆粒のような黒い点が見えた。

よく目を凝らしてみてみると……


 「……何してんの?」


 「さあ、なんだろう」


 豆粒はアラスターだった。

遠すぎて見えにくいが、黒い鳥か何かと一緒にいるように見える。


 「何か捕まえてるのかな」


 「そうみたい。にしてもたかいねー」


 「レーイー!」


 急に呼ばれて後ろを振り返る。

案の定サラだったが、先程までと場所が違っていた。

小川のほとりにいた象の群れ。そのうちの一頭の背中にサラがいたのだ。

笑顔を浮かべてこちらに手を振っている。


 「ええ……」


 「サラじょうずだね」


ノエルはサラの乗り方に感心しているようだ。

隣の象には怯えたナナも乗っている。キャロルは下から二人に呼びかけていた。おそらく乗り方の指導でもしているのだろう。


 「あれ危なくないよね?」


 「たぶんダイジョーブだよ。フフ、みんなたのしそうだ」


 楽しそう。

そう言われて改めてサラを見る。


先日の襲撃や魔道士認定試験など、最近のサラには辛いことがたくさんあった。

魔法使いを集めるのはきっと大変だし、戦争ではもっと辛いこともあるはずだ。

フレッドが大怪我を負ったことも、口に出さないだけできっと気にしているだろう。


 「……今はいいか」


 「ん?」


 「何でもないよ」


 そう言ってレイは笑う。


そうだ。

きっと、何でもない。 

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